【中年期 第一部】 ● アユの友釣り
● 川うぐいす
● 大アユ
● 雉子鳩
● アユの師匠
● アユの塩焼き
● 桐の箪笥
● 女房と酒


【 ア ユ の 友 釣 り 】

 アユ釣り歴四十年。趣味といえばこの道一筋に……と、言いたいところだが、海釣り、川釣り、あれこれとやってきた私にとって、アユの友釣りとはもう長いお付き合いになる。若いころ見染めた女に惚れて、いまだに通いつづけているようなものだ。

 いや、アユに魅せられて今日まできたと言ったほうが本当かも知れない。今年も 「アユが解禁になった」 と、釣り宿から便りが届いた。解禁日は待ちに待った村を挙げてのお祭り騒ぎだから、川の賑わいは当然だが、アユの解禁ともなれば、俄然、私は勢いづく。

 浮き立つ心を抑えて竿の手入れに余念がない。忘れもしない。あれは伊勢湾台風に襲われた翌年の昭和三十五年の初夏だった。アユ釣りのベテランに誘われて、岐阜県の根尾川上流について行った。

 そのころの根尾川は、まだ水質もよく、魚も豊富で釣り人も少なかった。

 その日、どうしたことか、見よう見真似でオトリアユを引きずっているド素人の私の竿に、たまたま間抜けなアユが何匹か掛かってきた。

 はじめて釣ったときの嬉しさは、たとえようもないが、それがそもそもの病みつきである。

 友釣りは難しいという声もあるが、極めればどんな釣りも奥が深いもので、友釣りだけが、とくに難しいわけではない。

 餌の代わりにオトリアユを使うという点が、他の釣りとちょっと変わっている。
    根 尾 川 上 流 に て

 とっつきにくい感じを与えているが、しかし、始めてみるとこんなに面白くて魅力的な釣りはない。アユの友釣のというのは、アユが餌である垢のついた石を占有し、縄張りに侵入してきたアユを排除することから、その習性を巧みに利用した釣りである。

 おそらく友釣りを思いついた人は、アユの追いつ追われつしている様子を眺めていて、アユの習性である縄張り争いということに気づき、アユ同士を争わせることを考えたのであろう。

 最初のころは、友釣りのテクニックといっても地元の釣り人に教わるか、ものの本で研究するといった程度で、さっぱり釣果は上がらなかった。アユ釣りというからにはせめて一日に十五、六匹は釣りたいものだ。

 いつもそのくらいの釣果があれば、アユ釣りの面白さは充分、堪能できるのだが、そんなには釣れない。一匹でも多く釣るというのは生易しいことではない。

 ポイントの見分け方、仕掛けの工夫、オトリアユの扱いや釣り方の研究などなど。それでもなかなか上達しない。大変な努力がいるのである。

 いまからもう三十年もまえの話だが、友釣りを始めて二、三年たったころ、友人と根尾川上流へ出かけた。釣果を期待しながら好ポイントの瀬で竿を出していたところ、その日はどうしたことか、不思議とアユは一匹も掛かってこない。

 私はいぶかりながらオトリアユを泳がせていた。ふと背後に人の気配を感じたので振り向くと、三十年配の小兵の男が毅然と立っている。

 戸惑いながら、何気なく、
「こんにちは」
 と、声をかけると、
「この瀬は先日降った大雨で、苔がすっかり流れてしまったから、いくら粘ってもダメですよ」
 と言って、柔和な笑みを浮かべた。

 そこには都会では見られない、素朴さがにじむ顔があった。川を飄々とさすらう気ままな釣り師の風情である。夕方近くなって家路に向かう彼に話しかけてみた。

 百姓の片手間に釣ったアユを民宿に売って生計を立てているらしい。どうも職漁者ではないようだ。
「よかったら家に泊まっていけ」
 と、なんの屈託もなく言う。

 その晩、私たちは天神堂の佐藤さんの家に、厚かましくも泊めてもらった。炉辺でアユの塩焼きを肴に酒を飲みながら、友釣りのテクニックを夜が更けるまで拝聴した。

 快活に語る彼のアユ釣り談義には新鮮な香りがあり、私の奥深く眠っていた川への郷愁を、一層、湧き立たせるのに充分な響きがあった。

 佐藤さんは根尾川きってのアユ釣りの名手だった。何しろ物心がついたころから夏になると、日がな一日、川で遊んでいたという。この人こそ私にアユ釣りの手ほどきから、高度な技術まで教えてくれたかつての師匠である。

 上達の近道は、一にも二にも上手な人の釣りをじっくり見ることだ。見ているうちに勘所がおぼろげながら分かってくる。説明しきれない勘所だが名人のほんのちょっとした仕草の中に、はっきりと解明されることがある。

 名人がオトリアユを瀬に送り込む。しばらくすると川面にピカッと魚体が光り、瞬間、引き抜いたアユがタモに飛び込んでくる。私はまるで手品でも見るように名人の手捌きをじっと見詰めていたものだ。

 根尾川は私のホームグランドで庭みたいなものだが、この三十年ほどの間に改修工事で川筋がずいぶん変わり、流れが直線的になったような気がする。この川はもっと曲がりくねっていたように思うが、洪水防止の名のもとに随分変わった。

 おかげで流れは真っすぐになり、本流だったところが川原になってしまった。むかしは蛇篭で積み固めた自然土手で、季節の野花が咲いていて、それなりに風情があったが、いまでは川岸はコンクリートで固められてしまって、むかしの面影はない。

 毎年訪れるたびに、むかしの面影を少しずつ失っていく川を眺めていると、何となくよそよそしく感じられる。それでも慣れ親しんできた川のポイントだけは、だいたい知っているつもりだ。

 盛夏のころ、渓谷の中の清流と美しい自然に包まれて、あの石、この石とオトリアユを泳がせ、アユと対話しながら釣り歩く。そして、掛かったアユが驚いて暴れる動きが、ビビッと釣り糸を伝い竿を駆け抜けて手に届く。

 その一瞬の快感と悦びは何物にも代え難く、猛然と襲いかかる野アユの強烈な引きに竿を絞り込まれて格闘し、タモに吊りこむまでのあの独特のスリルを味わう。それを得るためシーズン中はあらゆる事を犠牲にして、アユ釣りに熱中した。

 こうして盛夏の大アユ釣りに心躍らせるのだが、釣ったアユの一匹、一匹が経験となり、その積み重ねによって釣果も上がっていく。アユの友釣りは本当に魔力をもった釣りだ。川原に立っただけで涼風が心を和ませ、川床からアユの躍動が聞こえてくる。

 アユ釣りはじつに奥が深く、だれしも虜にされてしまう。釣行の前夜ともなると、興奮して眠れないことがよくある。

「嬉しくって眠れないなぁ……」
 と、冗談めかして言うのだが、
「小学生みたいなこと言って」
 と、女房に笑われる。

 アユ釣りだけが私の道楽だと分かって可哀想に思ったのか、この頃は愚痴ることもなくなった。まだ若くて初々しかった頃、おいてけぼりにされるのが、たまらなく寂しいと訴えたものだが、もうそんないじらしさは微塵もない。

 いまでは諦めたのか、余計な口出しはしない。釣ってきたアユの講釈を聞きながら、
「へえ―、そうなの」
 と、さも美味しそうに塩焼きを食べている。

 近ごろは腰まで浸かって一日中、川に立ち込んでいるせいか疲れて、
「オレも年をとったなあ」
 と、つい独り言が口をつく。

 とても年老いた者がすることではないと思ったりもするが、そのためにシーズン中は好きな酒も控えて体調を整えるのである。毎年巡ってくるシーズンも、やがてアユの側面に朱の婚姻色が浮かんでくると、アユ釣りは終わりを告げる。

 秋の風がススキの穂を揺らせながら川原を通り過ぎるころ、あの何とも言えないもの寂しさは、アユ釣り師でなくては味わえない哀愁だろう。

ページTOPへ

【ホームへ戻る】 直接このページにいらした方は、こちらにメニュー画面があります。


   藤根鍵市
   copyright (c) 2004 Kenichi Fujine All Right Reserved.