ジョージソロス グローバル資本主義の危機
・経済の均衡理論→物理学との誤った相似性に基づく
・物体は誰が何を考えるかに関係なく、その物体が動くがままに動くが、金融市場はある将来を予測しようとする。
受動的に現実をただ映し出すのではなく、自ら積極的に現実を創り出すのであり、その現実はまた金融市場が映し出すものである。
そこに現在の決定と将来の事態の成り行きとの間に双方向に作用しあう関係があり、これをジョージ・ソロスは「相互作用性(reflexivty)」と呼ぶ。
・人は、バイアス(偏見)により将来についての判断を下す。
・非市場部門→社会の集団的利益。市場では表現しようがない社会的価値観。
・集団的にしかできないこと→一市民として、社会的価値、平和、正義、その他もろもろの関心を持っていることについて、一市場参加者としての表現方法を持たない。例えば、金融市場を支配しているルールを変えるべきだと思っても、一方的に変えられない。いかなる単一の参加者も結果を左右するだけの力を持っていない。ルールづくりには、集団的決定、すなわち政治が絡んでくる。ルールに基づく、個人の行動については、市場での行動が絡んでくる。そして精神的なモラルや倫理、価値判断についてはその両者の影響によるところである。
ごびゅうせい
・誤謬性(fallibiity)→われわれが誤らないことはないということ
・開かれた社会(open society)<カール・ポパー>→全体主義の対極であり、究極の真理には、何人も近づくことはないと認める社会
・われわれの住む世界は極めて複雑である。決定の基礎なりうる世界像を形成するには、単純化し、一般化、比喩、類推、比較、二分法、その他あらゆる知的概念を利用することは、何らかの役に立つ。しかし、全ての知的概念はそれが意味するものとある程度歪め、この歪曲はいずれもわれわれが理解する必要のある世界に何かを付け加える。われわれが考えるほど、それだけわれわれが考えなければならないことが増える。その理由は、現実が所与のものではないということにある。それは、参加者の思考と同じ過程で形成される。思考が複雑になればなるほど、現実もそれだけ複雑になるのである。思考は現実に追いつくことは出来ない。現実は常にわれわれの理解よりも豊富なのである。現実は、思考を驚かす力を備えており、思考は現実を創造する力を持っているのである。
○思考する参加者
・参加者は自分達の参加する状況を理解しようとする。
現実と一致する事態を想定しようとする。 →認識作用
・参加者は影響を与えようとする。
現実を自分達の願望に合わせて形成しようとする。 →参加作用
・思考する参加者が存在する状況には、不確定性が含まれる。
・クレタ島のエピメデス「クレタ人は常に嘘をつく」
エピメデスはクレタ人であり、言った内容が真実なら、彼の論述は虚偽となる。
逆に彼の論述が真実なら、伝える意味内容は虚偽である。
・真理価値が不確定な論述は、無意味であるどころか、真理価値が分かっている論述よりずっと重要である。
・相互作用性はわれわれの真理概念の全面拒否ではなく、その評価のやり直しに繋がるべきものである。
・相互作用的過程は、こちらが故意に終わらせなければ、終わらない。
・理解が本来的に不完全だという事実は、改善することが可能なことを意味し、改善の余地は無限だということだ。現実理解がどこまで到達できるか、限界はない。完璧であり得ない故に、改善の路が開かれている社会組織形態がopen societyの概念である。すなわち、改善に対して解放された社会である。
