「いつまでも一人で将来どうする気だ」
と親戚などから良く言われる。
早く結婚しろという事なのだが、私はこの物言いにいささか疑問を感じる。
自分の将来が結婚によって、安心できるものになるというニュアンスを多分に含むようだが、
それではまるで保険ではないか。
人は保険として、結婚するのだろうか?
将来、自分の体が立ち行かなくなった時、或いは精神的な不安の緩和のため、自分を支えてくれる人間が必要という考えは、
身勝手なような気がしてならない。
勿論、結果としての支えあいというのなら必要だと思うが、『保険』としての結婚というのは違うと思う。
子供にしてみても、親を助ける為に生まれてくる訳ではないので、迷惑な発想である。
子供を持つ意味とは、社会に対する親の責任を養うものであるべきだと思う。
それは言うに及ばないが、子への愛情である。
子供を道具として使ってはならないのだ。

作業の分担としての結婚の意味もあると思う。
家事全般をこなす女房とお金を稼ぐ旦那という、それぞれのスペシャリストが役割を遂行する事によって、
効率よく安定した生活が出来る。
しかし、こうした背景が原因で男女差別、それに伴う女性の社会進出といった問題が起こり、
結婚生活というのもが難しくなってきているのも事実だ。
何故、離婚率が毎年右肩上がりなのかというと、『保険』としての結婚という発想が遠因しているのだと推測する。
保険本来の目的が達せられないのであれば、なんの為に結婚したのか解らない。
形だけの結婚であるならば、崩壊するのは目に見えているのだ。

月並みだが、やはり私は結婚には『深い愛』が不可欠であり、人に勧められてするものでも、
説得されて仕方なくするものでもないと思う。
本当に好きな相手であれば、相手に『支えられる』ではなく無償で『支える』という気持ちが持てる。
『支えあい保険』に加入していないのであれば、
給料が安いとか、御飯を作ってくれない等と言う些細な苦情を言う事もないだろう。

結婚というものが持つ本来の健全な姿というか、理想というようなものをもう一度考えて見てはどうだろうか。

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