多少ヤンチャな方が魅力的だという考えが最近蔓延しているように思える。
確かに多少の悪戯心は可愛いと思うことはある。
しかし近頃、この悪戯心(ヤンチャ)の線引きが怪しくなりつつあるのではと思うのは私だけだろうか。
この前ある女性タレントが、テレビのバラエティー番組で窃盗の事実を告白していた。
彼女の話によると複数の友人達ととある店の倉庫に侵入して、ダンボールごとジュースやらお菓子やらを
盗んでいたという。
言っておくが、これは彼女の『反省の弁』などではない。
彼女の過去の『武勇伝』として語られたものだ。
それを証拠にヘラヘラと笑いながら、「その店潰れちゃったんですよ」と言っていた。
しかし、尤も注目すべき点は、そんな彼女の態度にスタッフ一同が大爆笑した事実である。
一体どうなっているのか。
一連の事件は後日大きな問題として取り扱われ、当のタレントも自粛をよぎなくされた。
当然である。
しかしそれよりも、この番組は録画放送であり、番組審査を易々と通過して放送されたことが驚きである。
ヤンチャの『線引き』が近頃怪しくなってきているという私の思いが、思い過ごしでないことが分かって頂けると思う。
何故そうなったのかというと、やはりテレビや映画、漫画の影響が大きいのだと思う。
映画の中で取り扱われている、ヤクザなどの生き様は格好良く描かれているし、
漫画の中に登場する不良学生達もまた然りだ。
真面目で普通の学生達は『その他』の取るに足らない人物像として描かれている。
こういった背景が『ヤンチャ=格好いい生き様』となり、いつしかテレビタレント達のステータスとなっていった。
テレビタレント達には多くのファンがついており、影響力も大きい。
彼らは圧倒的に善なのである。
善である彼らのヤンチャ性が社会に鏡として反映され、ヤンチャが肯定される様になってきた。
そうなると、ヤンチャの競争が始まる。
いかに若い頃ヤンチャするかが、彼らのステータスとされてきて、それが現代社会にエスカレートした形で蔓延したのだろう。
ヤンチャとは本来子供の悪戯心を言ったものである。決して犯罪行為のことではなく、
誰かを傷つけることでもない。あくまでも許される範囲の他愛のないものの筈だ。
付け加えて言うなら、悪戯というものは『反省』すべき行為であるという意味で可愛いものなのであって、
決して『武勇伝』となるようなものではない。
それが最近忘れ去られているようで、危機感を覚える。
そろそろ大人達は真剣に『真面目』である事の正しさを子供に教えるべきである。

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