ワーキング・ビザ(2002-03)

カナダのワーキング・ビザを取得しようと、奮闘した道のり、第2段です。まあ、現実は、こんなところでしょうね。


結局、2002年の冬シーズンは、カナダで、そして日本でも働くことができなかった(『ワーキングビザ(2001-2002)』を参照)。今後の生活のため(軍資金を集めるため)、再上京した。しかし、思うように適当な仕事に恵まれず、苦労しまくりの日々だった。そんなわけで、日本に居座るのはまだ早いのでは?と考え直し、次シーズンも海外のスキー場で仕事探しをしようかなぁという気になった。それに、昨シーズンのビザ申請処理には、しっくりこないものが残っていたからである。ということで、駄目もとで海外のスキー場の仕事を探しを始めた。
ところで、「何でそうスキー場の仕事にこだわっているのか?」と思われるかもしれない。自分は、カナダのスキーの資格(CSIA)を持っているのと、カナダのスキー場で働いたという経験があるから、比較的採用されやすく、ワーキングビザ(就労ビザのこと)も発給されやすいという理由だけです。助かることに、語学力よりも、経験が重視されがちなのです。

2002年6、7月頃から、北米最大のスキーリゾートであるウィスラー、昨シーズン仕事の依頼を得たサイプレスなどのHPをチェックし始めた。
やはり、ウィスラー(第2外国語;日本語などで教えるスクール、ボードスポーツではない方)は、CSIAレベル2以上の保持、1シーズン以上のインストラクター経験などが前提条件となるようだった。それでも、EMAILで念のため問い合わせたら、ワーキングビザを出せないようだった。
そんな頃、NZのスキー場、リマーカブルスで滑ったとき(2001年)、ハイクした山頂で一緒になった、アメリカ人のおっちゃんとの話しを思い出した。彼は、USの銀行員で、東京にもたびたび仕事で来るらしく、話し出した。いろんなことを話していたら、彼の地元(バークレー、CA)から東内陸部に位置するレイクタホのスキー場を勧められた。日本人も結構働いていて、リフト係をはじめとして仕事もたくさんあると言う。また、レイクタホ周辺のスキー場は、近くにギャンブルの街としても知られているリノもあり、リゾート地としてもよいらしく、知人もたびたびゆくと言っていたので、USのスキー場をHPでチェックし始めた。
8月から9月にかけて、カナダのBC(ブリティッシュコロンビア州)とUSAのCA北部(カリフォルニア州北部、レイクタホ近辺)の、ある程度大きなスキー場(リフト数とゲレンデマップで勝手に判断)10数社を選び出し、レジュメ(履歴書)を送った。HP上に、専用のアプリケーションフォームがあればそれを用いてオンラインで、なければレジュメ(ワードのファイル)を添付したEMAILで、申し込んだ。ただHP上で、EAMILで受付けないと記述されていたところもあって、郵送でも送った。

USA(West;NorthCA) Lift 申請方法
Alpine Meadows 13 email
Dodge Ridge 12 ?
Heavenly Ski Resort 29 on line
Kirkwood 12 air mail
Northstar at Tahoe 15 on line
Squaw Valley USA 33 on line
CANADA(BC)
Big White Ski Resort 13 on line
Fernie Alpine Resort 10 ×
Kimberley Alpine Resort 10 ?
Mt Washington 8 email
Panorama Mountain Resort 10 ×
Silver Star Mountain Resort 10 email
Sun Peasks 9 email

on line :HP上から規定のフォームにて直接申請
email  :emailにレジュメを添付して、人事受付窓口へ申請
air mail :郵送にて申請
×    :国際(海外)労働者を求人していないことが、HPで記述されていたので、申請せず
?     :HPで求人募集していなかったりしたので、申請せず

9月末頃、USのスキー場数社から、仕事の申出があった。ただし、どれもH2Bビザのスポンサーにはなってもらえず、J1ビザを自分で取得してくることが前提だった。ところで、「J1ビザって何?」と、USのビザについて無知であったので、調べることになった。
まず、アメリカ大使館で情報入手しよう、と思ったら、これが開かずの扉であった。電話(03‐5354‐4033)をかけたら、クレジットカードでチャージがかかり、情報が聞けるという案内が流れた。この手は、有料のくせ、肝心のことがわからないものだ。一応、大使館へも足を運んだら、入口ゲートは複数の警備で固められており、もちろん入館できなかった。近年のテロのため、一層警備が強化されて、並ならぬ雰囲気だった。正面ゲート前に置いてある、ビザ申請書類を箱の中から取りだし、申請手続き料金($65.00;2002年10月現在、7,930円)をメモして大使館を後にした。
次に、本で調べてみることにした。紀伊国屋などの大きな本屋で、いろいろな本や雑誌を見てみたが、どれも有益な情報は掲載されていなかった。そのなかでも、まだ増しなのは「地球の暮らし方」で、一通りのビザの種類が載り、それぞれのビザについて簡単な紹介がされていた。
余談になるが、カリフォルニア編に目を通していたら、思いがけず、東京で会社勤めしていた時の友達のカリフォルニアの生活が紹介されていて、読み入ってしまった。共感することが書かれていて、よい刺激となり、次への活力となった。
本や雑誌でも十分な情報が得られないとなると、最後となる旅行代理店へ足を運んだ。ここでも、USビザについては詳しく知る人もいないし、ビザについて、申請の前提条件など、よくわからなかった。ビザが発給されるかどうかは、申請してみないとの一点張りだった。確かにそう思うが、前提条件に満たさなかったら、申請する以前の問題である。ただ、旅行代理店を通すと、かなりスムーズに処理がおこなわれるようであるが、代行手数料金が申請料金とは別途に、1万5千円くらいかかることがわかった。自分でやればただであるが、ビザ申請にかける手間と時間、それに他国のビザの代行手数料と比べると、案外安いものだ。
結局、家に戻ってインターネットでJ1ビザを検索したら、涌き水が噴水のごとく出てきた。どうやら、USビザは、一見ビザの種類が多くてわかり難いが、実は濁った水ではないのだ。ニュージーランドやカナダとは、異なるようだ。渡米する人の数が多く、かつ昔からおこなわれているので、大抵どのサイトも詳しく書かれていて、とてもわかりやすかった。多分、全てのビザについて記述したら、本が一冊できてしまうであろう。
ところで、Jビザとは、国務省教育文化局、またはUSAIDのスポンサーによるプログラムで、交流訪問する場合に発行されるビザのようです。J1ビザは、交換留学生、研究員、職業訓練生(企業インターシップ)に、J2ビザは、その配偶者及び子に発給されます。自分の場合は、WATと呼ばれている、"Work And Travel"に相当するようで、基本的に18〜30歳の学生が対象となるようです。学校卒業後、半年以内なら可能など、他にもいろいろなケースも対象になるようだが、残念ながら自分にはどれも当てはまらない。「申請だけでもしてみようか」という気も起こらず、カナダ行きだけに絞ることにした。

時を同じく、10月初旬頃、「カナダのスキー場は、全て全滅かなぁ」と思っていたら、他とはちょっと異なる文面のメールを受信した。というのは、日本の就職不採用通知もそうであるが、「今回は、...ご縁が...。」というような決まり文言がある。英文だと、"Thanks for your interest in ... . Unfortunately ... ."という感じである。だから、最初の1、2行英文を読んだだけで、わかってしまう。しかし、そのメールには「今回は既に外国人へのワーキングビザを打切ったが、経歴などにとても興味を持てたから、来シーズンも興味があれば、夏(8月まで)にメールをして下さい」というようなことが記述されていたのだ。結局は断われたわけであるが、ちょっと希望が見え、なんかほほえんでしまった。
10月半ば、あるスキー場から当初予定していた職種ではなかったが、ワーキングビザは問題ないという知らせを受け、働くことに同意した。その際、先方から申請に必要な情報を聞かれ、どれも送付したレジュメに記述してある内容ばかりであったが、確認のために知らせた。
それ以降、11月に入っても全く連絡がなかったので不安になり、現状況の確認メールを送った。しかし、返事はかえってこなかった。
1ヶ月の11月半ばの忘れかけた頃、雇用先からEMAILで連絡がきた。「HRDCで承認された」という知らせのメールが入ったのだ。雇用認証されたわけなので、あとはワーキングビザを大使館へ申請して、発給されたらカナダ行きだ。しかし、昨年の経験からも、ここからが重要なのだ。
ただ、その前に、12月になっても、ビザ申請に必要な書類が送られてこない。雪がぜんぜん降らずに、予定(12月7日)を過ぎてもスキー場がオープンしておらず、仕事がないらしい。ウィスラーも、同じような状況らしい。
12月半ば(17or18日)、雪が降り続き、スキー場がやっとでオープンしたようだ。ウィスラーも同様らしい。しかし、相変わらずビザの状況は進展しておらず、今シーズンも雲行きがあやしくなってきた。まあ、やれることをやるだけであるのだが...。《つづく?》

(2002 Dec.)

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