日本は中高大と10年間の英語教育を実施している。
10年間もみっちり英語教育をしているのだから、さぞかし英語能力が身についているかと思えば、
なんと英語圏以外の国160ヵ国の中で155番目の成績だそうだ。
今でこそ、じり貧状態ではあるものの、日本の教育水準というものは世界でもトップクラスである。
胸を張って良いレベルであるにも関わらず、英語だけはどうして駄目なのだろうか?
いわずもがな、言葉とは生活に密着したものであるからなのだろう。
日本人というものは古来から、机上の学問には優れた所がある。
数学やら歴史の年号やらを覚えるのは非常に上手だ。
上手が故に驕り、英語も学問と捉え、机上で処理しようとした所に失敗があったのではあるまいか。
本来日本人はそうした失敗から多くを学び、決して驕らず探求・修正を繰り返し現在のような豊かさを手に入れてきた。
しかし、最近何かが狂いだしてきているというか、壊れかけてきているように思える。
文部科学省は小学校からの英語教育を検討していると言う。
これは英語教育の時間が足りなかったという結論なのだろう。
英語教育の在り方そのものの失敗というものを、謙虚に受け止め切れていない証拠である。
本気で子供達に英語能力を身に付けさせたいと思っているならば、机上での勉強は減らすべきである。
言葉というものは生活の中で、学ぶものである。
であるならば、積極的に留学を支援するような改革をこそ必要とされているのではないだろうか。
留学が無理なら、『駅前留学』的なものでも良いと思う。
机上の英語教育の為の時間とお金を減らしてでも、こちらにそれらを割けるような支援的改革が望まれる。
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