人はみな得をしたいと思っている。
でも全ての人が得をする事は絶対にありえない。
何故なら損得は必ず±0になるのだから。
全ての人が得をしたと思っているならそれは得ではなく普通(日常)な訳です。
得をするとはつまり普通の(平均的な)状態より上位の現象を指すのです。
逆に言うと損得±0地点から上なら得、下なら損な訳で【±0地点の変動】はあるにせよ損得は必ず±0になるのです。
ちょっと解りづらい説明かも知れませんね。
そこで、【±0地点の変動】というものを【生活水準の変動】と置き換えて考えてみましょう。
50年前の生活水準に比べて現在の生活水準は上がっています。
これが損得【±0地点の変動】です。
現在損をしていると感じている人でも50年前に比べれば、経済的観点から言えば得な訳ですね。
そう考えると現在の人どうしによる横軸の損得と時代を超えた縦軸の損得が存在する事になります。
【±0地点】は横軸には勿論、縦軸にも存在し歴史的にみれば我々は得な時代に生きている訳です。
付け加えて言うならば、世界規模で見た場合日本人は得な民族とも言える訳です。
ところが人は歴史的とか世界規模なんていう実感として認識し得ないものを比較対象にする事はできないのですね。
よって損得は全て現在の生活圏の基準で考えてしまう。
本当はそれではいけないのだけれど、敢えてそれを前提にしたお話をこれからしようと思います。
さて、損得は必ず±0になると言いましたが、それならば誰かが得をした場合必ず他の誰かが損をすることになります。
つまり【得】とは誰かの【損】という犠牲のもとに得られる現象な訳ですね。
損得勘定で生きていくということは、こうした不条理を生むのです。
例えば、労働に於いて貰える賃金が常に固定だとします。
この時より労働時間および労働力(労働による生産量)が少ない人の方が楽ができる分得なわけです。
その時必然的に他の労働者がその分を補い損をすることになります。
損をすれば不満になり、それが人間関係の悪化をまねく事にもつながるでしょう。
社会主義の失敗とはまさにこういった原理のうえで、頑張っても得をしないから頑張るのを辞めようとなってしまった。
もっともそれ以上に権力者の腐敗があった訳だけれども、原理としてはそうだと思う。
一方で資本主義は競争社会であるのだから、一方が勝ち一方が負ける。損と得がはっきりした社会である。
良し悪しはともかく、こういった社会システムが世界の主流になっている以上、人間とは損得をエネルギーにして
生きていく生き物なのだなと思わざるを得ない。
だが、問題なのはこのことを意識している人が余りにも少ないことである。
社会システム上【得】をするという事は必ずしも悪いこととは思わないが、【得】をすれば必ず【損】をしている人がいる。
という事を意識して欲しいのだ。
強欲、傲慢な人間が勝ち組として跋扈してしまえば、社会は不満の渦に飲み込まれてしまう恐れがある。
現にそういった兆候は見えている。
この社会システムの中で勝ち抜く事は大変だし、勝ち抜いたものに対して敬意は表するが、、
【得】した分は何らかの形で還元して欲しいのである。
「税金を納めているから還元してるじゃないか」というのは理由にはならない。
何故なら損得は±0であるのだから、原理上は損した人が納められる税金が減った分と相殺されてしまうからだ。
厳密にはそうならないとしても、私は必ずしもお金の事を言っている訳でない。
例えば人より沢山働いた人はより賃金を得るのが当然であり、それならば人より賃金を得られても【得】とは言えない。
時間や労力の上で人より【損】をしているのだから、得られた賃金を社会に還元する必要はないとも言えるだろう。
しかしながら私はそういう屁理屈的な話をしているのではなくて、何をもって【得】であるか?何をもって【損】であるか?
そこのところを良く考え、人生が終わるにあって±0を目指すような人生を歩めたら良いのではないかと考えるのである。
【得】=【楽】
【損】=【苦】
とするならば、楽をしたら何処かで苦も味あわなければならないし、
苦しむ事があったなら、いつかは楽しいと思えることがあってもいい。
損得だけに限らず、苦楽も又【±0】なのだから。
ところで、【損得】或いは【苦楽】などは物事を二極的、対極的に捉えた考え方である。
こういった生き方は自分の理想とする対極に自分が置かれた時苦痛を感じる。と同時に不満を感じる。
物事はいろいろな方向から見なければならず、又そうでなければ相手の気持ちも解らない訳で間違いではない。
しかしながら、真実は常に一つであるし、正義も一つである。
自分の中にもし真実や正義を見つける事ができたなら、その時【損得・苦楽】という概念を超えて生きていけるかも知れない。
その時【±0】が【∞】になるかも知れないし、相対的な生き方から絶対的な生き方へと自分を高めていけるのではないだろうか。
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