2006年8月分

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 8月31日(木) 混雑。夕方の地震はけっこう大きかったね。地震の影響でで電車が遅れてて、帰りの電車がかなり混んでいた。電車通勤で嫌なのがこういう混雑。もともと人ごみが嫌いなので電車に限らず混雑はダメなんだけど、特に電車の場合は密着度が高いから、他の場所での混雑よりもキツイ。それに、逃げ場がないっていうのも困ったもんだよね。ライブハウスみたいに後ろとか脇に退避できれば少しは違うんだけど。こないだ飲んだ帰りに終電に乗ったときも混んでて、このときもけっこうしんどかったんだけど、酔っ払ってると少し鈍感になってるからまだマシみたい。そう考えると、電車が遅れてるとか、そういう情報が入ったら飲んじゃえばいいのかもね。で、ちょっと鈍感になってから電車に乗る、と。そうやって少しでも苦痛を軽減してあげることで、精神的な疲労の蓄積を防ぐことっていうのは、けっこう大切なことかもしれない。そうやって、些細なことからでもストレスの原因を断っていけば、楽しく人生を送ることができるんじゃないかなぁ。そんな感じの些細な部分からストレッサーを除去する、っていうことが上手な人は、ストレスに悩まされずに暮らせるのかな。誰もがそういうふうに暮らしていけたら、もっと平穏で幸せに満ちた世の中になるんじゃないかなー。
 8月30日(水) 途中下車。仕事の後に、ラーメン店に寄って帰宅。青戸にできた新店なんだけど、そこそこだった。青戸や高砂といった、京成の要所の駅に美味いラーメン店ができると、仕事帰りに寄れて嬉しいんだよね。今のところ、今日の店はいい感じ。王様@王様とかも美味いんだけど、金町線利用者が押上線の沿線で途中下車するのは、乗り換えとか電車の本数とかを考えるとけっこうリスキーなのよ。それが、青戸・高砂になると一気にリスクが減るからね。だから、その辺に店ができて欲しい。まぁ、高砂だったら一度帰宅して出かけるのも楽だし、下りちゃって歩いて帰るのも苦じゃないので、便利さでいったらベストなんだけど、青戸以上にラーメン不毛の地だからねぇ・・・。そういえば、青戸・高砂はどう考えても京成のキーステーションなのに、どうしてあんまり栄えてないんだろう?青戸はまだそこそこだけど、高砂なんてまったくだよね。京成なんてそんなもんなのかなぁ?JR沿線の駅のほうが栄えてるもんね。金町にしても亀有にしても。特に、亀有は別に他の線との乗り換えができるわけでもないのに。そう考えると、もっと京成がんばれよ!って思うんだよなー。そして、途中下車の楽しみをもっと増やしてくれるような、そんなお店が増えていったらいいんだけどね。
 8月29日(火) 肉の話。今日は語呂合わせで焼肉の日らしい。8(やき)2(に)9(く)ってことね。そういえば、毎月29日は肉の日だって言って、その日は必ず肉を食べに行くっていう人がいたなぁ。その人はきっと、今日は焼肉を食べているんだろうね。9月が間近とはいえまだまだ暑い毎日だし、パワー食としてこの時期に焼肉を食べるのはいいかも。肉といえば、アメリカ産の牛肉が輸入解禁になって、某牛丼チェーンでいつ牛丼が復活するかを心待ちにしている人も多いだろう。なんでアメリカ産にこだわるのかいまひとつ理解できないんだけど、そういったこだわりの姿勢を見せることも、ひとつの企業のブランド化戦略なんだろうか?実際、輸入禁止になってからもアメリカの牛が売られていた現実を考えれば、そのこだわりはブランド化戦略の一端なんだろうなーと思ってしまう。というのは、先日、とある店で食事をした際の話なんだけど、メキシコ産牛肉っていうのが売られてたのね。で、このメキシコ産牛肉っていうのは、実はアメリカ産の牛肉なんだよ。アメリカ産だと輸出できないから、いったんメキシコに牛を引越しさせて、そこで食肉加工をすることで、メキシコ産として輸出をするわけ。この話をしたときに、それを知ってる人が半分もいなくて驚いた。それを知らずに平気な顔して食べてる人が、アメリカ産の牛肉は怖いから食べたくないと言ってたりする。なんか変な話だよね。メキシコの食肉加工場の管理体制がアメリカよりもしっかりしていて、日本並みの基準で危険部位を徹底的に排除しているとか、そういうことであれば問題はなさそうだけど。そもそもアメリカ産が輸入禁止になったのは、食肉加工場の管理がずさんで、禁止部位が残っていたり、全頭検査をしなかったりが問題なのであって、そういうことをちゃんとすれば、牛自体に問題があるわけじゃない。それが、なんか話がおかしな方向に進んで、アメリカの牛は怖いとか、そういうイメージの話になっちゃってる。どこの牛だろうと、検査をして加工をきちんとしてれば問題ないんだよ。こういうことを、マスコミには報道してもらいたい。消費者が正しい情報を得た上で選択をできるようなしっかりとした情報を提供して欲しい。そうじゃないと、目くらましみたいな感じの売り方がいつまでもなくならない。それは、消費者にとっても生産者にとっても、長い目で見たらマイナスでしかない。その辺りをしっかり見据えて、日本の食文化の未来を破壊するような報道はやめて欲しい。アメリカ産牛肉のニュースも、輸入再開したとたんに聞かなくなったけど、輸入を再開したからこそ、食肉加工場の体制とかに注意が必要なんだし、その辺りをもっともっとしっかり消費者に知らせてもらいたい。
 8月28日(月) 買収。今日は差し迫った仕事もなく、のんびりとしたペースで過ごしていた。そんな感じで昼下がりのひとときを楽しんでいるところに、衝撃のニュースが飛び込んできた。ケーブルテレビ有料加入者数国内最大のJ:COMが国内3位のケーブルウエストを買収する、というニュースが15:00からのNHKニュースで流れたという話で、早速NHKニュースのサイトで確認をしてみると、確かにそういうニュースがオンエアされたことが分かった。そして、16:00からJ:COMが記者会見をするということで、その内容が知りたくてしょうがなかった。ケーブルテレビに関わる仕事をしている身としては、J:COMが他局を買収して強大になっていくのを何度も目の当たりにしてきたので、買収自体にはさほど驚きはないのだが、相手がケーブルウエストという点にビックリした。大株主である松下電器がケーブル局の運営をやめて機器の製造に集中するのが目的だという。松下はSTB(ケーブルテレビ用のデジタルチューナー)のシェアがダントツでトップで、デジタルテレビも好調。その両方を売っていく意味で、ケーブルテレビ局を持っているのは有意義だったと思うんだけどね。J:COMの加入者獲得の営業力を使って、STBとテレビをどんどん売ってもらって、自分たちは製造に注力するってことなのかもしれない。これもひとつの流れなのかもしれないけど、現在のケーブルテレビ業界はJ:COMが巨大すぎる。あまり1つの会社が力を持ちすぎるのは危険だし、対抗勢力が台頭してバランスを保つような方向に進んで欲しい。
 8月27日(日) 雑記。昨日はけっこう飲んだようで、起きてみるとちょっと二日酔い気味。でもあれだね、まったく飲んでない日とか、飲んでもすっきりしている日曜のほうが、なんにもすることがないと眠気が強い気がする。今日は二日酔い気味ではあったけど、目はパッチリしてて、おかげでのろのろとではあったけど、やることをそこそこ片付けられた。夕方には頭がスッキリしてきたので、本を読んだりして過ごした。その後、来月東京に遊びに来る予定の八戸の友人から電話がかかってきて、いろいろと話をしていた。この友人もかなり飲むようで、つい先日も飲みすぎて河原で寝ていたところを、明け方にジョギングをしている人に起こされたという。そこまで痛飲することはないんだけど、来月彼が東京でそんな飲みっぷりを見せてくれるかと思うと、楽しみな反面、ちょっと怖いなーっていう気もしている。
 8月26日(土) 刷り込み。今日は、大学のサークル仲間と下北沢に観劇に行ったのだけど、その後、別のサークル仲間と合流して渋谷で飲もうという話になった。で、渋谷に移動してからゲーセンで時間つぶしをしていたら、なんと別のサークル仲間がたまたまそこでゲームに興じているのを発見。珍しい偶然もあるもんだと、一緒に飲みに行こうと誘ったのだけど、嫌だいやだと言い出して、目を離した隙に帰ってしまった。ゲーセンで¥2000くらい使ってお金が無いらしい。そういえば、しばらく前はゲーセンでQMA3に勤しんでいたけど、健康のためにスポーツクラブ通いを始めてからはまったくやらなくなってしまった。それ以来、ゲーセンからも足が遠のいていたなぁ。さてさて、23:30過ぎくらいまで飲んで、それから帰ろうとしたんだけど、どうやっても柴又までは帰れない。で、小岩からタクシーで帰ってきたんだけど、よくよく考えると金町回りで帰るほうが安上がりなんだよね。どうも、自分の中では金町周りで帰るっていう選択肢が出てこないみたい。検索とかを駆使して考えれば出てくるんだろうけど、特に酔った頭で考えると、高校・大学と小岩を利用してきたせいか、ついついそっちへと思考が向いてしまうようだ。こういうのを刷り込みっていうんだろうね。きっと、別のところでも無意識のうちにそういう選択をしてるんだろうと思う。でも、改めて考えてみる機会がないと、それが刷り込みによるものだって気付くことはなくて、いつまでもそれを繰り返してしまう。そんな脳の機能を悪用するのが洗脳なのかなー、なんて思うと、ちょっと怖い気がした。
 8月25日(金) 24。今更ながら24のDVDを見た。これはあれだね、テレビで毎週1話ずつ見るより、1シーズン分をまとめて見るほうが断然面白いと思う。けっこう時間をまとめて確保して、なるべく一気に見るようにしたんだけど、そのほうが物語に入り込める。本を読んでいるときなんかに特に思うのだけど、面白い本は一気に読ませる力がある。それと似た力があるドラマだね。ただ、連続ドラマという性格上、毎回何かしらの大きな出来事が起きるとか、終わり間際に伏線が入るとか、そういう部分の鬱陶しさがあるかな。本の場合、章ごとに長さを変えていけるから伏線的な部分が1時間ごとにやってくるという鬱陶しさがないし、イメージングの楽しさがある。ドラマと本をどっちが好きか?っていうのは個人の好みだけになんとも言えないんだけど、24にしても、ドラマで見るより本で読むほうが面白いんじゃないかなー、と思った。
 8月24日(木) 子猫殺し。タイトルの通りの記事が、プロムナード(日経新聞8月18日夕刊)に載ったというのを今朝のニュースで知った。坂東眞砂子という作家が書いた文章である。内容はリンク先を見てもらえれば分かる。文章のタイトルを見て、子供の頃のことを思い出した。当時小学生だった私の家では、猫をたくさん飼っていた。避妊・去勢をしている猫とそうでない猫とがいたのだが、これは親の方針で、一度は出産と子育てを経験させようということで、最初の子育てが終わると避妊をしていたためだ。産まれた子猫の貰い手を捜すと、まだ昭和のおおらかな時代だったことや埼玉の片田舎のこともあり、すぐに子猫たちは新しい家へと引っ越していくという感じだった。ある時、5匹くらいの子猫が産まれた中で、1匹だけ病弱な印象の子猫がいるのが分かった。両親は病院に連れて行くかどうかを相談したが、まだ産まれたばかりのこととしてもう少し待とうという結論を出した。しかし、その判断が誤りであったことがすぐに分かった。ある日、私が小学校から帰ると、居間に子猫の死体があったのだ。詳しく書くなら、いつものように帰宅した私が目にしたのは、黒っぽい物体を舐める親猫の姿だった。帰宅した私に気づいて振り返った親猫の口元に赤いものが付着し、親猫の舐めていた物体は、眼球のような1対の球体が飛び出し、全体的には黒いながらも、ところどころに赤味を帯びた部分が顔を出し、遠目に見ながらも、それが尋常ならざる物体だと感じ取れた。私は怖くなって近寄ることができず、親が帰宅するまで部屋にこもっていた。そして、帰宅した親が確認し、それが子猫の死体であることを教えてくれた。病弱で生きていけないと判断した親猫が殺したのだろう、それは動物が持つ本能の一部なのだ、と。実際のところ、親猫が殺したのか、兄弟が殺したのか、それは定かではない。ただ、帰宅時の様子から考えると、やはり親猫がやったのだと思う。他の子たちの足手まといになり、家族全てが危険になるならば、家族全体のために、病弱な子の命を絶つ。そういう選択が、野性の世界では必要になるのかもしれない。また、猫に感情というものがあるのかどうかは分からないが、他者に奪われるくらいなら自分の手で、という思いがあったのかもしれない。なぜなら、単に家族全体の生存を考えるなら、その病弱な子猫についてだけ育てることを放棄すればいいのだから。さて、冒頭の文章のタイトルを見た時、実は、上記の私の体験と同じような出来事を件の作家が経験し、それについて何かしらの文章を書いたのかと思ったのだが、しかし、実際に読んでみると内容はまったく異なる。件の作家は、飼い猫が産んだ子猫を崖から落として殺しているというのだ。そして、その行為についての考えを述べてあるのだが、あまりにもひどい文章である。この文章の内容を要約すると“飼い主の都合でペットをどうしようと構わない”という、動物虐待者泣いて喜ぶような文章になっている。これはひどい。この作家に問いたい。自分の子を他者に殺されることの辛さを想像できないのだろうか?と。産むたびに子を奪われ、殺される身になったら、もう子供を産みたくないと思うのではないのか?そうした気持ちは猫には存在しないと考えているのだろうか?少なくとも、ペットを飼っている人たちの多くは、ペットと心を通わせ、同じ目線・同じ気持ちで暮らしている。ペットの子を奪い・殺すという行為に対してペットがどれほど辛いと思うか?それを慮って一緒に暮らしているから、子が産まれたら一生懸命貰い手を探すのだし、望まれない子が産まれることがないように、避妊をするのだ。そうしたペットに対する思いがこの作家には微塵もなく、単に自分にとって都合のいい考えのもとで飼っているのだろう。また、この作家は飼い猫が子猫を産んだらそれで終わりだと勘違いしている。動物の交尾は、種の存続のための行為であり、それは即ち、子を産み、育て、次世代へと自分たちの遺伝子を遺していく行為だ。昆虫や爬虫類のように、産み捨ての世界もあるから、全ての動物がそうは言わない、しかし、自然な行為として、猫は子猫を育てるのだから、育てるところまでが種の存続のための行為だと言える。この人は、全ての動物が産み捨てで育つとでも考えているのだろうか?自分がどうやって大人になったかを考えたら、普通はそんな考えを抱くはずがないのだが。とにかく、あまりにも自分勝手な内容の文章に正直驚いた。小学生がこんな内容の作文を書いたら、間違いなく担任の先生に呼ばれて、生命の尊さとか、人間とペットのあり方とかを説かれるだろうと思う。中高生が書いたら、精神的に何か問題があるんじゃないかと家族が呼び出されて先生と家族とで相談になるだろう。しかし、大人が書いたとなると、それはもう痛い人である。自分の行為を正当化するためだけの論理破綻した文章、それがこの文章を読んだときの最初の感想だ。こんな文章を全国紙の記事に書いてしまうあたりに、この作家の感覚の異常さが現れていると思う。また、この文章を掲載した日経新聞もどうかと思う。掲載すれば多くの非難があると容易に想像できる文章を掲載しながら、それを放置しているのだから、そこにも異常性を感じてしまう。“この作家の考えを日経新聞は肯定している”という見方をされても文句を言えまい。日経新聞はもう、経済にかかわる記事以外は扱わないほうがいい。こんな記事を平気で載せるような新聞社には、倫理観も道徳観も欠如しているとしか思えない。マスコミの代表たる新聞が、こうやって道徳観・倫理観の欠如を証明してしまっている中で、どうやって日本人の道徳観・倫理観を養っていけばいいのだろう?件の文章を読み、いまこうして自分の思いを書いているうちに、日本という国が、お金のためなら何をやってもいいような国に成り下がってしまったのかと感じずにはいられなくなり、やりきれない思いでいっぱいになってしまった。
 8月23日(水) 水漏れ修理。エアコンの水漏れがひどいという話をこないだ書いたけど、今日、その修理の人が来た。仕事から帰ると、エアコンの水漏れはまったくなく、すっかり快調になっていた。これで快適な睡眠が約束されるかなー、なんて期待しつつ、夜中まで起きていてZZを見て寝た。
 8月22日(火) 胃のパワー。家に備蓄してある食べ物がいい加減古くなってきたので、ここのところそういったものを優先的に食べるようにしている。今朝、起きてみると胃の調子が悪くて、おそらく古くなってきた食べ物の一部が合わなかったのと、暑さで体がへばってるせいの相乗効果なんだろうなー、と思った。それでもなお、胃の強さに自信があるから食べ物の整理を続けるんだけど、やっぱり昔に比べると胃のパワーが弱ってるように感じる。それを如実に感じるのは、遅い時間にものを食べた時だね。休み前なんかに、ちょっと柴又で長居して飲んだ後にラーメンを食べたりすると、普通量でも翌朝に胃が重く感じるんだよ。昔なら、大盛りを食べても翌朝には余裕でものが食べられたんだけどなぁ。こうやって胃のパワーの衰えを実感するにつけて、より1回の食事を大切に考えるようになってきた。限られた人生の中の限られた回数の食事を、精一杯楽しむために、いろいろと工夫をして暮らしていきたいなー、って改めて思った。
 8月21日(月) 甲子園ネタ。今日は、甲子園の決勝再試合があった。昨日の試合が延長15回を終えて1−1で引き分けになったため、翌日の再試合となったわけで、見てるほうとしてはとても楽しみな試合だった。だけど、休みなしで試合をする選手たちにはちょっと酷だと思う。夏の炎天下の甲子園球場は相当の暑さだろう。そんな中で2試合ぶっ続け(準決勝までの試合とかを考えたら4試合の可能性もある)でやらなくちゃいけないというのは、まだ体が出来上がっていない高校生にとっては非常に厳しいものがあるんじゃないかなぁ。前々から言われているけど、そういう体の酷使が選手寿命を縮めているという側面は否定できないよね。さて、そんな過酷な連戦となった決勝だけど、3連覇を狙う北海道の駒大苫小牧に、チャレンジャー早稲田実業が挑むという展開だったけど、勝者は早稲田実業だった。この試合も4−3という1点差で、前日に負けない好ゲームだったと思う。こうやって高校野球が盛り上がって、活躍した選手がプロ野球入りするのを楽しみにしている。でも、ドラフトというと制度不備が原因のトラブルが後を絶たないわけで、これをどうにか解決できるような、新しいドラフト制度が早く生まれて欲しいよね。選手にとっても球団にとっても納得のいく選択制度を実現して欲しいなー。
 8月20日(日) 水漏れ。今日はやらなくちゃいけないことがあったのだけど、まったくやる気が出ず家で過ごす。というより、まったく起きていられなかったので寝て過ごした。その原因を考えてみた。ここのところ、居間のエアコンの排水がうまくいってないようで、水漏れがひどい。漏れて落ちてくる水滴を受けるために、容器にぞうきんをしいて置いているのだけど、それだけだと容器に落ちる水滴の音がうるさいし水が跳ねるので、ぞうきんをしいているのね。それでもポタポタという、水滴がぞうきんに落ちる音がうるさくて、起きていても気になるし、寝ていても気になって良く眠れない。というのは、居間の隣にある私の部屋にはエアコンがないため、居間のエアコンの冷気に頼っていて、居間のエアコンをとめるわけにはいかないのだ。そのせいで、睡眠不足な感じになっているんだと思う。実は、去年から水漏れがあって、そのときにも家族に修理を頼むよう促したものの、大したことないからほっとけばいい、というとんでもない反応を示された。それが、今年になって水漏れがひどくなったことで、再度修理を頼むよう促したところで、やっとそれを承知した。自分の部屋のエアコンであれば、自分の都合で修理が頼めるのに、共用のエアコンであるために1年も修理を先延ばしにしたら、睡眠不足というおまけがくっついてきたような感じ。修理が終われば、少しは快適な睡眠が期待できるのかなぁ。
 8月19日(土) 食事会。今日は水道橋の洋食店で食事会。昼間時間があったので、集合時間より早くに行って、後楽園遊園地で僕と握手!ってな感じで後楽園遊園地の周辺をうろうろしていた。ラクーアのスーパーでマンゴージュースをいろいろと見ては買ったりと、ちょっと楽しんでから集合場所で合流し、目的のお店へ。長さ73cmのソーセージを試しに注文する者、和牛を豪快に食べる者、ビールばっかり飲んでる者、などなどみんなそれぞれ楽しんでくれたようで、こちらも面白かった。特に、ソーセージは一度見ると忘れられないインパクトで、今度そのお店に行ったら誰かしらに食べさせようと思う。で、食事会が終わって帰ろうとすると、ちょうど東京ドームの野球が終わったところらしく、水道橋周辺はすごい人。車で良かった〜、と実感しながら帰路に着いた。後から聞いた話だと、電車は人身事故があったらしく、かなり遅れが出てたみたい。野球客と事故の遅れがダブるととんでもないことになるから、つくづく車で良かったと思う。ガソリン代と駐車場代を払う代わりに快適に移動できるなら、私は車を選ぶなー。
 8月18日(金) 巨人の星。今週の昼間、MXテレビで「巨人の星」の花形満特別編をやっていたので、ビデオにとっておいた。その貯まったビデオを見ていたんだけど、この漫画って突っ込みどころ満載だよね。にもかかわらず、ものすごい人気だったというのは、そういうものが受ける時代だったからなんだろうか?いわゆる“漫画だから”と思って自分を納得させる場面がとにかく多い。もう、地球に似たどこかの星の野球に似たスポーツをテーマにした漫画と思うしかないよね。花形は子供なのどうして運転しててなんのお咎めもないのか?とか、鉄球鉄バットの特訓のほうが木のバットを全力で振るよりもよほどダメージが大きいんじゃないのか?とか、まだまだ疑問は尽きないけれど、そういうのはすべて“似たような星だから”って言えばみんな解決。「巨人の星」というタイトルどおり、そういう星があって、その星で繰り広げられる野球っぽいスポーツの漫画だと自分に言い聞かせながら見た。今回の特別編を見て、これを見て育った世代が根性論に走るのがなんとなく分かったけど、でもやっぱりひどい漫画だわ、これ。
 8月17日(木) 誕生日。ついに、30歳になってしまった。何もないとなんとも実感が持てないような気がしたので誕生会をやった。お気に入りの大門のお店でゆっくりと飲みながら過ごしながら、踏み込んでしまった三十路の世界を感じようと思ったものの、別段変わったこともなく、普通に飲んでるだけみたいな感じだった。ただ、最後にお店のご厚意でケーキが出てきて、そのときには、あぁ誕生日なんだなー、ってしみじみ思った。帰りはちょうど金町行きの終電のタイミングで、部屋に入るとすぐに睡魔に襲われて寝てしまった。別に何が変わったわけでもないような気がするけど、少しずつ自分の中で何かが変わりながら、30年という歳月を生きてきた。変わらないことの素晴らしさと、変わっていくことの素晴らしさ、その両方をしっかりと見つめて、そのどちらも体現して生きていけたら、それは自分にとっての大きな幸せなんじゃないかな、って思った。
 8月16日(水) 私の好きだったセリカ。タイトルのとおりの展示を、お台場にあるトヨタの自動車展示施設MEGAWEBまで見にいった。現行モデルを最後に製造中止になるということで、今までのセリカの実写やモデルカーなどを展示している。思えば、私が最初に買った車がセリカだった。そのセリカが事故で廃車になり、次のつぎの車がまたセリカ。そのセリカには5年くらい乗って、昨年の夏に発電機が故障して廃車。そして今のアバロンになるんだけど、自分のカーライフの大半を一緒に過ごしてきたセリカ。そんなセリカとの思い出を振り返ってきたわけ。セリカとの思い出を振り返るにあたって、最も長い時間助手席に乗っていたであろう人と一緒に行って、その頃の話やこれからの話をした。これからは、セリカに替わったアバロンで思い出を作っていきたい。残念なことに、車を単なる移動手段と考える人が増えているようで、ミニバンが売れるのはいかにもそういう考え方のたまものだ、っていう話を耳にしたけど、自分にとっての車はそんな単純なものじゃない。移動の手段であるという点もあるけれど、それ以上にたくさんの意味をもった存在だから、都内の高い駐車場代などなど、年間に数十万の維持費を払ってでも車を持ち続けるんだよ。だからね、車と共にある思い出は、自分ひとりのものだけにしたくない。自分の周りにいるたくさんの人たちとも共有できる思い出にしていきたい。今日、セリカの展示を見て、そんなことを思った。
 8月15日(火) かぶれ。なんか右足のヒザの裏側がかゆいのよ。虫刺されかなー?と思っていたんだけど、どうも感じが違うのよ。で、何事かと思って見てみるとかぶれてる。なんでこんなところがかぶれてるんだろうと振り返ってみると、つい最近の出来事が原因だと思い当たった。というのは、愛知での卓球合宿のときに、右足のヒザ下が痛くて湿布&テーピングをしてやってたのね。ちょうどテーピングをしてた部分がかぶれてた。まさかそんなに敏感肌だったなんて、自分でもちょっとビックリ。確かに幼少期にアトピーとかで薬を塗ってたけど、それはアレルギーであって肌が弱いのとかとは違うはずだしねぇ。でもまぁ、実際に目の前のかぶれたヒザ裏を見て、テーピング直貼りはやめといたほうがいいんだと実感。手・腕みたいに普段から露出している部分は大丈夫なんだろうけど、ヒザ裏みたいに普段衣服に隠れてる部分っていうのは、けっこう弱いもんなのかもしれないね。
 8月14日(月) お盆休み。時刻は00:30。愛知から東京へと戻る東名高速は、とても順調に流れていた。まだまだUターンラッシュは始まっていないようで、深夜ということもあり、快適なドライブが続いた。事故も故障車もなく、そりゃもう本当に順調で、愛知に行くときのあの大渋滞が嘘のようだった。そんなこんなで往路の半分強くらいの時間で東京に戻れた。で、明け方に帰宅して、まずは寝ることにした。もう少し遅く帰ってきて、寝ないで活動しようと思っていたんだけど、予想以上に早く帰れたことでちょっとリズムが狂った。で、朝になって起きてみると、なんか停電のニュースで持ちきり。信号とかも消えてたみたいで、早くに帰れて良かったみたいだなー、とホッとした。ちょうどお盆休みの時期で、会社が休みの人が多かったから普段に比べれば影響は少なかっただろうけど、地下鉄・JR・ゆりかもめとか止まりまくりだったみたいで、都市の交通機能がいかに電力に依存したものなのかが露呈した。東京電力だってバカじゃないから、電力が途切れることがないようにバックアップの回線を持ってて、よく雷がゴロゴロ言い出すとその近くの回線から違う回線に切り替えたりしてるんだけど、今回はそれがうまくいかなかったみたいだね。しかも、原因の特定にも時間がかかってたし。たぶん、お盆休みで人手不足だったんじゃないかなーって思う。みんなお盆休みでいろんな機能がスローに動くようになっているんだろうね、この時期は。みんなが休みのときに休むっていうのは、いい面と悪い面があると思う。今回は、その悪い面が出てしまったような感じだけど、みんなが休みであるだけに被害も少なかったと思うと、やはりどっちもどっちなんだろうなーって安易に考えちゃう。こうした思考に行き着いちゃうのも、お盆休みならではの緩〜い脳の回転ならでなのかもしれないね。
 8月13日(日) 八丁味噌。午前中に練習を終え、午後はどこかで観光をしようという話になった。思えば、安城市は八丁味噌で有名な岡崎市の隣である。こういうところで変に地のものにこだわってしまう私としては、やっぱりお土産は八丁味噌がいいなー、ということで、八丁味噌を求めて岡崎へ行った。行ってみると、八丁味噌を売っているところで工場見学ができるというので、これは見ておかないともったいないと、早速見学をしてみた。八丁味噌と言えば、NHKで今やっている朝の連続テレビ小説「純情きらり」の舞台も岡崎であり、主人公は八丁味噌屋の大将と婚約して女将さん修行をしているところである。「純情きらり」には初音映莉子が出演していた(東京の音楽学校の場面で登場してた)ので見ていて、そのまま今でも見ているんだけど、今日見学した八丁味噌工場は、その「純情きらり」の撮影に使われたということで、けっこう興味津々。なんでも、八丁味噌を作っている会社というのは2社しかないということで、八丁味噌という名前の認知度に対してたった2社しかそれを作っていないということにビックリした。確かに「純情きらり」の中で、八丁味噌が贅沢品ということで大戦時に生産を継続し難い状況に置かれたという描写があるんだけど、そういった環境下で2社だけが生産を続けてきて現代に残っているということなのだろうか?さて、工場見学と言っても、小さな資料館を見て、八丁味噌を寝かせている蔵を見て、ちょっとした試食をして、っていう感じで30分強で終わってしまうような短いものなんだけど、味噌蔵とかのスケールはなかなかに壮観だった。1つの樽から6トンの八丁味噌ができるという話なんだけど、6トンの味噌ができるっていうだけあって、樽の大きさはかなりのもの。その樽がずらーっと並んだ蔵を見て、わざわざその樽の狭い隙間を通ったりするので、そのスケールにけっこう圧倒されて、短いながらもなかなかに楽しい時間を過ごせてけっこう満足できた。その後、別の場所を少し見たりして、仮眠をとってから夜に東京に戻るべく出発。渋滞回避のためとはいえ、変則的な日程になってしまった愛知卓球合宿はこれにて終了。
 8月12日(土) 大渋滞。昨晩、愛知県安城市を目指して東京を出発した我々は、見事なまでに渋滞にはまりながら、のろのろと東名高速道路を西へと進んでいった。帰省ラッシュを避けるべく、深夜の出発を選んだにもかかわらず、故障車やら事故やらに思いっきり阻まれて、結局は7時間かけてボロボロになりながら愛知に到着した。恐るべしサンデードライバーズ。恐るべし帰省ラッシュ。日の出の頃にはとっくに愛知に到着しているつもりだったのに、ここまで時間がかかるとは、正直驚いたよ。事故とかがなければ、きっともっとスムーズだったんだろうね。さて、今回の愛知訪問は、卓球の合宿が目的。友人宅に泊まりつつ、近所の体育館で卓球をする予定。卓球の合間に愛知を堪能できればっていう感じも抱きつつやってきた。今日は、到着後に朝食をとり、そのまま仮眠。お昼になって起きてから、昼食に味噌カツを食べて、それから体育館で練習。練習後、友人宅に戻って夕飯の相談をして、結局鰻を食べに出かける。味噌カツ→鰻と、順調に名物を食べて、夜は楽しく部屋飲み。氷を大量消費する“美味しい水割りの作り方”をやっていたら、いきなり氷が足りなくなってしまうというアクシデントが起こったものの、楽しく飲んで就寝。
 8月11日(金) 不死身の艦長。今朝の新聞の訃報欄を見て、一瞬固まってしまった。あのブライト艦長の声を演じてきた、鈴置洋孝が8月6日亡くなったそうだ。水曜日の千葉テレビのZの最終回の放送を見て、相変わらずのブライトの不死身っぷりを喜んでいたのに、その声の主が亡くなったなんて。ブライト艦長は、ガンダム・Z・ZZ・逆襲のシャアと、4作すべてに登場し、そのことごとくで艦長をやってきた。そして、主力艦の艦長としてすべての戦いを生き抜いてきた、まさに不死身の艦長である。初登場時19歳というとんでもない設定。19歳でありながら異様なまでの落ち着いた声が印象的だったけど、回を追うごとにそれがしっくりとはまってきて、ガンダムの後半では立派な艦長だった。艦長の声と言ったら、まず最初に頭に響くのは、ブライト、つまり鈴置洋孝の声だという人は多いんじゃないかな。クルーの上に立ち、艦を的確に運営し、戦争での勝利を手にする。そんなブライトの姿と鈴置洋孝の声とは、素晴らしいマッチングだった。アニメの映像として、ブライトの姿・声は永遠に残っていく。ガンダムシリーズにおいて欠かすことのできない1人のキャラクターを演じた偉大な声優、鈴置洋孝に安らかな眠りがあらんことを。
 8月10日(木) 頭が痛い。いやもうなんか頭が痛くて困った。朝から外出で、職場に戻って来たときからなんか痛いのよ。で、ずーっと頭が痛いまま仕事も手につかず過ごした。これは夏風邪なんだろうか?それとも冷房病?とかとか思い、二郎の力で元気を取り戻そうと一之江に行ってきた。すると、一之江店内の熱帯のような暑さの中で、なんか頭痛が治まっていくのが分かったのね。ってことは、冷房病なのかもしれない。でもね、やっぱり暑いばかりでもしんどいんだよね。なんか、ちょうどいい加減っていうのが難しくて、冷やしすぎたり暑かったりを交互にやってるうちにおかしくなるような。家の中にいると特に感じるのが、エアコンでちょうどいい温度になってる部屋があっても、ちょっと別の部屋に行くとそこが熱帯になってるとか、そんな家の中の気候差だけでも、相当な負担が体にかかるような気がする。そこで、家の中の温度をなるべく均一にしようと思って、東京電力には申し訳ないんだけど、部屋のドアを締め切らずに空気が各部屋まで循環するようにしはじめたのよ。これは自分でもいいアイデアだと思っていたのに家族がドアを閉める。理由を説明しても、気づくとドアが閉まってる。これは何かの陰謀のなんだろうか?東京電力からの刺客がササッとドアを閉めているのだろうか?そう思うとちょっと怖くなってきたけど、自らの冷房病対策のために、ドアを15センチくらい開けておく日々が続くのだ。
 8月 9日(水) 冷凍みかん。ここのところ猛烈に、GTPの「冷凍みかん」が頭から離れない。4月くらいにちょっとだけ話題になった曲だけど、最近になって聞きなおしてみたら、それが頭にしっかりと鎮座ましましているような感じで、寝ても覚めても頭の中で流れてる。朝も昼も夜も、気づけば口ずさんでしまうほどに“冷凍みかん4個入り”。この中毒ソングの歌詞をよくよく見てみると、冷凍みかんを食べすぎな“私”の存在が気になってくる。最低でも4個食べてるし、歌詞の内容から判断すると、さらに8個手元にあることになる。この8個は、“私”4個+“彼”4個を手元にあるということで計8個なのだが、これを半々で食べたとしても、既に食べた4個と合わせて8個、下手すりゃ最大で12個の冷凍みかんを食べるという暴挙だ。普通のみかんならまだしも、冷凍みかんを12個っていうのは尋常じゃない。などなど、変なことばかり考えてしまうようになったので、このダメな思考のスパイラルから脱出しようと考えた。そこで、思い切ってネット通販で冷凍みかんを買ってみた。小学校の給食、そして家族旅行のときの電車の中、思えば冷凍みかんを食べたのは何年も前の話だ。それこそ、私の知っている冷凍みかんは昭和の冷凍みかんである。平成の冷凍みかんはものすごいものなのかもしれない。1日に12個を平気で食べられるようなとんでもない冷凍みかんなのかもしれない。そんな非現実的な期待を込めて、ネット通販で買った冷凍みかんを食べてみた・・・。まぁ、冷凍みかんだね・・・。昭和も平成もなく、冷凍みかんは冷凍みかんであった。そして今も、頭の中では「冷凍みかん」が流れ続けている。
 8月 8日(火) デジタル家電。仕事でデジタル家電のことをいろいろと見ていた。最近のデジタル家電は分かりにくいよね。なんか、地上デジタル放送が始まって、過渡期にあるのは分かるんだけど、だからって、その弊害である分かりにくさを消費者に対しても押し付けるようなことはやめて欲しい。私は仕事柄こういう部分を詳しく知らなくてはいけないし、知っているつもりだけど、普通にテレビを見る人からしたら、なんなんだ!?っていうことが多いと思う。各メーカーがいろいろとしのぎを削るのは分かるし、半年ごとに出てくる新商品に新しい特徴があるのも分かるけど、それを普通に使っている人が意識できるのか?っていう部分が気になるのよ。型落ちで安く買えるからいいやーっていう人もいるだろうけど、じゃあ、その前に買った人はどうなるの?って思うし。新品を買っても、半年後に新製品が出る。そこで半年後の新製品が誰にでもはっきりと分かるような明らかな違いを持っていれば、その差があるんだからしょうがないよな・・・、っていう諦めがつくだろうけど、ほとんど分かるような差がないのに、半年前に買っただけで価格が大きく違ってしまうとなると、なんか納得がいかないような感じがしない?そういうところの分かりにくさっていうのを、メーカーがどう考えているのかなーって思うのよ。明確な差異を設けて、価格差に納得がいくような製品造りをして欲しいなーって思った。
 8月 7日(月) ゲームネタ。WBSで「戦場の絆」が取り上げられるとは正直思ってなかった。確かに画期的なゲームではあるけれど、あくまでもゲーセンにあるゲームのひとつにすぎないわけで。ちょうど、江戸川花火の時に、ガンダム好きな後輩とその話をしていたところだったので、余計に目に付いたっていうのもあるかもしれないけどね。ガンダムを見て育った世代としては、自分がパイロットになってMSを操縦したいっていう思いは、程度の差こそあれきっとあるだろう。それをどう具現化していくか?っていう過程の中で、さまざまなガンダムをテーマにしたゲームが登場したわけだけど、「戦場の絆」はひとつの完成形を見せたんじゃないかと思う。筐体を置いてるゲーセンが少ないから、やってみたいとは思いながらもなかなか機会がないけれど、一度試してみたいなー、って思う。
 8月 6日(日) 言いたいこと。今日はなんとも言えない時間を過ごした。重要な会合だったはずなのに、最後のほうは酔っ払ってどうしようもないことを喋っていたと思う。でもまぁ、それもこれも私自身だということでご理解いただくとしよう。あの頃と、本質的には何も変わらないけど、でも、いろんなディテールが変わって今の自分が存在している。そのディテールが変わったことっていうのが、今日の自分が伝えたかったことなのかもしれない。これから先も少しずつ変化しながら生きていくのだろうけど、本質的な部分、コアな部分っていうのは決して変わることはないだろう。それを自分自身が受け入れられるかどうか?ちゃんと伝えて理解してもらえるかどうか?それが大切なことなんだろうと思いつつ、帰りのタクシーに揺られていた。
 8月 5日(土) 江戸川花火。今日は江戸川花火。高校の放送部の集まりなんだけど、例年通り大人数でわいわいとやった。隅田川のようなコンテストになってるわけではないので、トータルの流れに沿って花火が上がっていくんだけど、休みなく見続けるのも悪くない。毎年のように2週続けて、隅田川→江戸川と見比べるんだけど、どっちも見応えがあって楽しいね。さて、今年は後輩の1人が結婚して奥さんと、もう1人が婚約をしてお相手を連れて登場し、花火の後もその辺りの話で盛り上がった。ポイントは「後輩が」ってところで、我々の学年はまったく結婚する予定もないのにどんどん後輩に先を越されていくというなんとも言えない心境。私と同学年の1人が「うちらは踏み台の世代だから」と言ってたけど、まさにそんな感じになりつつある。まぁ、それで幸せになる人がたくさんいるならいいとは思うんだけど、踏み台だって踏み台なりの幸せを手に入れたいと思ってもばちは当たらないよね。そんなこんなで、花火の後は小岩でダラダラと過ごして深夜になって帰ってきた。今日は外に居る時間が長かったせいか結構疲れてたようで、帰宅後すぐにバタンキュー。
 8月 4日(金) 包丁男。今日の午前10:00過ぎに、新小岩で包丁を振り回した男が警官を切りつけて、それに対して警官が発砲するという事件が起こった。夏の暑さで頭をやられちゃったのか、それとも元々おかしかったのか、とても怖い事件だよね。なんか、葛飾でそういうおかしな人が暴れる事件が起きたことがちょっとショックだった。まだ新小岩っていうちょっと離れた場所だからいいけど、柴又でこんな事件が起きたらと思うとゾッとする。柴又みたいな昔ながらののんびりした街に、現代の病に侵されたとも言うべきおかしな人が登場したとしたら、なんだかとても奇妙な印象を受ける。そんなことが起こらないようにと思いつつ、最近の警察のダメさ加減に不安を覚える今日この頃だった。
 8月 3日(木) 警察不信。秋田での児童連続事件といい、大阪の女性監禁事件といい、警察が初動捜査をちゃんとやってなかったことが原因で被害が拡大したわけで、最近の警察は何をやってるの?って言いたい。秋田の事件は、最初の被害者の捜査のときに事故死っていう判断を簡単にくだしてしまった結果、被害者が2人になってしまった。大阪の事件は、助けを求めているのを知りながら、緊急性がないという判断を簡単にくだした結果、被害者が長期間に渡って監禁され、暴行を受け続けた。事件が起きたときに、一般人は自分たちの力では解決できないから、警察という存在に助けを求めるわけだよね。にもかかわらず、警察が安易に判断を下した結果、被害が大きくなるっていうのは怠慢以外の何者でもないんじゃないかと思うんだよね。そんな当てにならない警察だったら、自分たちで身を守れるように法律を変えてもらうしかないんじゃないの?例えば民間の捜査機関を作って、警察と同様の捜査の権利を持てるようにするとか、警察に頼らない方法で自分たちの身を守ることができるようにして欲しい。いい加減な捜査や融通の利かない対応とか、本当に市民の生活を守る気があるのかと疑問を抱かせるような昨今の警察を見ていると、どんどん不信感が大きくなっていく。
 8月 2日(水) シナリオ。今日は仕事が遅くなったので、柴又で食事をしようと思って出かけた。そしたら、ボクシングの中継をやってて、常連さんたちみんなで見てた。家にいたら間違いなく見てなかったと思うんだけど、たまたま見てしまった以上、ネタにしておこうと思う。まぁ、テレビを見てたの多くの人たちが思ったように、あれはどう見ても八百長だよね。そこまでして勝つという形にこだわる理由が分からないんだけど、それがTBSの選んだシナリオである以上、いろいろとマーケティング上の根拠があるんだろう。ただ、1ラウンドでいきなりダウンした時に思ったのは、今日は負けて次に再挑戦して勝つっていうシナリオのほうが、ストーリーとしては盛り上がりがあって面白いのかなー?ってこと。てっきりTBSはそういうシナリオを書いたのだとばかり思ったけど、最後になって判定で勝ってしまうというエンディング。これじゃあなんの面白みもないよ。挫折から這い上がるところに感動があるのであって、今日みたいな八百長と言われてもしょうがないような結果を繰り返したところで何も心に響かない。関係者の単なる自己満足に付き合わされているだけという印象だった。これで防衛戦をやるときに視聴率は取れるんだろうか?今日の試合が負けなら、次の試合はきっと視聴率がとれただろうけど、こんな八百長を見た後じゃ、防衛戦を見ようなんて思う人はいないんじゃないかな。その辺を、TBSを初めとした関係者がどういったシナリオで盛り上げようとしてくるのか、そこに少しだけ興味がある。
 8月 1日(火) 割引券。居酒屋の割引券が券面の7〜8割の値段で売れるとは思わなかった。先日、メガネを新調した際に、メガネ屋さんの30%引き券を¥1000弱でヤフオクで入手して、それを使って買ったのね。そのメガネ屋さんは50%引き券も出してるんだけど、それなんか¥7000近くで売られてるんだよ。それでも、私がこないだ買ったメガネで換算すると、¥7000で買った50%引き券を使ったほうが、¥1000弱の30%引き券を使うよりも得なのよ。そう考えると、メガネってけっこう高い買い物だよね。さて、そんな最中、とあるところで居酒屋の割引券をもらった。でも、私はあんまり居酒屋に行かないから、持て余し気味だったのね。そこで、メガネの割引券みたいに、居酒屋の割引券も売れるのかなー?と思って見てみたら、けっこうな出品があった。これはいいやってことで、さっそく割引券を出品したところ、券面の7〜8割の値段で落札と相成ったわけ。たまにどっかからもらってくる割引券とか商品券とかって、使わないうちにどんどん貯まっちゃったり、期限が切れちゃったりするけど、こうやって捌いていったらうまいこと減っていくんだなー。これを機に、少しずつ貯まったものを捌いて、すっきりしていこうかな。