Epilogue  


【 あ と が き 】

 文章の締めくくりになったが、冒頭の 「まえがき」 に比べて、それに劣らず 「あとがき」 も大切である。読むほうは何かあるだろと、多少の期待を抱いて臨むだろうし、意識しなくてもそうゆう目で読まれるに違いない。

 面白いことが書いてあれば、余韻を放って全体が印象を強めるだろうから、書く側にもそのことが頭のどこかにあって、掉尾の一振りに苦心する。だが、モノ書きと違って強い印象を与えるほどの上手い文章が浮かんでこない。

 自分史は自分の一番ふるい記憶を最初に据え、あとは順に生育暦をたどるというのが基本的なバターンである。だが私は自由に個別テーマで書いて、だいたい年代順に並べてみようと思い、百編を一応のメドにして取り掛かった。

 人のことなら向こうの人格を傷つけない限り自由に書けるが、さて、自分のこととなると書きにくい。二、三十篇ほど書き上げたころからスランプに陥って、筆がなかなか先に進まない。ちょっとした生みの苦しみを味わうことになる。

 日々、コツコツと書く。大変な美徳だが、私はこのコツコツがどうも苦手である。持久力が無いのか気紛れなのか、その落差が甚だしい。だから四、五編まとめて書いては息を抜く。書いたあとは頭が空っぽだから、ほぼ数週間は空白がつづく。そして、空白期間が過ぎると、またぞろ次の準備に取り掛かるのである。

 大抵の場合、これぞと思うテーマがなかなか見つからない。頭の中から考えを引っ張り出しては、こう書き出してみてはどうか、こんな語り口ではと、いろいろ思い浮かべてみるのだが、さて、どこから書くのか糸口さえ探し出せない。

 人様に読んでもらおうという文章は、書き出しで勝負が決まるから始まりが肝要だ。最初に、読む人の心をぐっと引きつけなければその先が危ない。だから、懸命になって言葉を紡ぎだそうとする。

 だが、焦れば焦るほど何も浮かんでこない。業を煮やして何でもいいからと、書き出してみるのだが、読み返してみると余りにも稚拙だから、結局いやになって消してしまい、いつまでたっても書き出せない。こんなに苦しんでいるようでは前途は多難だなぁ……と、つい弱気になってしまう。

 書くことが嫌いと言うわけではない。むしろ好きなほうだ。書いていて楽しいと思うことすらある。だが、書き出しのタイミングがなかなか掴めなくて苦労する。こういうときは焦っても仕方ない。思い出したことや感じたことを、テーマも何も関係なしに、その都度、書き溜めておく。そうすると重苦しい緊張がやや薄らぐ。

 書いておいた文章は、あとで何度も読み返してみる。そして、関連するものから順に並べると何となく筋が見えてくる。滑らかに文脈が流れないところは前後を入れ替えてみる。並べ替えているうちに、文の流れが次第にスムーズになってくる。

 たまたま取材した資料が、そのままの状態でときを過ごしてしまい、そろそろ取り掛からなくてはと思いながら、ついつい先送りしてしまうことがある。何をためらっているんだろうと自分自身を分析してみたりするが、自分史はある程度、必要な資料を集めたり、真実を確かめたりする下調べの苦労が伴う。

 なかには調べた資料や真実の曖昧さが、どうしても心の底に引っかかり、何となく臆するような気分で書き始めることができない。拙い文でも、ウソのないハダカの文章をと思っていたからだ。

 書く苦しさはさまざまだったが、それにしても書きたいことは、まだまだ山ほどあるものだなぁ……と思った。少年時代のことや青春時代のことも残っているし、国鉄時代のこともまだ書き足りない。そのほか趣味とか酒とか人生とか無限にありそうだ。

 しかし、この自分史にはこれと言った締切りが無い。締切りギリギリにならないとみこしを上げないタチの私である。やがて人生の締切りが来ては大変だ。娑婆とのご縁が切れないうちに、早目にキチンと残すべきだと思った。

 拙い筆力で一生懸命書いた自分史も、他人様から見れば面白くも何ともないかも知れない。だが、せっかく書いたのだから読んでもらいたいという思いもあって上梓した。確かに生きたという手ごたえを、書きなれない文章に綴ってまで、伝えたいというそんな思いが、行間から読み手に伝われば望外の喜びである。

 人様はこの自分史を読んで、ごく平凡に、しごく穏やかに生きてきたのではないかと感じ取られるかもしれないが、ここに書いてきたことは、思い出と呼ぶには余りにも長い時間の積み重ねを、ただずるずると引きずって、今日まで彷徨いつづけてきた私の生き様でもある。

 体験を言葉として吐き出したわずか一行の平凡な記事にも、行間には私なりの人生や、真実が秘められている。たどたどしく並べた言葉を通じて、実はそれはそれで、その人なりの人生があったのだということを、実感として分かって戴ければ有難い。

 たとえ不出来でも、自分史を上梓したという満足感が、私の心を大きく膨らませてくれたのは事実で、思えばこのところ、この作業に追われたお陰で、充実した日々を送ることができた。

 果たして面白く読まれたかどうか、そのご判断は賢明なる読者の諸姉・諸兄に委ねるとして、これからも思い出すままに書きつづけていこうと思っている。長文にお付き合い戴き有り難うございました。

                         藤根鍵市(79歳)  2004年10月30日



           ● お 知 ら せ

 2004年10月30日に 「あとがき」 を写し終え、大団円を迎えることができました。これでひとまず、私が本にした2冊の自分史を、ホームページへ移行する作業が完了しました。

 あと何年の寿命か分かりませんが、これからも意味のない人生でなかったこと確かめながら、引き続いて 「徒然日記」 に、駄文を書き綴っていく所存でございます。

 最後になりましたが、このホームページを作成公開するにあたり、東京でデザイナーをやっている次男に、たいへん世話になったことを付記して筆を置きます。

 今後とも何卒よろしく お願い申し上げます。 著 者 拝


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藤根鍵市

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