人生楽しければ良いと考える人達がいる。
快楽主義者と言っても良いだろう。
こういう人達はとかく物を考えない傾向にあるようだ。
極端な例を出せば、暴走族なんかがそうだろう。
我が物顔で、公道を暴走する。他人の迷惑なんて考えもせず、自分達が発散する事のみを至上としているのだ。

人が何かをする時は少なからず、周りに何らかの影響を及ぼす。
時には一部の人間に悪影響を及ぼしてでも、実行しなければならない事もあるだろう。
しかし、そこには必ず『考え』というものが必要になってくる。
それなくして行動を起こすのは、無責任と言わざるを得ない。
しかし、快楽主義者達はこんな事を言う。
「そんな事、細かく考えてたら何も出来ない」「せっかくの人生なんだから楽しもうよ」
社会情勢や文学、哲学等を学んでいる人達には、
「そんな事、真面目に考えて何の意味があるの」等と。
こんな事を言う奴には、こう言ってやればいい。
「では、お前が生きている事になんの意味があるのか」

ゲーテの戯曲『ファウスト』の中でメフィストフェレスはこんな台詞を言っている。

「消えただと!くだらない!なぜ消えたなどと?
消えるも何もないも しょせんは同じよ!
われら被造物を無へとひきさらう永遠の創造
そんなもの なんになる?
消えただと! それになんの意味がある?
何もなかったと 同じじゃないか
何かがあったかのような 堂々巡りの空回り
永遠の空の方がよっぽどましだぜ」

人が生まれてきた事には意味がないのかも知れない。考える事にも意味がないのかも知れない。
しかし、意味がないというからには、意味がないと言う理由が必要である。
それを考える事には意味がある筈だ。
人生を楽しむのは良いことだと思う。
ただ、その前に『考える』という事をしてほしい。
そうでなければ、それこそ『あなた』が生まれてきた事に意味が無くなってしまうのではないでしょうか。

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