スズメは凄い。
いや、スズメに限った事ではないのだが、動物の餌の捕獲の仕方を見ていると、その正確さに驚かされる時がある。
というのは、飛んでいる虫を同じく飛びながら捕獲するスズメを目撃したのだが、
あの正確なハンティング能力は人間の尺度から計ると、極めて高性能である。
『まるで機械のようだ』とふと思ったのだが、まんざら的外れな考えでもないかも知れない。
彼らは生きて行く為に、当然そういった能力を有していなければならない訳で、
有していない個体は生き残れないのであるから、子孫を残す事も出来ない。
故に彼らは、遺伝的に優れ、生き残る能力を持った、いわば一流選手のみで構成されているという事になる。
機械のような精密さにも納得がいくというものである。
また、彼らには『心』がないという点も重要だろう。
理性がないといった方が正確だろうか。
邪念や精神的圧力がないが故に、機械のような精密さを発揮できるのだ。
人間の場合で考えると解り易いのだが、例えばサッカー選手。
彼らはプロであり、一国の代表選手ともなれば、それは一流といってもよいだろう。
そんな人間社会に於いての一流選手である彼らも、試合では多大なるプレッシャーを受ける。
国民の願いを一身に背負っているのだから無理もない。
練習の時なら造作もないプレーでも、本番の試合でゴールを前にした時など、考えられないようなミスをする。
なんとかして決めたい。決めなければならないというプレッシャーがそうさせるのである。
人間は知能を有した瞬間から、精密さを失ってしまったのだ。
さてここで、人間が動物と違う点がもう一つある。
先ほど、動物は一流選手だけで構成されていると言ったが、人間はそうではない。
基本的人権だとか平等だとか、そういう事で、一流でない人間、
はっきり言ってしまえば、人間社会のみならず自然にて於いて有害な者であっても子孫を残せるという部分である。
『これって怖い事じゃないですか?』
只只、不自然に人口が増殖してしまう。
人の数が増えれば、食べるものや資源を奪い合う為に戦争が起こる。
将来起こるであろう戦争の形は、まさにそういう戦争なのではないだろうか。
そこで一体人間は何を考えるのだろう。
子孫を残す権利を一流の人間(エリート)のみに与えるのだろうか。
近未来映画などに良く見られるように、富裕層社会と貧困層社会が区画化され、貧困層の人間は人間とみなされない。
そんな社会が現実のものになるかも知れない。
『知能を有した瞬間から、人間は不完全になった』
そんな不完全な人間社会の中で、一流と呼ばれる各種の能力を有さない人々は一体どうやって生きていけばいいのか。
知能とは考える力の事である。
精密な身体能力、そして研ぎ澄まされた本能を犠牲にしてまで人間が手に入れた最高の能力。
これだけは、どんな人間にも平等に有している筈である。
だからこそ、誰しもが『考える』という事をしなければならないのである。
***************
基本的人権がある
誰しもが子孫を残せる
人口が増殖する
食べ物、資源がなくなる
奪い合う為に戦争が起こる
社会に格差が生まれる
疎外された人々が反乱を起こす
基本的人権を勝ち取る
***************
この円運動の円周を歩んでいてはいけない。
私は円の中心に向かって歩んでいきたい。
戻る