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12月8日。1941(昭和16)年のこの日は、日本が米英を中心とする連合国と開戦した日です。 ハワイでは真珠湾、東南アジアのマレー半島ではコタバルに日本軍が奇襲をしかけたことによって、太平洋戦争が勃発したのです。 開戦後日本軍は破竹の勢いで東南アジアを占領。西はインド、北東はアリューシャン列島、南はニューギニア島まで日本の領土となりました。 しかし、1942(昭和17)年6月5日のミッドウェイ海戦での大敗後、その広大な領土は日に日に小さくなり、 そして、1945(昭和20)年3月26日〜6月23日まで続いた沖縄戦で大多数の軍人、民間人の命と共に、沖縄を失いました。 そして、その年の8月。二発の原爆と共に広島、長崎で大多数の死者を出した日本は、14日にポツダム宣言を受諾、無条件降伏をし、15日に国民に終戦を宣言しました。 国力や技術を考えれば、アメリカと戦争するのは馬鹿らしいと誰もが思うでしょう。では、何故戦争が起きてしまったのでしょうか。少し考えてみましょう。 1931(昭和6)年、日本は中国を侵略し始めました。中国の東北部に満州国を建国し、そして更に1937(昭和12)年から日中戦争を開始し、中国各地を占領しました。 アメリカは日本の中国市場独占を恐れていました。また、アメリカのもっとも嫌いなドイツと日本が同盟を結んだのもこの時期です。 これらが原因となって、日本とアメリカは険悪の仲となりました。アメリカは日本に対して、石油などの輸出を完全に停止しました。 今もそうですが、当時日本はほとんどの石油を外国に、特にアメリカに依存していました。石油が手に入らなくなったら、車も飛行機も船も動かすことはできません。 資源が得られない日本にとって、それらの物が輸入できなくなることは国家の破滅を意味しているのです。こうして、日米両国の仲はいつ開戦してもおかしくない状況に陥ってしまったのです。 戦争というのは「最後の外交手段」と言われます。どちらも後ろに引き下がることができなくなった時、勃発するのです。 そして、それを避けるために両国は必死で打開策を見つけようと、外交交渉を重ねるものです。残念ながら、この時の日米交渉は完全な空振りとなり、1941年の12月8日を迎える事となってしまいました。 人にはそれぞれ絶対に譲れないものがあります。国家や民族、宗教もそうです。そのため、争いごとを無くすのはとても難しいのです。 |