郵政民営化法案についての是非論が最近の政治の中心話題になっている。
公務員の給料が民間の給料よりも割高であること、競争力がないが故に堕落し努力やサービスを怠る公務員に対し、
民間に移譲できる分野は民間に移譲し、税金の無駄を減らす事と効率的な社会運営を目指すことが、小泉首相の考えのようだ。
小泉首相の目指すところは解らなくもないし、反対派と呼ばれる人たちにも、それなりの理由があるのだろう。
無関心という訳ではないが、私はこの問題に関して、自分なりの意見というものは特にもっていない。
ただ、そんな事よりも何故、競争力が無ければ堕落するのかという問題の方が大きいのではないかと私は思ってしまう。
『勝ち組、負け組み』という言葉に代表されるように、激しい競争に勝ち抜く事によって、
地位や名誉、そして金という富みの象徴を得られるのが、資本主義社会の真の姿だと思う。
我々はこの社会システムの一員であり、であるからして、競争に勝ち抜くという事に対して、
モチベーションを上げていく事ができる。
公務員というのは、そうした競争社会から保護された存在であり、
あるが故に自ら厳しい環境に身を投じようとせず、あぐらをかいているのだろう。
だがここでも、またしても社会システムという言葉が出てきてしまう事に人間の悲しさをみてしまうのだ。
別の項でも書いたが、仕事とは仕事であり、仕事自体と社会システムとは一切関係がない。
確かに資本主義の社会では、様々な業種が生まれ繁栄していくかも知れない。
ただそれは単に種類が増え、経済的発展に貢献するというだけの話で、
個人レベルでの仕事に対する向き合い方を変えるものであってはならないと思う。
そこを忘れて、社会システムの中で仕事をしてしまえば、利権の為の仕事になり下がってしまうのだ。

努力や結果に応じた報酬。
そういった個人の仕事に対するサポートという意味での社会システムというものは、必要だと思う。
それは、我々が、生きて行くための仕事を個人で全てこなす事が出来ないから、分業という形を選んだからだ。
『働かざるもの食うべからず』というのは、分業であるからこそ、
自分の為、他人の為、仕事には真剣に向き合わなければならないということである。
そういう意味で、より働いた人には、より報酬があるのは当たり前である。

公務員は、公務員である時点で、生活の保障が約束されている。
だからこそ、本当は努力を怠ってはならない筈だ。
本当に大切なのはシステムではなく、そうした個人の覚悟ではないかと思う。
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