プロローグ
ハンガリーの留学生活で、旧共産国の面影を随所に見たり感じてきました。例えば、古いアパートに鉄柵など、建物の雰囲気でもコムニズムが残っています。また人柄は、親切な方が多いのですが、大学や病院、店などではサービスをほとんど感じられません。そのうえ、店では日本と比べて品数、品種が少ないし、欲しいものがなかなか見つかりません。物欲が消え失せていくほどです。
そのような状況で、しかも言葉の壁と冬の寒さにより、さらに外へ出かける機会が減りがちでしたので、「心身をリフレッシュするために、一旦ハンガリー国外へ出て、新たな空気に触れて来よう!」と思い、2006年の授業と試験が終わった12月半ば、すなわち出発直前に、国外逃亡の計画を始めました。
もともと西欧へ行きたかったのですが、2006年11月から更なるユーロ高・円安(1ユーロ、約150円から約157円に上昇!)で、とても気軽にユーロ圏へ行けたものではなくなっています。そのうえ年末年始のハイシーズン前には戻って来ようと思うと、ハンガリーから比較的近いところとなり、「ポーランドで、アウシュヴィッツを見てこようかなぁ」となりました。
クラクフ|旅の計画|たび日記 ①クラクフへ ②アウシュビッツ ③カジミエーシュ地区 ④ミュージアム ⑤クラクフ最終日
| ■クラクフ Krakow について |
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クラクフは、『Lonely Planet Europe』よると、ポーランド(2004年にハンガリーと同じくEU加盟)で三番目に大きな町で、人口約77万人と結構大きな町です。古い町であり、中世はポーランドの首都として栄え、第二次世界大戦の痛手を受けなかったため、ゴシック様式の教会や古い町並みがそのまま残されています。
また、ポーランドの南中央部に位置し、首都ワルシャワWarszawaから南へ250kmくらい離れています。
クラクフから西へ約55kmのところに、強制収容所のあったアウシュヴィッツの町があり、最寄の大きな町がクラクフとなります。ところで、アウシュヴィッツ"Auschwitz"はドイツ語で、ポーランド語ではオシフィエンチム"Os'wiecim"という町の名前になります。
クラクフとその近郊には、ユネスコ世界遺産が、①クラクフ歴史地区、②アウシュヴィッツ強制収容所、③ヴィエリチカ"Wieliczka"岩塩採掘場の3つ登録されています。
言葉は、ポーランド語です。
ただし観光地であるため、インフォメーションセンターだけでなく、店でも英語が比較的通じます。少なくともハンガリー(ブダペスト含)より通じる印象を受けました。
通貨は、ズウォティ"Zloty"(正確には"l"ではなく、"l"の中央に短い横線がある)です。
通貨の表記は、"zl"か"PLN"となっており、10zlから200zlまでが紙幣で、1,2,5zlがコインとなります。
補助としてグロシュ"Groszy"があり、1ズウォティ=100グロシュとなります。
ハンガリー同様、EUへ2004年に加盟しておりますが、通貨はユーロ€でなく、zlが引き続きまだ使用されています。
為替レート(2006年12月下旬)は、クラクフの町の両替所(KANTOR)では、日本円からズウォティへ両替する場合、100円=2.1~2.4zl(1zl=41.67~47.62円)でした。ズウォティから日本円へ両替する場合、100円=2.46~2.65zl(1zl=37.74~40.65円)でした。
あと日本国内では、円からズウォティに両替できないようです。
参考としてハンガリーフォリント(Ft)からズウォティへ両替する場合、100Ft=1.39~1.45zl(1zl=69~72Ft)のようでした。
両替に関して
場所は、基本的に駅より町なかのOldTownの方がレートがよいと言われています。しかし自分が見たかぎりでは、円のレートではそれほど変わらない気がしました(OldTownでもレートに差があるため)。両替所は、OldTownのフロリアンゲート近くのFlorianska通りに多くあります。SlawkowskaやSzpitalna通りもチェックして、自分は比較的レートのよかったSzpitalna通り(シアター【写真右】の斜め向かい)で両替しました。
通貨は、今は円からハンガリーフォリントへのレートが悪いし、ハンガリーフォリントからのズウォティへのレートがよいわけではなかったので、円のキャッシュで両替しました。
ユーロやドルからのレートがよいとよく言われています。ただし、もし日本でわざわざ円からユーロやドルへ両替した場合、両替手数料がかかるわけなので、本当によいのかどうかは難しいところです。今の時期(2006年12月)は、ドルや円は弱く、ユーロが断然強いため、ユーロのレートがとてもよかったです。
トラベラーズチェック(TC)は、換金できなかったり、キャッシュよりもレートが悪いので、円・ユーロ・ドルにしてもキャッシュで持ってきた方がよいと思います。
また、クレジットカード(VISA)を安宿(ホステル)や大きなスーパー(Albert;オランダ系の大手)で使用しましたが、レートはかなりよく100円=2.4zl(1zl=41.67円)でした。信頼できそうな店では、できるかぎりクレジットカード払いの方がよいとハンガリー生活同様に思いました。
クラクフ市内の交通は、バスやトラムもありますが、歩いて充分に見てまわれます。
(2006 Dec)
| ■旅の計画 |
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今回のたびは、一応冬期のオフシーズンでも、もしかするとクリスマス休暇はハイシーズンで混む可能性があったし、あと言語の壁があるため何かと不便なので、事前(4日くらい前)に「交通手段」と「クラクフでの宿」を予約しました。
ネットとガイドブック『Lonely Planet Europe, 4th(2005)』【写真右】で調べて、列車は駅で、宿はネットで予約しました。ロンリープラネットは、アマゾンコムで取り寄せていましたが、ネットでもある程度調べられます。
▼交通手段
ユーロバスは、ブダペストからクラクフ行きが出ています。早割や学割が利いて安くなります。しかし毎日便があるわけではなく、週に2便くらいであったので、行く日と帰る日に融通がきかないし、ブダペスト経由では別途ブダペストまでの鉄道の費用がかかるため、バスより少し高くなりますが、毎日1便ある鉄道にしました(多分25歳以下は割引があると思います)。
鉄道は、ブダペストからクラクフまで行く夜行列車です。ただしべダペストから乗らずに、デブレツェンからその夜行列車が途中停まるミシュコルツまでIC(特急列車)で行き、ミシュコルツから夜行列車に乗るようにしました。
全て2等の指定席を事前に取りました。ちなみに、1等と2等の差は、料金はかなり変わるのに、座席の生地がアップするだけで、多分広さは変わっていないと思われます。
《往き》 DEBRECEN 18:54 → MISKOLC TISZAI
MISKOLC TISZ 21:06 → KRAKOW GL 05:18《戻り》 KRAKOW GL 22:36 → MISKOLC TISZ 06:54
MISKOLC TISZAI 07:34 → DEBRECEN
○ELVIRA - Railways of Hungary MAV
英語で時刻やハンガリー国内列車の料金を確認できます
○Eurolines - Europe by bus
ユーロバス
▼クラクフの宿泊先
安宿=ホステルしか考えられなかったので、駅に近くて、ベッド数の比較的少ないドミトリーの部屋(6ベッド以内)が安いところをネットで探しました。
オフシーズンでホテルもかなり安くなっていたようですが、一人で泊まると割高なので、ホステルにしました。またベッド数が多いと、混んでいれば人の出入りが多くなり、睡眠の妨げや盗難のリスクも高くなるため避けました。
そのため1泊40zl(約1,700円)と少し高くなりました。ベッド数が多くて(10ベッドくらい)、駅や町なかから少し離れると、1泊30zl~35zlでも見つかります。
クラクフのホステルの多くは、朝食とシーツ・布団・タオル付きで、インターネットと洗濯機(乾燥器はなし)も無料で利用可能になっているところが多かったです。
○hostelworld.com
日本語で見れますし、参考となるRating(評価点)もあり、とても見やすいです。ただしホステルの情報は限られてしまうため、ホステル情報だけは英語で確認した方がよいと思います。
また「最安値約束」ってなっていますが、他のHPより値段が少し高いこともあります。しかもネットから予約しようとすると、デポジットの他に、サービスチャージがかかるため、少し割高になります。もし可能なら、予約は別手段を考えた方がよいかと思います(他のHPから予約したり、直接メールして予約するなど)。
○hostelbookers.com
英語になりますが、参考となるRatingもあり、英語が気にならなければこちらも見やすいと思います。地図と道順がリンクされているので、場所がわかります。
(2006 Dec)
| ■たびの日記① - デブレツェンからクラクフまで & クラクフ1日目 - |
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デブレツェンからクラクフまで
駅までのトローリーバスの待ち時間が長かったため、列車の出発時刻まで時間に余裕がなくなり、バスの停留所から食べ物の買出しをせずに駅へ向かった。
デブレツェンの駅で、大学の水泳の授業やスキーキャンプの件で、とてもお世話になっている先生と偶然会った。男の子2人を連れていて、ブダペストに住んでいる親を迎えに来ていたようだった。乗車予定の列車はまだ来ていなく、到着・発車予定列車としても案内されていなかった。駅構内で掲示されている時刻表で再度確認していたら、「どうかしたか?大丈夫か?」と先生が声をかけてくれた。うれしいことに、ほんといろいろ気をつかってくれる。大学で親切にしてくれる数少ない先生のうちの一人である。
ところで、海外の駅で知り合いの人から声をかけられるのは、その町で生活している実感がわいて、なかなかいいもんである。大抵、海外の駅では、金乞いかタクシーの運ちゃんからしか、声をかけられないからである。
列車が来る気配すらなかったが、到着予定8分前に、突然アナウンスが入り、ホームへ向かった。プラットホームへの出入りは、切符がなくても自由にできるため、ホームは乗る人と迎えに来た人であふれていた。
特急列車に乗車すると、2等の指定席は、2×2の向かい合った席であった。
すぐにタバコ臭いのが気になった。周りの表示を見ても、やっぱり禁煙席であった。車掌の切符検印後、3つ先の席から白い煙が上がっているのに気づいた。「おいおい」と思っていたら、目の前の人がビールを飲みだし、同時にタバコも吸いだした。わざとらしく禁煙マークを見て、一応アピールするが、気にする気配もなく構わず吸っていた。
その後もアルコール臭い上にタバコを吸うし、携帯でも話し続けるから、大迷惑だった。臭いをまぎらすために飴をなめても、イライラ感が募って力が入ってしまい、かんでしまった。3本目のビールか、4本目のタバコをきっかけに、空いている席へ移ろうかと考えていたら、今度は通路を挟んで横の席のカップルが、2人で吸いだした。ハンガリーの列車は、タバコと携帯で、無秩序状態である。
どうにか乗り換えするミシュコルツの駅に着いて、次のクラクフ行の夜行列車を待っていたら、駅構内は暖房が効いていないため寒く、トイレへ行きたくなった。ようやくトイレを探しだしたら、90Ft(約56円)。小をするつもりだったが、しゃがんでゆっくりと大を試みた。ハンガリーとしてはキレイなトイレかもしれないけど、日本ではごく普通である。ハンガリー人に日本のデパートのトイレを見せてあげたいものだ。
デブレツェンの駅近辺で買出しができなかったので、お腹も空いてきていたし、熱代謝をよくして体を温めるために、カツレツパン220Ft(約138円)を買った。並サイズのハンバーガーが約400Ft(約250円)したので、「冷えていてもカツレツパン2つか、カツレツパンとホットドッグ220Ftだろうなぁ」と思いながら、売店前のカウンターで立ち食いした。
列車はいつも遅れてくるし、国際列車なのに案内放送はハンガリー語だけなので、どの列車に乗っていいのかよくわからない。いつ来るかと、寒さと不安いっぱいで、待ち続けなければならない。
古くて汚いボロボロの列車が駅に入ってきて、「まさかこれで国境越えはないだろう」と思っていたけど、大きな荷物を持った人たちが乗り入れしているため、近くにいた作業服の上に黄色のベストを着た鉄道関係者に「To Krakow?」って聞いたら、ショックなことに「そうだ」と言われた。べダペストとデブレツェン間のローカル列車と変わらない。弘前と秋田間を走る『特急かもしか』以上に打ちのめされた。「この車両では、列車料金が高すぎるだろう」と思いながら、2等の指定席を探した。
やっぱり座席も、デブレツェンからミシュコルツまでの特急列車より悪く、ローカル列車と同じだった。表示されている予約番号上では4×4の向かい合わせの席【写真右】だが、通常は2×2の席で利用すると思われる。席への出入り口はガラスの扉になっており、室内からカギをかけれて、個室のようにもなる。
荷物を置き、切符の検印を終えたら、1等側をのぞきながらトイレへ行った。1等は、2等と同じ車両内にあり、シートが少しよくなるだけで、ほとんどかわらなかった。「2等で充分だ」と思った。
【白いドアの中がトイレ、オレンジのドアは乗り降り用】
列車内のトイレへ行くと、一応紙は置いてあったけど、何と電球がなくて真っ暗で、しかもカギが壊れていた。目が慣れるまで少し待ってみたが、ほとんど視界はよくならなかったので、仕方なく少しドアを開けて用を足した。垂れ流れてくるような水で手を洗っていたら、東南アジア系の女性がドアを開け、暗い中に自分が居たのでびっくりされていた。ただ自分は、「びっくりするのは、これからだぞ!」って教えてあげたかった。そのあと彼女はどうやって用を足すのか、とても気になったが、失礼なのでその場を去った。もしかすると、彼女にとっては全く問題なかったかもしれない。
列車内で2回の国境越え(ハンガリー→スロバキア→ポーランド)をして、早朝まだ暗いなかクラクフへ着いた。
パスポートの検印だけで、荷物検査はないが、出国と入国でそれぞれ行うし、途中警察のパスポートチェックもあったし、切符の検印もあるので、うとっとしても寝れる間がなかなかなかった。
しかもスロバキアで、英語が話せた物理専攻のブダペストの大学生が降り、一人になったと思ったら、少しして外見からも怪しさで満ちあふれていたポーランド人が入ってきて、うとうともできなくなった。まず、席に入ってきたのが駅停車後でなかったし、大きな荷物があるのに切符を車内で買ったし、「もう寝たら負けだ!」と思い、目をつむっても寝ないように耐え続けた。結局、自分の思い過ごしかもしれないけど、負けなかったので、荷物の盗難には遭わなかった。
【ハンガリーとスロバキアの国境】 【スロバキアとポーランドの国境】
クラクフ1日目
宿へは、住所を書き忘れていたため、ネットで見た地図の記憶を思い出しながら、駅周辺をぐるりと回ってみた。回って戻ってきたところに、ちょうど宿の看板が出ており、今後は住所だけでも必ずメモしておくべきだと思った。宿の場所は、予想外によく、駅前の大きなショッピングセンターGALERIA【写真右】の斜め向かいで、とてもよいロケーションであった。
24時間受付のはずなのに、ビル入口のベルを押しても誰も出ず、「さすがに朝6時では早すぎたかなぁ」と思って寒い中どうしようか考えていたら、早起きのおばあちゃんがビルから出てきて、建物内に入れてもらえた。とりあえず寒いなか待たなくてよくなり、ひとまず安心した。次に階段を上がり、レセプションの部屋のベルを押しても、やっぱり誰も出て来なかった。すると早起き助っ人おばあちゃんⅡが、階段を掃除しに出てきて、今度はオーナーのいる部屋のベルを鳴らして、オーナーを起こしてくれた。そのときは「クラクフは、人がよさそうかも」と単純に思ってしまった。しかし後に、「観光地なので旅行者に対して多少慣れているだけかなぁ」と感じた。
朝早かかったため、一時的に空いている部屋でとりあえず寝かしてくれた。シャワーも使用可能と言われたが、列車で寝れなかったので、倒れ込むようにベッドへ横になり、そのまますぐに意識がなくなっていった。
目が覚めると9時半過ぎで、3時間くらい熟睡できた。10時過ぎて受付へ行き、部屋のカギを受け取った。部屋と観光ツアーの説明を聞き、朝食付きだったので、紅茶とサンド(ハム、チーズ、パプリカ、トマト)を作って食べた。ポーランドの通貨がなく、早朝の駅では両替もできず、何も買えなくて、お腹が空いていたのでとても助かった。
両替は、OldTownのFlorianska通りにレートのよい両替所(KANTOR)があると聞き、その周辺の通りも念のために歩いてレートをチェックして、最もよさそうなSzpitalna通りのところで両替した。レートは100円=2.32zlで、残り少ない手持ちの日本円の万札1枚から232zlを手に入れた。
のちに100円=2.4zlの両替所を1ヵ所見つけたが、そこだけ飛び抜けているのはちょっと怪しく思えて、損した感は特になかった。多分、実際のレートは表示されているものと異なるか、両替手数料が別途かかるのかもしれないと思った。
ただもし手数料なしで、2.4zlのレートで両替できれば、手持ちが240zlとなったので、8zl(約340円)ユニセフに募金できたかもしれないし、町なかの公衆トイレへ大なら8回、小なら16回行けたかもしれなかった。トイレで考えると、ちょっと大きな差を感じてしまった。ある程度の厚着で外を歩いていても、寒くて体とお腹が冷えるからか、トイレにすぐに行きたくなるからだ。
ちなみにトイレの受付のおばちゃんは、小を「ピー」と大を1回ゆっくりハッスルポーズをとりながら「ウーン」と表現して料金の違い(小0.5zl、大1.0zl【写真右】)を説明してくれた。ところで「女性はやっぱり大でも小でも1zlになるのかなぁ」と思ったが、確認できないし、聞いて確認もしなかった。
あとは、今日は移動で疲れていたので、OldTownをぶらぶらしながら、教会や建物を見たり、店をのぞいてみたりした。なかなかよいアウトドアの店が2つあり、そのうち1つはマムートを、もう1つはピーク・パフォーマンスを扱っていて、とてもそそられた。現金は充分な金額を持ち合わせていないので、カードで買った場合、マイナーなポーランドの通貨のレートがどのくらいになるのか予想もできなかったので、今回はあきらめることにした。
【マテイキ(Matejki)広場の像】
【バルバカン(Barbakan)】
【フロリアンスカ門(Brama Florian'ska)】
【フロリアンスカ通り(Florian'ska)】
【中央市場広場(Rynek Glowny)】
【聖マリア教会(Kos'ciola Mariackiego)】【】内の()は、ポーランド語での表記です。写真の上にカーソルを置くと、英語表記もでます。
食事は、トイレ休憩をかねて昼は中華レストラン【写真右下】でチャーハン(10.9zl、約470円)、夕食はケバブ(7zl、約300円)をテイクアウトして食べた。中華レストランでは、ラーメン・餃子・シュウマイ・鳥の唐揚げなど、日本食も扱っていたが、目が飛び出るほど高かった。確かラーメンは、45zl(約1940円)だったので、さすがにありえなかった。
ところでケバブを注文したとき、「ビーフか、チキンか」聞かれ、「チキン、プリーズ」と答えても、レジの若い女性店員に聞き取ってもらえなかった。そのやり取りを数回繰り返したら、後で作っていた若い男性店員がえらそうにでかい声で「ビーフ?、チキン?」と聞いてきた。さすがに気分が悪くなった。再度「チキン」と言ったが、その若い男性も聞き取れず、どうしたもんかと思っていたら、レジの若い女性の方がさすがにわかってくれた。どうみても自分は悪くないと思うし、若い男性の態度がとても失礼で、気に食わなかった。ケバブが出来上がるのを待っているとき、レジの若い女性は少し気まずそうにしていた。どうみても店員2人の態度がマズイだろうと思う。とにかくうまく伝わらなかったことで、ブルーになりながら「二度とここでは食べない」と決め、ケバブを腹に入れた。
夜、ホステルへ戻る前、ショッピングセンターGALERIAへ行き2時間見て回ったが、かなり広いため、3フロアー全て見れなかった。服では欲しいものは特に見つからなかったけど、スーパーAlbertではアサヒ・サッポロ・キリンの3つの日本のビールが売られていた。デブレツェンではごくまれにアサヒを見かけるだけなので、手が伸びそうになってしまった。また、フードコートでは日本食レストランのミヤコズシもあった。ただしメニューが表に出されていないので、ちょっとあやしそうだった。
【店員おススメのポーランドのビール①】
【定員おススメのポーランドのビール②】500mlのボトルが2.39zl(約103円)と、コーラや7UPよりも安いです。
①②の両方とも癖がなく飲みやすかったですが、自分は②の方がよかったです。
【アサヒドライ6.99zl(約300円)、サッポロ黒ラベル6.79zl(約292円)、キリン一番搾り6.99zl(約300円)】
日本のビールはやっぱり高い! 全て355mlのボトルなのに、なぜか黒ラベルだけが約8円安い!
(2006 Dec)
| ■たびの日記② - アウシュビッツ(オシフィエンチム) - |
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朝、昨日インフォメーションセンターでもったバスと鉄道の時刻表の紙を頼りに、鉄道の駅裏にあるバスの駅へ行った。チケットカウンターで、その時刻表の紙を見せながら、「アウシュビッツまでのバスチケットを下さい」と言ったら、「左のタイムテーブルを見ろ!」とぶっきらぼうにチケット販売所のおばちゃんに言われた。左を見ても時刻表らしきものはなく、「どこにあるのか教えて下さい」と再度たずねたら、「左!(On the left!)」と怒鳴られた。さすがにこれにはびっくりしてしまった。もうこれ以上聞けないし、しかたなくバス駅構内を歩いていたら、奥の方にどでかい時刻表の掲示板があった。これでは、左と言っても販売所から遠すぎるから、「On the left!」では通じるわけないし、あまりにも不親切すぎる。ただ、時刻表を見ても行き先と時間が書かれているだけで、インフォメーションでもらった紙と同じだった。地下のバス乗り場でアウシュビッツ行きのバスを探しても見つからないし、乗る予定だった9:30を過ぎてしまった。東欧の鉄道でよくみられるように予定時刻から遅れているのか、それとも時間変更になったのか、わからなかった。
いったんホステルへ戻って従業員の人に聞くと、いろいろなバス会社からアウシュビッツ行きのバスが出ていて、乗り場で待ったほうがよいと言われた。教えてもらった18番ホームは、行ってみると他方向行きであり、駅構内の時刻表上の15番ホームで待ってみた。しかし、寒くて体全体が冷えてきたため、時刻表上では次の発車まで時間があるし、上の駅構内で待つことにした。
【クラクフの鉄道の駅】
【駅前にあるショッピングセンターGALERIA】
すると、「アウシュビッツへ行くのか」と突然見知らぬオッサンが話しかけてきた。そっけなく「あぁ」とうなずくと、続けて説明し始めた。説明した内容は、往復の車移動、専属ガイド、映画『シンドラーのリスト』のロケ地の第2のアウシュビッツまでも行く・・・ということだった。自分は聞きながらも、「日本人に対してもこんなに早口の英語で話しかけているのか?」、「まずこのスピードの英語によるガイドで理解できる人は、違うツアーに参加している」と思ってしまった。自分は「多分この英語ガイドでは、理解できないだろう」と思ったからだ。
全く行く気がないので、丁重に断り知らんぷりしていたら、「200zlでどうだ!」と聞いてきた。さすがに想定以上に高すぎたので、ついつい「高っ!」と声を出してしまった。高級個人ツアーのオッサンは、多分自分のリアクションを見て、「こいつは食いつく気配なし」と思ったようで、さっと消えてしまった。ちなみにインフォメーションセンターで紹介されたツアーは学生60zlだったし、現地旅行会社のバスツアーでも80zlだったので、吹っかけ過ぎであろう。
時間が近づいてバスを見に行くと、市内バスと同じつくりのバスで、「これで90分乗るなら、事前にトイレへ行っておこう」と思い、トイレへ行った。OldTownよりも高く、大小関係なく2.0zl(約86円)で統一されていた。これだけの料金を取るなら、せめてトイレットペーパーをソフトにして欲しいものである。
切符7zlを車内で運転手から買い、90分バスに乗り続け、アウシュビッツ(クラクフから70km弱)のバスターミナル(バスの車庫)へ着いた。辺りには博物館らしきものが見えず、少し(約200m)歩き、国立オシフィエンチム博物館にたどり着いた。案内板が小さいので、わかり難かった。ユネスコ世界遺産に登録されていても、入場料はないし、白神山地なみに外部者からはわかり難く、ただ保存するために登録されたと感じられた。
ガイドなしで見学するため、せっかくなので博物館で日本語ガイドブック3zl(約130円)を購入した。これがとてもわかりやすく、ガイドがいなくても読みながら見て回るだけで、充分だと思った。
強制収容所入り口に「ARBEIT MACHT FREI」と書かれたゲートがあり、これをくぐると収容所内へ入る。収容所内は、収容棟や鉄条網、集団絞首台、焼却炉など残されている。収容棟内には、被害者の所持品(トランク、ブラシ、靴、眼鏡、義手・義足など)や髪の毛、住居状況、監房など、いろいろ展示されていた。
ゲートをくぐったときは特に感じなかったが、これらを見ていたらずっと鳥肌状態に身震いも起こり、寒さが一層強く感じられた。ただし外へ出ると、これがなんとも言え難い開放感で満ち溢れた。
【国立オシフィエンチム博物館】
【強制収容所のゲート】
【鉄条網(左が内側)】
【収容棟(棟内にはいろいろ展示されている)】
【第10ブロックと第11ブロック(「死のブロック」)の中庭】
【点呼広場と収容棟】第10ブロックと第11ブロックの中庭は、両側から高い壁で区切られていた。左の第10ブロックの窓には木の板が打ち付けられていて、中庭での死刑執行を見られないようになっていた。中庭奥の「死の壁」の前で主にポーランド人を銃殺した。「死のブロック」の第11ブロックでは、毒薬チクロンBを使用して集団虐殺の実験が行われた。また地下には監房(尋問中、餓死宣告用、立ち牢など)があった。 『国立オシフィエンチム博物館の日本語ガイドブックより』
【集団絞首台】
【アウシュビッツとビルケナウの位置】
次に3km離れた第2のアウシュビッツと呼ばれていたビルケナウBirkenauへ歩いて行った。冬期は無料のシャトルバスが運行されていなく、歩くかタクシーしかない。博物館前では、タクシーの呼び込みがあるので、タクシーを利用したければ電話で呼ぶ必要もないと思われる。しかし、ビルケナウへ行くツアー客以外の人は、みんな歩いていた。実際歩いてみると、30分くらいで行けたので、実質2km強なのかもしれない。
ビルケナウは、とにかく敷地が広く、中へ入っても塀の内側にいるのかどうかわからなくなりそうであった。しかし、収容棟などの建物は、土台がないため内側は全て土間状態だった。ぐるりと歩きまわったら、とても時間がかかり、帰りが遅くなった。
【正門「死の門」(現在は案内所)への引き込み路線】
【正門の展望所からながめる収容所(隔離所)】
【20近く横に並ぶ収容所(隔離所)】
【ナチス政権下犠牲者の国際慰霊碑】収容所の面積は約175ヘクタールで、300棟以上のバラックがあった。完全な形で残っているバラックは、れんが造りが45棟、木造が22棟だけである。1944年8月の点呼で、男女合わせて10万人に達した。ナチスはほとんどの虐殺設備をビルケナウに設置した。 『国立オシフィエンチム博物館の日本語ガイドブックより』
【慰霊碑からの「死の門」】
【人間の灰が捨てられた池】
【SS司令部の建物】
【「死のブロック」と夕日】
アウシュビッツからクラクフ行きのバスは、冬期は時刻表通りにやっていなく、時刻表にない15:15が最終であった。そのことを知らなかったのでバスには乗れず、帰りは鉄道の駅【写真右下】まで2kmくらい(20数分)歩き、列車で戻った。列車の切符は9zlで、乗り換えもあり、バスの方がよいと思った。
事前にインフォメーションセンターの情報だけでなく、駅の時刻表や係員に確認した方がよかったと思った。2ヶ所のインフォメーションでもらった情報は、時間によって運行曜日が異なっていたり(毎日と月~金)、時間と料金も微妙に違っていたりして、そもそもあやしかったのかもしれないし、時期によって時間や料金は変わるのかもしれない。
(2007 Jan)
| ■たびの日記③ - カジミエーシュ地区 - |
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クリスマスで店、インフォメーション、博物館などほとんど休みであった。ただし教会はもちろんやっていて、教会内への人の出入りが多く、中へ入りやすかった。
【聖マリア教会前の人ごみ】
【聖マリア教会内でのミサ(フラッシュなしのため暗い)】
【聖ペテロ聖パウロ教会】
【聖アンドリュース教会】
ヴァヴェル城Wawel Castleを経由して、ユダヤ人ゲットーがあったカジミエーシュKazimierzへ行ってきた。特別な目的はなく、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)、ユダヤ人共同墓地、教会や建物など見てまわった。写真は撮れなかったけど、黒いスーツに黒いコートと黒い帽子を身にまとった人たちが多く教会へ訪れていた。
【ヴァヴェル城の城壁】
【ヴァヴェル城旧王宮の中庭】
【ヴァヴェル城の大聖堂】
【伝説の竜(竜の洞窟は冬期閉鎖)】
【カジミエーシュ地区】
【カジミエーシュの町並み(ユダヤ教文化遺産ルート)】
【カジミエーシュ地区の教会(Boz'ego Ciala)】
【Podgo'rze地区の教会】
ところで今朝はちょっとあわただしかった。昨日ビルケナウへ歩いて行く途中、日本人2人と知り合った。彼らはワルシャワ(ポーランドの首都)に、3ヶ月間レスリングの強化練習のために来ていて、帰国前にクラクフまで観光に来たらしかった。自分がクラクフまでのバスに乗れなかったため、クラクフまでの帰りの列車も同じになり、昨夜は屋台で夕食をテイクアウトした。しかし、店のおばちゃんが、自分が注文した特大ソーセージ2本16zlと、彼らの頼んだステーキ2つ30zlを間違って渡してしまっていた。そのあと自分はケバブを食べてホステルの部屋へ戻ったので、そのことに気がついたのが深夜で、今朝その差額の14zl(約600円)を会って渡そうとホテルへ行った。運が悪いことに10分前にチェックアウト済みで、列車の駅へ行っても会えなかった。町で観光していたら、彼らの1人に会えて話せた。彼らはすぐにホテルの部屋へ戻ったので、すぐに気がついたらしいけど、鎮痛消炎の湿布を自分があげていたので、「まあいいかなぁ」となったらしかった。そのため、差額を受け取ることを遠慮された。とても感じのよい2人だった。ぜひとも目指している北京オリンピックへ出て活躍してほしいものだ。
【中央市場広場の夜の馬車】
(2007 Jan)
| ■たびの日記④ - ミュージアム - |
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ところで、"museum"は博物館・資料館、美術館である。奥が深い・・・
今日は2つの絵を見るためにチャルトリスキ・ミュージアム Czartoryski Museumへ行った。ちなみに、多分メインはその2つの絵だと思われるので美術館と訳したいところだけど、絵画と彫刻だけでなく武具や、古代エジプト品も展示されており、しかも英語名も"art museum"となっていないため、考えたすえミュージアムとカタカナにしてしまった。とらえ方はほんと難しいと思う。
さてその2つの絵とは、1つはレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)の名作『白貂を抱く貴婦人 Lady with an Ermine』であり、もう1つはレンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn)の『Landscape with the Good Samaritan』(1638)である。
【チャルトルスキ・ミュージアムの建物】
【チャルトルスキ・ミュージアムの出入口の扉】
学生6zl(約260円)、大人料金でも9zlと、安くて美を楽しむ?学べる?親しめる環境がある。ダヴィンチの絵は展示されていたが、レンブラントの絵は何と他の美術館へ貸し出し中であった。その貸し出し中の掲示【写真右】を、係員にお願い(「この絵を見るためきたけど、残念ながら見れなかったので、記念に。しかも絵ではないし・・・・」)して、撮らせてもらった。
【ダ・ビンチの『白貂を抱く貴婦人』】
【貸出中のレンブラントの『Landscape with the Good Samaritan』】
次に日本美術・技術センター『マンガ』館 Center of Japanese Art and Technology "Manggha"へ行ってきた。数年前のあるガイドブック『地球・・・』では日曜日が入場無料となっていたが、インフォメーションでちょっと見させてもらった現地発行のガイドブック(有料)通り火曜日の今日が無料であった。
展示はきもの類だけで、肝心のマンガの絵がなく、聞いてみたら「今年は展示していない」と言われた。来年以降もあやしいと思う。多分あったとしても期間限定で展示するくらいで、常展はされないと雰囲気から思われる。建物の名前を変えた方が誤解を招かないからいいと思った。それと若い係員が6,7人入り口でたむろって時間をもてあましていたが、訪問客よりも多いし、展示場も広くないし、2,3人で充分足りると思った。カメラを設置すれば、まず問題はそう起こらなくなるだろうし。
【Center of Japanese Art and Technology "Manggha"】
【建物正面玄関】建築設計は磯崎新のようです。ポストモダンの代表的な建築家で、代表作のうち「つくばセンタービル」や
「グランシップ(静岡県コンベンションアーツセンター)」などは縁がありました。
コルビュジエ→前川國男(弘前市役所や紀伊國屋新宿店など)→丹下健三(広島平和記念資料館や
代々木体育館など)→大谷幸夫・槇文彦・磯崎新・谷口吉生
ところでマンガとは、コミックのことではなく、安藤広重や歌麿、北斎、写楽などの浮世絵のことです。漫画『ギャラリーフェイク』でもアートとしたマンガのことが少し記載されています。あとその漫画内で、レンブラントも『レンブラント委員会の挑戦』で書かれています。
2つのミュージアムを見たあと、特に予定もなく、クラクフで初めて晴れたので、ぶらぶら歩きながら写真を撮った。今日もクリスマスに続き休日(連休)で、昨日よりも人であふれていた。しかしほとんどの店は閉まっているので、マクドナルドは行列だったし、食べる場所を探すのに一苦労であった。4日連続ケバブの屋台でテイクアウトして食べた。ただし店も食べるものも毎回変えた(チキンのKebab、ラムのKebab、Kanapka、Pallapika?など、7zl約300円)。
【聖マリア教会】
【旧市庁舎と織物会館】
【ヴァヴェル城】
【ヴァヴェル城の大聖堂】
せっかく長時間かけてクラクフに来たけど、店が閉まっていると教会くらいしか行くところがなく、明日の夜でなく今夜ハンガリーへ戻っても、クラクフの町はもう充分かなぁと思ってしまった。3つの世界遺産うち、残りのヴィエリチカの岩塩採掘場へは結局行かなかったが、クラクフのまちはこじんまりとしているので、3日あれば充分観光できると思う。ちなみに岩塩採掘場は、聞くところでは入場料47zlするらしく(ガイドブックの記載料金と異なるため信憑性は?)、バスツアーは90zlだった。たとえアウシュビッツのように入場料無料でも、なぜか魅力を感じなかったので、行かなかっただろう。それにしても今日は外で出歩く時間が短かったからか、外でトイレへ行かなかった。
(2007 Jan)
| ■たびの日記⑤ - クラクフ最終日 - |
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ゆっくりとチェックアウトの10時に間に合うようにパッキングするが、それもすぐに終わってしまい、ネットで為替レートを見てポーランド通貨の残金をどこの通貨に変えようか考えていた。今後使う予定の高い、ハンガリーフォリントかユーロのどちらにしようかと考えていた。ホステル従業員とプラハの話をしたら、プラハではチェココルナ通貨で、現地で両替すると税金がかかるからポーランドで両替して行った方がよいと言う。よって、100zl(約4310円)をチェココルナにすることに急遽変更した。
初日と同じように幾つかの両替所をまわってみたが、やっぱりSzpitalna通りの2ヵ所がよく、試しに前回の両替所ではなく、前回も最高のレートであやしかった両替所で両替した。一応事前に掲示レートと同じであることと、両替手数料なしであることを確認した。何が異なるかと言うと、レシート(両替証明書)が発行されなく、もし偽札をつかまされても、再交換できないということのようである。例え偽札があっても、使うのはチェコになりクラクフにはもう戻らないため、どうしようもない。そのときは、運が悪かったとあきらめるしかなさそうである。
100zlは、700Kcと5zlに変わった。
列車の時間(22:36)まで、今日から休み明けでオープンしたショッピングセンターGALERIA【写真右】でまずは過ごした。まずは初日に行けなかった家電とCD・DVD店へ行った。世界のKUROSAWAの乱や、KITANOのドール、ブラザー、TAKESHISに、あずみ、キャシャーン、デビルマン、千と千尋の神隠しなど少し偏りがあるが、日本映画のDVDがデブレツェンよりおいてあった。あと衣類や食品をゆっくりみた。フードコートで食事をとりたかったけど、すごく混んでいて、結局スーパーでパンとグリル(お惣菜)をテイクアウトした。ときどきベンチに座って休み休み見てまわったが、疲れたので夕方荷物を置かしてもらっていたホステルへ戻った。
まだ時間があるので、毎晩のように見ていたDVDを見た。今回クラクフのホステルでは、「Mr.&Mrs. Smith」、「ブリジットジョーンズの日記」、「パルプフィクション」、「KillBill1と2」、「Leaving Las Vegas」、「The Devil's Advocate(邦題『ディアボロス:悪魔の扉』)」と全部で7つ見たことになる。ちなみに最初の「Mr.&Mrs. Smith」を見たとき、あまりに聞き取れないから、次は一度海外の映画館でみた「ブリジット・・・」にした。しかしそれでもたいして変わらず、そのみた当時より聞き取れなくなっている気がした。やっぱりハンガリーで英語をほとんど使っていないからかもしれない。
出発の時間が近づきホステルをあとにした。駅で少し待っていると、ポーランド語が全くわからないから雰囲気から察して「金をくれ」と話しかけてきた。やっぱりうっとうしいので、無視。
クラクフが始発だったようで、時間通りにホームに列車があったので乗り込んだ。しかし、なかなか出発せず、ヒーターの効かない席で震えながら結局1時間待った。やれやれであった。
列車では、ポーランド人3人グループと一緒になり、しかもそのうち1人の小柄で静かな女の子は、日本(東京~大阪)へ1ヶ月旅行したと言っていた。東欧の国からはるばる日本へ旅行するとは、なかなかスゴイと思った。
ハンガリーに入り、乗り換え駅ミシュコルツへ予定より45分遅れて着いた。次の予約していた列車に、ホームを走りギリギリ乗れた(もしかすると乗り換える人のために待っていたから乗れたかもしれません)が、心臓に悪い。ちなみにハンガリーに入ったとき、切符を確認に来た車掌さんに「多分次の列車に間に合わないと思うけど、時間変更可能か」と聞いたら、「ノー」と言われていた。東欧での列車の乗り換えは、日本のように時間通りに運行しないので、ほんと難しいと思った。
(2007 Jan)