迷惑おばさんが逮捕された。
ちょっとした、いざこざに端を発して実に十年間、ラジカセによる騒音に始まり、
執拗な罵声、ホースによる水撒き、チャイムの連呼、エンジンの空ぶかし、はたきによるカーペット叩き
(テレビで見る限り威嚇を意味するようだ)などなどさまざまである。
自分は被害者であり、当然の報復と思っているらしい。
文章で書くのもおぞましいが映像で見るとさらに衝撃的であった。
ワイドショーのコメンテーターは一様に過剰な被害妄想であると非難していた。
非難を通り越して、哀れみを感じている風な人もいたようだ。
この事件の背景にある詳細な『事実』を私は知らない。
なので私としては非難も哀れみも感じていないのだが、確かに衝撃だけは受けた。
私も集合住宅に暮らしているので、多少のいざこざは時に目にする。
今は引っ越していないが、少し前に隣に住んでいた、中年夫婦は非常に敏感な方で、
上の階の住人や私の家とは逆隣の住人とよく揉め事を起こしていた。
最初は上の階の住人のベランダの戸の開け閉めが五月蠅いとかそんな他愛のない事であったが、
徐々にエスカレートしていき、終いには「嫌がらせを受けている」とか
「聞こえるように悪口を言っている」というような事を触れ回っていた。
私も団地の班長として、集金に訪れた際には良く愚痴を聞かされていた。
近所の人たちは『被害妄想の激しい夫婦』という意見で一致していたが、私は良く分からない。
あまり家にいない事が多いし、その手の世間話が苦手なので詳細な『事実』は知らない。
扉の開け閉め程度の(一般的には)他愛のないことでも、住んできた環境が違ったり、
神経質な人であれば、精神的苦痛を味わうこともあるだろう。
そもそも、私はこの『一般的』な意見は大嫌いである。
だから、たとえ少数派であろうと多数派であろうと、偏った意見の側には立ちたくないと思っている。
関わりを持ちたくないという、本音ももちろんある。
そもそも被害妄想とはどういう事をいうのかと言うと、『被害』と頭に付いているのだから、
ただの『妄想』とは区別しなければならない。
『被害』があってのエスカレートした『妄想』だと思っている。
何もないのに相手に憎しみを持つなんて事は普通はありえない。
あるとすればそれは『妄想』である。
私は今回の事件の加害者の肩を持つ気は更々ない。
隣に住んでいた、中年夫婦の肩を持つ気もない。
行き過ぎた報復や思い込みによる感情の爆発を許していたら、世の中無茶苦茶になってしまう。
しかし、『被害妄想』がある所には必ずと言って良い程『非加害妄想』があると思っている。
良くテレビドラマでも見る光景だが、露骨な噂話やいかめしい顔つきでチラリと見やりながら、
あからさまに口を覆い隠して、コソコソ話などされたら、悪口を言われているのでは構えてしまう人も居るだろう。
こういったトラブルが繰り返される背景には、集団心理が大いに働いていると思う。
多数派が善であるという風潮が、『非加害妄想』を助長している。
加害者側に加害意識がないのだから、被害者は『被害妄想』とされる訳だ。
繰り返し言うが、今回の事件の加害者は行き過ぎた行為であり、憤りを感じる。
しかし、その行いの背景にはどんな『事実』があるのかを論じなければ、何の解決にもならないだろう。
往々にして、ちょっとしたすれ違いが原因であることが、多いと私は思っている。
知らず知らずの内に、相手を傷つけているかも知れないという『加害意識』を誰しもが持つべきである。
そこを抜きにして、世論の味方とばかりにマスコミが囃し立ててしまうのはいささか危険であると思わざるを得ない。

戻る