雑記その4


2006/6/27

・初代タイガーマスク

何を思ったかプロレスの話です


昔は喜んで聴いていたCDを久しぶりに聴いてみたら「あれ、こんなもんだったかな」なんて思ったことはないだろうか。ポピュラー音楽は、ここ30年で多種多様なジャンルが増え、また幾多のエポックメイカーが登場したことにより大きく変化した。それにともない機材の開発もつねにが行われ音質面でも進歩してきた。そのため、最近の楽曲/音質に慣れた耳では、過去の作品がもの足りなく感じてしまうことも多いというわけである。
しかし、そんな中でもオリジナルの凄みといえるようなものを感じたり、時代の先を行った内容であったり、後にも先にも無いような作品が存在したり…と例外もたくさん存在するのも事実。ここまで書いてきてなんだが、今回のネタは表題どおり初代タイガーマスクについて(笑)。


・初代タイガーマスクの試合


 異論はあるかもしれないが、初代タイガーマスクといえば、日本においてある意味でJrへビー級プロレスラーの戦い方というものを決定付けた存在ではないだろうか?。サルトモルタル、ローリングソバット、プランチャといった技を用いて華麗な試合を見せ続けたその姿は、幼い私に大きい衝撃を与えた。また、恐らく多くの人の記憶に残ったに違いない。しかし、その後のJrへビー級プロレスブームの際に、続々と空中戦を得意とするレスラーが登場し、またその飛び技系のバリエーションや難易度がどんどん高度になっていったこともあり、私の中で初代タイガーマスクのインパクトも記憶とともに薄れていった。ところがである。プロレス専門チャンネル等で再び過去の試合を目にして衝撃を受けることになる。そこには現在の水準においても十分に四次元殺法と言えるレベルが映し出されていたのだ。確かに、技の種類や飛び技の難易度を比較すれば現在からすると劣るとも言えるのであるが、”動き”が違うのである。説明し難いのだが、凄い技を使っていたのではなく、一つ一つの技の見せ方や、技から技への動作が滑らかというのか、軽快とでも言うのか…。これを一言でいうと華麗な試合運びということになるのだろう。これだけだと衝撃というほどでもないように思われるかもしれないが、近年のレスラーに同等・同等以上の動きをするレスラーが思いつかなかったといえばわかってもらえるだろうか。実際、○代目タイガーマスクといわれる選手を含め、そのスタイルに近い選手はいるのだが、厳密に同等以上の”華麗な試合”を見せてくれる選手は今もっていないようにも思える。あまりにも驚いたので多少贔屓目に観てしまった面もあるのかもしれないが、それを差し引いてもタイガーマスクの試合は、オリジナルの凄みがあり、時代の先を行ったスタイルであったと思うのである。

次こそは少しはやってる音楽に関係のある話を…(未定)