クリスマスで思い出すのは、 「"natal"ナタウ(クリスマス)には、この鶏"galo"ガーロを食べるのが唯一のご馳走」。 何もない土地に、拾い集めた木で 「掘っ立て小屋」"favela"「ファヴェーラ」を建て、そこに住みついていた男が言った。 子供は裸足で立っていた。 小屋にはもちろん、電球はない。床もない。 かろうじて、隙間から空が見える屋根はあった。と思っていた。 彼らの土地ではないのだ。我々の土地に無断で、その男は住みついている。 "usucapia~o"「ウズカピアン」という、「取得時効」のこと。 "prescric,a~o aquisitiva"「プレスクリサン アキズィティーヴァ」とも。 10年だか住みつづけられると、その土地は住みついた者のものになる。 法の上にあぐらをかく者を法は保護せず、というような趣旨か。 土地を取得し、登記していても、なすがままにほうっている者までは保護しない。 これが、数千平方メートルの土地なら楽だが、数百万平方メートルとなると、 見回るのも一人でできる仕事ではない。 かわいそうだが、出て行ってもらわねば。 はたして、素直に出て行くだろうか? その小屋には、電球があった。 男は、誰の入れ知恵か、電気代の領収書を貯めていたのだ。 10年間住み続けた証拠にするためだ。 どんな思い入れで、その男は「クリスマスの鶏」の話を我々にしたのだろうか。 自嘲気味の笑い顔で、弱弱しく語った男。 その鶏と男とどちらがどれだけ哀れか。