『天ハ人ノ上ニ人ヲ作ラズ』
福沢諭吉はそう言った。
いや言わねばならなかった。
人間の上下関係、あるいは社会的地位というものは一体何かと考えれば、それらは全て相対的なものである事が解る。
相対的というからには、自分と他者を比較していると言うことだ。
自分に対して他者を上だ下だと判定するには、他者が一体何であるかを考えなくてはならない。
多くの人はお金を持っているとか、地位の高さとかが基準になっていると思われるが、
それらはあくまでも自分の価値基準に過ぎないという所に注意しなければならない。
或る人は、お金は最低限生きていけるだけあれば良いと思い、他者を征服もしたくなければ、命令を下す権利も欲しないとする。
そうなれば彼にとって、富も社会的地位も価値ではなくなる。
そんな人間に対して、勝手に『アイツは俺より下だ』と言った所で、何の意味があろうか。
単なる自己満足にしかならない。
つまり差別とは相対的自己満足と言えるのだ。
個人個人が勝手に思っているこれらの事を、絶対的なものとして信じてしまっている人が多い事の不思議。
これを見かねて、福沢諭吉は、当たり前である筈のあの文句を、言わざるを得なくなってしまったのだろう。
常識というものは、ある種宗教に似ている。
常識を常識として捉えた瞬間、人はそれ以上ものを考えなくなる。
だから、少し考えれば当たり前の事でも『信じる』という行為で当たり前でなくなるのだ。
福沢諭吉は素晴らしい言葉を後世に残した。
しかし本来、そんな事は当たり前過ぎて、わざわざ言うまでもないことである。
福沢諭吉自身、それが解っていた筈であり、だからこそ複雑な気持ちで言ったのではないだろうか。
世の中当たり前の事ばかり、賢人にして『天ハ人ノ上ニ人ヲ作ラズ』なんて言葉を言わせるのは、恥ずかしい事である。
もう少し自分の頭で考えて見てはどうだろうか。
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