若貴兄弟の確執が今、世間で騒がれている。
他人の不幸は蜜の味。
マスコミが一斉に取り上げて、煽っているのもまた事実。
この件に対して、世論はどちらの味方かという話には、はっきりいって興味ない。
そんな事は解りきっている。
世論とは大衆の意見である。
相撲道を邁進して、その世界に生きている貴乃花と大衆の側の世界に鞍替えした若乃花(花田勝氏)を
大衆が裁くことなんて無意味だからだ。
身びいきというのは、時として大切かも知れないが、客観的意見を述べるに当たっては、極めて邪道なことである。
事のついでだが、身びいきという点に関して、貴乃花は至極まっとうに、身内に対して自分の意見を述べている。
一方花田勝氏は、身内を炊きつけ団結しているのではあるまいか?
『花田家VS貴乃花親方』なんて見出しを見せられる限りはそんな風にも思える。
尤もこれも事実かどうかは疑われるのだが。
『兄弟なんだから仲良くした方が良い』という意見を述べる人もいるが、
仲良くした方がいいってのは当たり前で、それが出来ないから、喧嘩をしてるのだ。
そこの所がこの人たち、解っていないのである。
『なんで戦争なんかするんだろう』と平和ボケした人達が言っているのと同じだ。
『喪が明けるまで待て』という意見も又然りである。
そんな事よりも私は、貴乃花に於ける相撲道というものに感銘を覚える。
横綱とは、かくあるべきという貴乃花の意見はその道に入った人間にとっては、まさに手本となるだろう。
一方、花田勝氏はと言えば、その道に入り、その道の頂点まで登りつめ、その道の人々に散々世話になったにも関わらず、
オイシイ所だけ享受して去ってしまった。
もちろん彼自身努力をしたのだろうし(そうでなければ横綱にはなれない)、人知れず苦労もしているのだろう。
だが、親の威光、サポートしてくれた人々があってこその名声であるはずだ。
それを利用して感謝の気持ちも忘れ(相撲界を去ったという事実から)、
実力も無いのにテレビタレントの世界に鞍替えとは、如何なものか?
それにも飽きたのか、次にアメフトのプロ選手を目指して、(志は買っていたのだが)通用しないとなると、
あっさり踵を返して、安直にチヤホヤされる世界に戻ってくる。
こういう姿勢に対して、私は貴乃花の言葉を借りずとも、彼の甘えを見るのである。
「甘えたっていいじゃないか」
大衆はそんなことを言うが、どの口が言わせるのだろうと私なんかは思う。
甘えたって良いというのなら、確かにそうだろう。
その道を突き進むというのは、大変な事であり、並みの人間にはとても続けていくことが出来ない。
であるならば、尚の事、相撲道を突き進む貴乃花を尊敬すべきだ。
甘えても良いという意見は、甘える行為を正当化するためのものではない。
自分が甘えずに生きる事が出来ないのなら、尚のこと、甘えない人間を尊敬すべきである。
しかし、大衆が言う「甘えたっていいじゃないか」は
『君は我々の側の人間だよ』『我々は君を応援するよ』
あえて曲解するならば、『真面目一筋なんて糞くらえだ』と聞こえなくもない。
ともあれ、遺産問題などはどうでも良いが、『道』を極めるために邁進してきた貴乃花と
甘えを擁護してくれる世界に鞍替えした花田勝氏を大衆法廷で裁くことの失礼さ。
これだけは、言いたいのである。
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