なかぢのメールより、98年全国学校レクリエーション交流セミナー福島大会の様子をお伝えします。
ども、なかぢです。
福島交流セミナー、お疲れさまでした。3000子さん以下、横田隊長をはじめ福島のスタッフの皆さん、ありがとうございました(といっても福島でこのメールを見ている人はそれほどいないか)。
昨日、早速もとこがメールを入れて、大会の様子を伝えてくれましたね。あの早業にはびっくりしてしまいました。
私も今回の交流セミナーの報告と感想を(かなり独断と偏見を持って)書いていきたいと思います。大会前日、岡山の(ここがポイント)貴ちゃんと神戸のさぶちゃんが家に泊まりました。
当日の朝、5時に「蚊がいる」と貴ちゃんが起き出したので、みんな目が覚めてしまいました。起床は6時の予定だったので、「どうする、もう起きちゃおうか?」といったのですが、さぶちゃんが「運転手の立場としては6時まで寝る」というので、皆もう一度横になりました。
6時に起きて朝食をとって、予定通り7時に出発。我が家からすぐに首都高速道路狩場インターに行けるのですが、「ガソリンが心もとない」というので、まず給油。永田インター方面へ行く途中でと思いガソリンスタンドへ向かったのですが、なんとスタンドがなくなっているじゃありませんか。しかたがないので永田インターを通り過ぎて別のスタンドへ行きました。
ということで首都高速には行ったのは7時半。朝の渋滞に巻き込まれたら首都高を抜けるだけで3時間くらいかかるのではないかと思っていたのですが、湾岸線はがらがら。朝の首都高速ってこんなにすいているんですね。料金所でちょっと詰まっていたのと、中央環状線と6号線の合流でのろのろ運転になっただけで、8時43分に常磐自動車道に入ってしまいました。埼玉県、千葉県を抜けて、茨城県に入ったところで最初の休憩。まだ9時でした。
ここから茨城県を北上し11時過ぎには福島県に入りました。
「お昼どうしようか?」「2次案内に入ってた『コーチのお薦めスポット(帰りによってね)』に行ってみようよ」「猿、フラミンゴ、魚のいる店っておもしろそうじゃない」ということで、「メ
ヒコ」というレストランへ行くことにしました。
いわき市の市街から小名浜方面へ少し戻ったところに「メヒコ水族館」を発見、早速入ってみました。店内には大型の水槽があり、魚が泳いでいます。しかし、猿とフラミンゴはいません。「店員が猿なんじゃない」などと勝手なことを言いながら、お薦めのかにピラフを食べました。ピラフの上にずわい蟹がどんとのっかていて、身をほぐすとピラフの上に5ミリくらいの蟹の層ができました。大中小と3タイプあって、小を頼んだのですが、十分なボリュームでした。
12時半に店を出て、一路海浜自然の家を目指します。炎天下、道路に立って道案内をしてくれたスタッフの皆さん、ありがとうございました。
「13時からコーディネーター会議があるから」と貴ちゃん。車は13時ちょうどに自然の家に到着しました。私たちの車の後ろには、同じくコーディネーターの埼玉、S水さんの車も続いていました。
受付のところに懐かしい祐子ちゃんの顔が見えました。3月のシュポP隊の総会には体調を崩して参加できなかったため、久しぶりの再会です。「上でうちのお母さんと妹がTシャツ売ってるから買ってね」と宣伝をして去っていきました。
体育館ではなぜか「あなたがいるから」という福岡大会(もう9年前ですか)で聴いた曲が流れていました。そして、3000子さんが大会Tシャツを、その祐子ファミリーが観光Tシャツを売っていました。3000子さんと再会の握手をして、大会開始のお祝いをいいました。
大会Tシャツは100枚限定で、すでにスタッフに50枚配ってしまったので残り50枚ということで、あわてて1枚購入しました。そして祐子ファミリーからもこばへのおみやげにTシャツを1枚購入しました。これでどちらにも義理は立つので一石二鳥ですね。
「開会式は初めての人が引かないように、簡単ゲームやっから。でも古い人はびっくりするかも」と言い残して隊長は仕事に戻りました。そして、テーマソングの指導にでてきたのが、知る人ぞしる、福岡の歌姫(?)多菜子さん。そういえば福岡から副島にお嫁に行ったと聞いた覚えがありました。私は多菜子さんのレコードもCDも持っています。でも本名はすっかり忘れていました。先ほどから「あなたがいるから」が流れていたのも納得の瞬間でした。この歌を大会テーマソングにするなんて、なんて贅沢な福島大会なんでしょう。
そしてアイスブレーキング。そこに現れたのは「これない」と言っていた原人ではありませんか。何でいるんだよー!後出しじゃんけんで心も体もほぐれたところで、開会式です。隊長はすでに声を枯らしていました。これで3日間持つのかと心配してしまいましたが、だいじょうぶでしたね。
そして、記念公演。毎年この時間は、夜に備えてのお休みタイムとなってしまうのですが、今年は違いました。お話おばさんの横山さん。3000子さんが「福島に来るんだったらこの人の話を絶対聞いて」と言っていただけのことはありますよ。今の子どものこともしっかり見ていて、その場にあった昔話をさっと入れる。その「語り」がまたいいんだ。これはもとこも書いていたけど、言葉では伝えられませんよ。
公演の中で、私の中に引っかかった言葉をいくつか書いてみます。「生涯学習の3つのT『大切、頼りになる、楽しむ』」
生涯学習は、生きていく中で大切なこと、頼りになることを楽しみながら学んでいくことだそうです。「落語は舌耕と言って、舌で心を耕している」(なかぢは落研出身なので)
落語はたわいのない馬鹿話と思われるのですが、ほとんどが昔話を元にして、教訓などをおもしろおかしく聞かせていると言うことです。確かにそういった部分はありますね。「賢い子というのは、いいことと悪いことを自分で考え、判断し、守れる子」
「賢い子っていうのはどんな子どものことを言うかなあ」と子どもに問いかけた時、いろいろ答えを聞いた後、こう言うそうです。考え、判断はしても行動できない子供が増えていますよね。「文化とはより楽しく、快適に暮らせる知恵のことを言う」
文化包丁とか文化鍋とか、文化のつく言葉ってたくさんありますよね。それは生活をより快適に便利にするためのもので、文化を学ぶことが非常に大切なことなんだなあと思いました。「想像と創造を高めるために語る」
「語り」の言葉を聞いて、自分の頭の中に想像し、そしてそれを創造していく。この交流セミナーも、まさしくこの通りだと思います。お互いに語り合って、新しい楽校を想像し、創造していく場ではありませんか?「若い子の言う『ごめんなさい』は謝っているのではなく、攻撃に移る前の言葉」
いやな世の中になりましたね。「話ができない、話を聞けない今の子どもは語りが足りない」
小さいときから、親ともあまり語ることがない(両親共働きなども原因?)子どもは、話すことも聞くことも下手になってしまう。「三つ子の魂百まで」とはよくいったものですね。「今の子どもはまさしく「歌を忘れたカナリヤ」のよう。捨てたり、殺したりするのではなく、待っていてあげよう」
「歌を忘れたカナリヤ」の歌詞がよくわからないのですが、要するに「鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス」ということですよね。「アメリカの子どもは『学校で楽しんでらっしゃい』と送り出されるが、日本の子どもは『頑張って学校に行ってらっしゃい』と送り出される」
学校って頑張って行くところではないはずですよね。楽しめる学校を目指して私
たちは活動しているのですから。講演会が終わって、こんなにすてきな講師の先生を呼んでくださった3000子さんにお礼を言いました。
そして夕食。班ごとに交流会での乾杯のしかたを考えながら、食事をするということになっています。17時半から食事だったのですが、時間に食堂に行ってもほとんど人がいない状態でした。「人が来ていないから、まだだめなのかなあ」と不安そうな参加者がいたので、「時間になっているんだし、食べちゃおう」と食堂に入ってしまいました。特に班の座席も決まっていないようだったので、適当に景色のいい席に着いていたのですが、だんだん人が増えるに連れて、スタッフが座席の表示などを作ってくれました。
同じグループだったなおちゃんが「私が一人できて班の人を捜してたのに、なかぢさん他の班の人と食べてるんだもん」と怒られてしまいました。
「乾杯」を「完敗」に書き換えて、将棋の対局という設定で、2分くらいの劇仕立てにしました(このときスタッフからは3分以内といわれていました)。
各班に福島のスタッフが1名ずつついたのですが、うちの班のスタッフが「『この班はなかぢがいるからだいじょうぶだよ』と横田さんに言われた」とか、宮城のなおちゃんも「井上先生に『なかぢはすごいから』って言われました」なんて言ってました。
何を根拠にそういわれているのでしょうか?まあ確かに私もジーンに「みんなはジーンのことすごいと思ってんだから」といってましたが、なかぢのすごいところってなんなんですか?誰か教えて。
食後は、十八番紹介パート1。体育館で半分参加し、半分見ているといった状態でした。ビーチサンバ隊の「純情」はさすがに10万円を獲得しただけのことがあってなかなか見応えのあるダンスでした(このときはまだ自分も踊ることになるとは思ってもいなかった)。
20時からの交流会では、まず各地からのおみやげ紹介。そしていよいよ各班の乾杯発表となりました。が、全部の班が終わるのを待っていたんじゃとてもじゃないけど時間がかかりすぎる、ということで、最初の班にあわせて全員で乾杯です。
飲みながら、食べながら各班の発表が続きます。
さて我が班の番です。
「ここいわき海浜自然の家では『第13期流交(交流をひっくり返しました)戦』が行われております。「先手、なお、1四歩」「かっちゃん、残り三分です」「後手、かっちゃん、6三金」「なお、残り時間2分です」「先手、なお、2五銀」「かっちゃん、残り時間1分30秒です」考え込むかっちゃん。そしておもむろに
「完敗!」
会場からわっと拍手が起こったのですが、まだ終わっていません。勝利者インタビューです。
「感想を一言」「私も早く飲みたいです」「それでは皆さん、かんぱ〜い!!」
ということで、マロンさんも大喜び。他の班の判定は「合格」だったのですが、うちの班は「大合格」でした。後にも先にも「大合格」はなかったよね。このとき、隊長の奥さんも参加していると聞いて、あわてて挨拶に行きました。確かもう臨月に近いんだよね。今回はスタッフにも妊婦さんがいたし(6ヶ月と言ってました)、ペコちゃんも2月に生まれるって言ってたし。こばも連れていってもよかったかもしれない。
一次会の会場は22時までということで、一度お開き。入浴を23時まで延長してもらったということで、まず入浴。そして、2次会の会場へ行きました。
今回は、常連さんが少ない分、初めての人が多いのです。また、子連れの人も多くお父さん、お母さんは早く引き上げてしまったので、残っているのは若い者ばかり。
がぼちゃんが2時頃着くというので、それまでは起きていようと、宮城のメンバーを中心にお話ししてました。0時過ぎにがぼちゃんから「盤越道に入った」という電話が入り、1時半頃には「インター降りた」という連絡が入りました。そして2時前。がぼ他岩手のメンバー到着。岩手はもう2学期が始まっているんですよね。一日の勤務を終えてから出発して8時間。ご苦労様でした。
顔を見たところで、睡魔におそわれてしまい、2時半過ぎには布団に入ってしまいました。
お休みなさい。
交流セミナーも2日目にはいりました。午前中はワークショップです。
私は野外の「ネイチャーゲーム」に参加しました。天気は曇りがちで、暑くもなく、風があって心地よい気候でした。ネイチャーゲームの考え方としては五感を使って自然の色や音を感じ、自分も自然の中で生まれ、自然の中で生活していることに気づき、自然との一体感を感じることだそうです。
そのためには、楽しく体験し、五感を研ぎ澄まし、精神を集中し、体験や感動を分かち合えるように段階的に進めていけるよう、プログラムを作っていくそうです。今回おこなったプログラムは
1.コウモリと蛾
2.フィールドビンゴ
3.カモフラージュ
4.音いくつ
5.サウンドマップ
6.すすきの葉でバッタ作りでした。
「コウモリと蛾」は目隠しをしたコウモリ役が「バッド」と叫び、「モス」と答える蛾を捕まえるゲームです。コウモリ1人に対し蛾は3〜5人くらいで、その他のメンバーは一重円を作って安全に配慮します。
「フィールドビンゴ」はビンゴカード(登録商標)に書かれたもの、例えば「動物の落とし物」とか「食べ跡」「木の実」などを探しておこなうビンゴゲームです。
「カモフラージュ」は決められた範囲の中に隠された人工物を見つけだすゲームです。今回は10メートルほどのロープの始から終わりまでの間で、ロープから50センチ、高さ1メートルの範囲内を探します。ネズミの人形や、ストロー、仮面ライダーのゴルフボールなどはすぐに見つかるのですが、木の枝に巻かれた緑色の毛糸や作り物のキノコ(講師の大内さんのお嬢さんの作品ということです)、茶色のコインなどはなかなか見つけられませんでした。だいたい人工物は10〜15個くらいで、誰にもわかるサービス品を半分くらい、ほとんど見つけられないようなものを2個くらい入れるとよいそうです。
「音いくつ」は目を閉じて1分間に聞こえた音がいくつあるかを数えます。セミの鳴き声や風の音、木の葉のこすれる音など色々な音が聞こえました。
「サウンドマップ」は「音いくつ」で聞こえた音を、自分で作った記号で地図に表します。蝉の鳴き声だからといって蝉の絵を描いてはいけません。その音を表す記号を自分で考えるのです。波紋や渦巻、曲線などその音のイメージを紙に書き込んでいきました。そして、お互いに見せ合って、お互いの音のイメージを確認しました。
「すすきの葉で作るバッタ」は言葉では伝えにくいですね。これはネイチャーゲームではなく、大内さんの特技の紹介といった方がいいでしょう。すすきの葉を結んでいくと本物そっくりのバッタができあがりました。参加者も挑戦しましたが、うまくできたのは2,3人でしたかね。「30匹作ればうまくできるようになる」とおっしゃっていました。
バッタがみんなうまく作れなくて、時間を20分もオーバーしてのワークショップでしたが、とても楽しい時間を過ごすことができました。
2日目の午後は分科会です。第3分科会が人数が少なかったので、そちらへ移ろうと思ったのですが、貴ちゃんに「何言ってるの」と怒られてしまいました。
第5分科会「生涯学習とレク」では交流セミナー参加10回目にして初めて、事例発表者ということで2年前のことを話すことになりました。そのへんのいきさつについては、前に書いたとおりです。
発表が「部活動からサークル活動へ」ということで、研究協議の前半は部活動についての話し合いになりました。ちょうど、足利の板さんからも「部活の現状」などを聞きたいという話もあったので、まずは各地の現状を聞きました。足利では、小学校の野球とサッカーについては社会体育へ移行したそうです。バスケはまだ、文化系は無理そうということでした。
愛知では、小学校では部活の全入制から希望制へ変わり、サッカーは社会体育へ移行したそうですが、中学校では全入制で教員も全員顧問制だそうです。
福島では、小学校のサッカーが児童の突然死をきっかけに社会体育へ移行したそうです。中学校も水泳は移行できそうだということですが、その他のものについてはグラウンドなどの施設が必要なので、ちょっと難しそうだということです。
岩手では、職員の勤務時間の5時までは部活として、5時を過ぎるとスポーツ少年団として活動しているそうです。ただし、活動している子どもも、指導者も時間だからといって変わるわけではないそうですが。5時前からスポーツ少年団として活動していると、指導者の教員が二重に手当をもらうことになると、問題になったそうです。生涯学習という視点で考えると、子ども対象というよりも、もっと間口が広がってくるという話になりました。特に高齢者(老人クラブ)などに指導者(助言者)が必要だということです。
生涯学習は、「自分が楽しめることを探すこと」という言葉もでてきました。小中学校はそのきっかけを作るということも最近はいわれています。初めて交流セミナーに参加した人に、その動機を聞いてみました。「自分のやりたいことを見つけたくて」とか「何か変わった視点をもてるのではないかと思って」など様々ですが、こうした知的好奇心が生涯学習の原点ではないかという話にもなりました。
後半は、「開かれた学校作り」というようなテーマになってしまいました。レクの役割、ネットワークの役割として、情報交換の場としていったり、情報・人材バンク的な役割をしていくことが必要ではないか、という話になりました。
「情報は求めなければ入ってこない」、「情報は発信すればするほど入ってくる」という話にまとまりました。これは、今回の「srmlのお誘い」につながるものがあるのでしょう。他の分科会での、報告書に載らなかった話があったら教えてください。
十八番発表パート2では、お約束のシュポP隊も参加します。
「とっこの歌」最高ですね。てっちゃんの新しいテープは、恐怖シリーズを網羅しているといっていたのに「恐怖の原田幸子」が入っていない。ぜひ来年は「とっこの歌」とカップリングでCD化してほしいですね。あ、でも他じゃ売れないか。
てっちゃん、清水さん、じぇ〜んのぼそぼそっと言う台詞が、よくTOKKOを見ているなと思いました。
YSは「ファンコースター」からダンスを披露しました。
シュポP隊の新ダンスは福島のちえちゃんが考えてくれました。原曲は「狙い打ち」。直前に集合をかけて、3回くらいの練習でやってしまうなんてすごいですね。元祖シュポPダンスの製作者が入ってのシュポPは迫力がありました。これを知らずに私たちはあのダンス(?)を踊っていたのかと思うと恥ずかしくなってしまいました。
それにしてもシュポP隊って一体何人いるのでしょうか?未確認団体といわれるだけ合って、誰も実態を把握していないんですよね。貴ちゃんにお祝いのTシャツを渡したときよりも、踊ってた人数の方が多かったもの。今回は夜も早かったからあまり勧誘活動もしていないのに。潜在的にシュポP隊の人が多いのかもしれませんね。ちゃたを見て「え、ちゃたさんてシュポP隊だったの」という人がいますが、何でだろう?ジーンはアンチシュポP隊だし。
そして勢いに乗って「バカボン」も登場しました。
出番を終えて(?)ほっと一息ついていると、さぶちゃんが「なかぢ、何にも言わずについてきて」と会場の外に連れ出されました。ホールには派手な衣装を着けた福島のメンバー。「これつけてね」と次々に私にも腕輪やはちまきがつけられます。
そしてちえちゃんのダンス指導。これが噂の「ガッチャマン隊」なんですね。
トイレに立って前を通る人を端から引っ張り込んで、気がつく人数は倍以上になってしまいました。こりゃシュポP隊以上の隊になりますよ。
練習&勧誘の間にプログラムはどんどん進んでいました。「松島水族館のアシカショー」「帰ってきた名古屋弁講座〜リピート・アフター・ミー」。外からのぞき込むようにして見ていました。
いよいよ出番。欽ちゃん走りで入場。「ガッチャマン」は結構かっこいいですね。そしてそのまま、これも噂の「ビーチサンバ隊」が加わりました。曲は「純情」。ガッチャマン隊はビーチサンバ隊の一部と化してしまいました。ビーチサンバ隊には3000子さんや妊婦のU津さんがいたりして。このパワーが10万円を獲得したんですね。
前日の十八番ダンス部門に参加していたので、何とかこっちも踊ることができました。夜の分科会は、あまり人数も集まらず、部屋も早くに引き上げなければならないので、あっという間に終わってしまいました。ここで話したことの印象がほとんどないから、今回の交流セミナーは短く感じているのでしょうか?
交流セミナー第3日目。
前日もそうだったのですが、朝トイレへ行くとビール臭いの。みんな相当飲んでますね。全体会は、例年参加者全員が前に出て寸劇をしたりして発表をしていたのですが、今年はコーディネーターがまとめてくれるということで、すっかりお任せしてしまいました。各分科会のまとめが印刷されていて、スタッフの方々は深夜(早朝?)までかかって作ってくれたんだろうと頭が下がりました。
各分科会の発表は、まとめの部分だけなので、毎年「他の分科会にも出たかった」という思いがあるのですが、今年は第3分科会にちょっと惹かれました。第5分科会でも「学校の敷居を低くするためには」という話がされましたが、たぶんこの話は第3分科会でする話だったんでしょう。
さよならの集いでは、十八番発表から「クモの子散らせ」をやりました。開会式でも集合ゲームでしたね。そしてそのまま閉会式。多菜湖さんの歌もとてもよかったです。
いつもはペアでのダンスで、いろんな人と抱き合ったりできる反面、挨拶し損なった人が出ていたのですが、今年は全員と別れの挨拶ができたのがとてもよかったです(バスの時間が迫っていて、最後はバラバラになってしまいましたが)。
私は車で帰るので、時間的には余裕があって、さよならの集いが終わってからもスタッフの皆さんと挨拶ができました。隊長の奥さんやお子さんにも挨拶できました。
これがシュポP隊のメンバーです。
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帰りは、まず昼食とお土産ということで、岩手、宮城のメンバーと一緒に小名浜へ行きました。総勢7台のキャラバン隊でした。横浜と違って信号も車の数も少ないのではぐれることなく進みましたが、「これが横浜や神戸だったらできないね」とさぶちゃんと話していました。
途中、海岸によってちょっと磯遊び(?)みんな子どものようにはしゃいでいました。そんな中、一人渋めに(?)決めている井上じぇーん。でも。この姿って「ガキ大将」って感じですね。
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昼食は、ほとんどの人は「海鮮丼」を食べていましたが、私は「生ウニいくら丼」を食べました。やはり小名浜漁港での海産物はおいしかったです。
それでは恒例、ぷーのおいしい顔。今回は貴ちゃんも一緒です。
案内してくれた佐藤さんには、みんなで「夢に続く道」を歌ってお礼をしました。そして一路、いわき湯本インターへ。国道6号のバイパスのところで信号に引っかかってしまい、ついにキャラバン隊とも離れてしまいました(私たちの車は一番最後を走っていました)。「きっと先に行っちゃったね」などと話していると停車している車がいるではありませんか。みんな待っていてくれていました。
ところが一台足りません。私たちのすぐ前を走っていたつよの車がいないのです。最初は止まっている車に気づかずに先に行ってしまったのかと思いましたが、どうやら途中で給油しているということ。私たちの車は反対方向へ行くので、「それじゃお先に」と先に出発してしまいました。
しかし、こちらの車もガソリンが心もとないということで給油をしました。その横を別れたはずの6台の車列が通り過ぎていきました。日曜日の上り線、常磐道はそれほどの混雑はありませんでした。しかし、流山から三郷までが混んでいるということで、ノンストップで一気にいってしまおうとさぶちゃんが頑張ってくれました。常磐道に乗ったあたりで「ちょっと失礼」と貴ちゃんが寝てしまい、気がつけば私も20分くらい寝込んでしまいました。
2時間くらいで160キロを駆け抜け、三郷の手前で料金所町渋滞がちょっとありましたが、首都高も順調に抜けることができました。
途中、車にがぼちゃんから3,4度電話がありました。横浜ではYSのメンバーのキムリンや神戸から横浜に越してきた弥生ちゃんと連絡を取って、横浜集会の連絡をしたりしていました。
さて、横浜に帰って19時前に貴ちゃんをホテルで降ろすと、私は保土ヶ谷駅まで送ってもらいました。さぶちゃんは戸塚のおじさんの家に泊まるので、車を置きに戸塚へ向かいました。キムリンとは横浜駅で20時の待ち合わせです。
保土ヶ谷駅までこばに車で来てもらい、私は荷物を置きにいったん家へ、こばはそのまま電車で横浜駅へ向かいました。
家に帰ってメールを開いてみると、もうもとこが福島の報告を書いていました。そこで書きだすと待ち合わせに遅れてしまうので、とりあえず「帰ってきました」とだけ送信して横浜駅に向かいます。
途中、がぼちゃんに電話すると、一関で降りて食事をしているとのこと。まだ後3時間くらいかかるそうです。
横浜駅ではすでにキムリンが待っていました。貴ちゃんもすでに来ていて、買い物に行っているとのこと。ちょっとくれてこばも現れました。さぶちゃんからは8時半頃になりそうと電話がありましたが、弥生ちゃんが見あたらない。もうすでに横浜駅には来ているらしいのですが、何せ横浜駅も広いですからね。貴ちゃんの携帯が鳴って、弥生ちゃんからかなと思ったところに弥生ちゃん登場。電話はさとるからでした。そうこうするうちにさぶちゃんもやってきて、みんなでお食事。スカイビルのスパゲッティやさんへ行きました。
交流セミナーに参加しなかった人たちへ、交流セミナーの報告。3人とも共通していたのは「今年の交流セミナーは、あっという間に終わってしまった」ということでした。それだけ充実していたのではないでしょうか。夜が早かったせいもあるかもしれません。
「今回は妊婦さんが多かったので、こばも行ってもよかったね」という話をしているときに、「実はさちさんも妊婦に間違えられたらしい」という話がありました。誰が言ったか知りませんが、あの「恐怖の原田幸子」に対して完全に地雷を踏んだ発言ですよね。お〜こわ。
食事が終わった頃にタンバリン登場。場所を西口の喫茶店にかえて、おしゃべりは続きました。福島を出るとき、隊長に「じゃ、また来週」と言ったところ「?」という表情をしてました。「『貴ちゃんのパーティで』と言われて初めて気がついたみたい」という話をしたときに、貴ちゃんも「私も『来週』って言われたとき、シュポP隊の総会あったかなあと思った」と言っていました。誰のパーティやねん。
で、11時半を回ったところでお開きとなりました。さぶちゃんが翌日神戸に帰ったこと、貴ちゃんも一日遊んでから津山へ帰ったことはお知らせ済みですよね。
そうそう、貴ちゃんが地下鉄でホテルへ戻ろうとしたところ、終電がでた後であわてて別れたキムリンを追いかけて、タクシー乗り場まで送ってもらったそうです。キムリンがPHSで私に掛けてきたのですが、いきなり「終電に乗り遅れた小林で〜す」と言われても、まさかそんな状況とは思わなかったので、「どの小林だ?」と考え込んでしまいました。ということで、ずいぶんと長くなりましたが、交流セミナー日記を終わります。
来年は愛知大会。私は新幹線で行くことになると思います。■□教育の愛知での交流セミナー、地元の先生方とお話しできるのが楽しみです。