いつものモロク。溜まり場。

 昨晩、ママ達が酔っ払ったまま狩りに行くと突然騒ぎだし
 誰が止めるのも聞かず、強行突破。いつもどおりに屍累々。
 その事に気を良くしてしまったママに付き合い、今日は少し寝不足気味。
 他の皆もそんな感じで、まだ誰も起きて来ない。

 もう一度寝なおそうかと考えているところに、人が来た。

「あ、おはよ〜せしるさま〜」

「おはよう。狐」

 いつものようにせしるさんと朝の挨拶を交わす。
 長い時間共に過ごしてきた暗殺者の素っ気無さにも慣れた。
 私の中でこの人は、誰にも懐かない猫というイメージ。

  
 一般的に子供に対して大人は寛大。
 一般的に子供には子供に対する扱いをするのが大人。
 
 でもこの人は違う。
 幼い私に対しても、特別気遣う訳でもなく、
 周りの大人達に接するように私に接する。
 笑いかけるでもなく、素?そんな感じ。

 子供扱いされるのを好まない私にとってはありがたいような
 少し怖いような、そんな感覚に陥る。

 私にはこの人がよくわからない。
 何を考えているのかとかそういう単純な事ではなく。
 せしるさんという人間そのものがわからないというか。
 
 いつも無表情。感情をあからさまに表に出す事がない。
 表情から掴める情報が極端に少ない人。
 不機嫌なのか、そうでないのか。
 そもそも、元々子供が好きなのか嫌いなのか。 
 そういう良くわからない感覚的なものを、子供は本能的に素早く感じ取る。
 
 それがこの人には適応しないのだ。
 自分のペースを他人に乱される事のない猫のように。何もかもが読めない。

 だから私は、せしるさんを観察する。いつでもすぐに感じ取れるように。
 それが何なのか。言葉では説明出来ないけど、本能的に警戒する。
 可笑しな話だけれど、警戒する事にもさえも、もう慣れてしまった。

 色々と思考を巡らせていると、ふいに声をかけられた。

「めりたん見かけた?」

「ううん。今朝はまだ来てないみたいだよ〜?」
 
「そう…、まだ寝てるのかな」

 必要最低限の短い会話。それもいつもどおり。
 別にもう少し話していたいとかそんな事は考えてないけど、なんていうんだろ?
 期待?いやいや…この人にそんな期待は意味がない。
 その証拠に、これ以上の会話を拒絶するかのように、そのまませしるさんは眼を閉じた。  

 人が居るというのに、会話がないという通常なら重苦しく感じるであろう雰囲気。
 それを感じなくなっているというか、感じさせなくなってるというか。
 『私はそういう人間』という風に洗脳したせしるさんがある意味凄いな、と思う。
 元々私自身もそういうのを重苦しいと感じない性格なのではあるのだけれど。




「何してるの?」

 どれ位時間が過ぎたのか、頭の上から、別の人の声が聞こえた。
 いつのまに眠っていたんだろう?右の頬に他人の体温と柔らかい感触。

「狐が寝てしまった」

 眠った私を起こす事なく、黙って肩を貸してくれていたのだろうか?
 状況から判断すると、そんな答えが出てくるけど…あのせしるさんが?という疑問も沸いて来る。
 
 起きるタイミングを逃したというか、眼を閉じたまま寝たふり?
 なんとなく右の頬のぬくもりを手放したくはなかった。


「ああ…昨日女王が寝かせてくれなかったんでしょ?」

「そうなんだ」

「うん。狐もそれに付き合ってたし、あんまり寝てないんだろうね」

 左の頬に、暖かい指先が触れた。これはらふぁさんの指。
 この人は多分、大人が子供に見せる無防備さというか、無意識で私に触れ、撫でる。いつもそう。
 子供扱いされるのは気に入らないけど、差し出される手の温かさは心地よく感じる。
 それって私が子供だからって事なのかな?

「という訳で、それに私も付き合ってたから眠いわ。せしるたん」

「もう一回寝る?」

「うん。脚伸ばしてよ」 

 何しに起きて来たのかしら。この人は…。
 先程私に触れていた指が、せしるさんの頬を撫でた。

「おやすみ。狐が起きたら起こして」

「おやすみなさい」

 せしるさんはこんな時でも表情を変えない。恋人に触れられても無表情。
 私なら、好きな人に触れられたら… どうなるのかな?
 まだよくわからないけど、ただ単純に嬉しいと感じるんじゃないかな?せしるさんは違うのかな?

 なんて、私の経験の足りない脳で幾ら考えた所で、明確な回答が出る訳でもないのに悶々と考えてしまう。
 それこそ、子供の感覚で感じ取る方が正しい答えが出るかもしれないというのに。
 しばらく考えていると、規則正しい呼吸が聞こえてきた。

 脳を動かすのを辞め、もう一度眼を閉じてしまおうか。そう考えた時に、体に感じた少しの振動。
 
 膝に眠る恋人の髪に触れるせしるさんの手が見えた。
 指先を静かに髪に通しては離すの繰り返し。

「ん…」

 少し身を揺らしたらふぁさんは、とても柔らかい表情で眠っている。
 元々この人は無防備な方だけど、いつも以上に、それこそ子供みたい。
 
 気になった。
 今、この壊れ物に触れるような、そんな感じに動く指先の持ち主は、一体どんな表情をしているのか。
 頭を少しずらし、上にあるせしるさんの顔を盗み見た。
 
 瞬間、心臓を握られたような、うなじ辺りから頭の先まで何かが通り抜けたような感覚。 
 
 この人は…

 何て顔をするんだろう。
 そんな顔を向けられては、誰だって恋に落ちる。
 いや、恋人にだけ、特別に向けられたものなんだろうけど。

 軽く伏せられた眼、その眼に映されたものだけを愛しく想っている。そんな優しい微笑。
 こんなに静かな柔らかい表情をこの人から見るとは。
 自分に向けられた微笑ではないというのに、心臓の音だけが脳に煩く響いて届いた。




 そんな貴重な体験をしてる時に限って、邪魔が入るんだよね。
 もう少し観察していたいのに。

「あら〜〜w みんなおはy…ごふぅ!!」

 ちょっとは空気というものを読みなさいよ。我が母親ながら呆れちゃう。
 手にした+8マイトスタッフで、とりあえず黙らせてみた。

「ちょっと〜らふぁさん寝てるんだから静かにしてよ〜ママ〜」

「ちょ…狐ったら朝から手厳しいわね…ママ悲しい!!」

 バッタリ倒れた母親の首根っこをひっつかまえて、退散準備。
 今日は朝からレアな物が見れたし、それなりに満足。
 というか、ここから逃げたい。上がりきってしまった心拍数を下げたい。
 
「狐、いつ起きたの?」

 溜まり場を離れようとした瞬間に、せしるさんの声。
 寝たフリしてたのバレたかな…

「えー…と…今?」

「なんでそこに?が入ってるの」

「じゃ!狩りいってくるね!!」

「あ、狐…」

 挨拶もそこそこに、私は逃げ出した。
 盗み見たあなたの表情に少しの罪悪感と納得。
 懐かない猫の本性を見た気がした。

「意外と…じゃなく、やっぱり?子供ってどこか敏感よね」

「ん…なに? どうしたの?せしるたん」

「いや、なんでも」

「何笑ってるの?」

「ふふ…」


 誰にも懐かない猫が、自分だけに懐いてくれたら。
 それは凄く幸せ。優越感?ちょっと違うかな。
 らふぁさんがせしるさんを手放さない気持ちが少しわかった気がする。

 ふと、手に持ったママを見る。
 この人にもそういう顔があるのだろうか?…この飲んだクレに?
 そこまで考えて思考を止めた。同時に出た短い溜息。

 私もいつか、そういう人に出会えるんだろうか。
 私だけを見て、私だけに特別な表情を見せてくれる、そんな人に。 
 
 
 


−終わり−  


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○あとがき

少し成長した狐視点。