台北のゲストハウス

   山 田 屋 の 山 田 さ ん に 聞 く   (2010-9-1 更新)
   
 


 


 
台北にあるゲストハウス「山田屋」は2007年7月に取材をさせてもらった。その模様は下記の点線以下に掲載のとうりである。それから3年、山田屋はつぶれることなく、今年に入って移転をした。商売繁盛で、営業拡大したのかと、今回、再度、訪問してみた。

 移転先は、元の場所のすぐ近くである。表通りに近くなっている。
 訪ねると、風貌がすこし大人になった山田さんが、にこにこ顔で現れた。私のことは覚えていてくれた。
 移転後の室内は幅が以前より狭いが、奥に長かった。宿としては、これのほうが使いやすい感じである。横に仕切りをいれていけば、別個の部屋になり、寝る部屋、談話室などと区分けしやすい。
 以下、山田さんの話である。▼は筆者、■は山田さんである。

●●●
▼移転は営業拡張のためですか?
■いや、そうじゃないんですよ。前のところが、大家さんの都合で、出なければならなくなったんです。それで、こっちに。
▼私はてっきり儲かって、大きいところに、引っ越したのかと。
■だと、いいんですけどね。
▼部屋の数は、こっちのが、多いのですか。
■だいたい同じです。ただ、こっちのほうが、縦に長いので、使いやすいですね。あと、離れもありますけど。
▼離れもあるんですか。
■混んだときだけ使ってます。ただ、あっちは狭いし窓もない。独りで泊まるにはツラいものがありますね。淋しくなるので、独りの方は、こっちに入っていただくようにしてます。
▼ここ、移転先は、すぐ見つかったんですか。
■すぐ見つかりました。このへん、部屋、空いてるんですよ。それと、僕はこの地区に長く住んでるので、顔見知りが多く、情報は入りやすいんです。

●●●
▼その後、お客さんは増えてますか。
■ぼちぼちですね。リピーターが増えてる。
▼山田屋ファンが増えてるんでしょう。
■だけど、飛行機の席が減って、お客さんは減る傾向にありますね。各航空会社はジャンボ機を飛ばすのをやめて、中型に変えてる。輸送力が減って、余裕がなくなって、格安航空券が出回らなくなってます。ビジネスで来る人いがいの席が、なくなってるわけです。それはすぐに、僕のような旅人相手の弱小会社には影響が出ますね。客が減ってる。沖縄からのフェリーも8月末で終了になります。ジェットスターという航空会社が関西からバカ安の航空券を出したときは、ここ、お客さんが30%増えたんですよ。そういうふうに、入口、というか、インフラ、というか、そこの変化が、すぐに僕の仕事には現れる。結局、台湾は島なんです。飛行機と船いがいでは入ってこれない。そこがもっと増えないと、お客も増えない。はっきりしてるんです。格安航空会社にはもっと進出してほしいですね。
▼航空会社の輸送力が、山田屋の生命線なんですね。
■そうです。

●●●
▼ところで、数年前に来たとき、美女の写真が机にあって、誰か、と聞いたら、彼女だ、と言ってました。彼女とは、その後、どうなりました?
■別れました。
▼台湾の人だったんですか。
■そうです。台湾の女性にも、いろいろいて、英語とか日本語を話すのは、わりと上の階層の人たちですね。この人たちは、日本人の感覚に近いものがありますけど、ごく一般的な人は、まだまだ男に頼りきる、というところがありますね。男はちょっと大変なところがあります。
▼で、別れた?
■いやいや、そういうことじゃなく・・・・・
▼今は新たな恋人を募集中なんですね。
■はい、そうです。

●●●

▼陽に焼けてますけど。
■お客さんと基降に海水浴に行ったんです。
▼ここ、留守番はいいんですか。
■誰も来ない日を選んでます。
▼楽しそうですね。
■私、人と、わあわあやってるのが、好きなんでしょうね。
▼ここ、長く続くことを願ってますよ。
■はい。ありがとうございます。

 話の終了後、ビデオも録らせてもらった。ちょうど宿泊客に、テレビ局で仕事をしている下田麻美さんがおり、インタビュアーをやっていただいた。昼寝をしているところを起こしてしまった。彼女は大の山田屋ファンで、もう何回も来ている。そんなに来ていると、山田屋は台湾の実家、という感じになっているのではないか。
 山田屋には、いろんな人が来る。談話室に座っているだけで、様々な出会いがある。いちど、泊まってみては、いかがだろうか。年齢は高い人も来ており、中高年の方でも、もう若くないから、と躊躇することはない。自由な雰囲気が、年齢など忘れさせるだろう。

                 (文責 春田実  2010年8月10日 台北・山田屋にて取材)
    

山田屋の公式サイトはコチラ
  
山田さんを録ったビデオは コチラ 
   
********************************************************************************************
   
 ←山田 玄(ひろし) さん

    
 台北にゲストハウスは少ない。台北の宿は一般的に高めである。そんな中、最近、山田屋というゲストハウスが評判を呼んでいる。さっそく訪ねてみた。
 山田屋は台北駅から、迷わなければ、歩いて5分くらいのところにある。三越中山店の裏側にある。その三越、台北駅前の超高層の新光三越ではない。新光三越は駅の南側だが、三越中山店は北側である。三越中山店は瀟洒なデパートで、それに接して、裏側に下町的な路地がある。コンビニやコーヒー店や中華食堂がならんでいる。その路地の、デパートが切れるあたりに山田屋はある。1階は四川料理店で、その3階である。山田屋の看板はちょっと小さいかもしれないが、すぐ見つけることはできる。1階で呼びリンを鳴らしてドアを開けてもらう仕組みになっている。セキュリティは万全のようである。
 登場したオーナーの山田さんは、まだ若い人であった。人からは、オジサン、と聞いていたので、初老の男を想像していたが、それはまったく相違していた。私が聞いたのは20歳の男で、彼から見ればオジサンなのかもしれないが、一般的にはまだオジサンと言っては可哀相な年代の人である。南国生まれのような、もそっとした感じがあり、笑顔の可愛い人である。さっそくインタビューをさせてもらった。お名前は山田玄(ひろし)さんといい、宿には自分の名前をつけている。わかりやすい。以下、▼は筆者の質問、■は山田さんの回答である。

●●●
▼ご出身は、どちらですか?
■横浜です。
▼意外ですね。南国のほう、たとえば沖縄の人かなと、思いました。
■よくそう言われます。でも横浜なんです。
▼お酒は、強そうですね。
■はい(笑)
▼いま、おいくつですか?
■30代の後半です。正確な年齢は勘弁してください。
▼人からは、オジサンだ、と聞いてましたから、もっと年配の方を想像してました。
■心外だなあ(笑)
▼このゲストハウスはいつ、開店したんですか?
■去年、2006年の12月です。開店してちょうど半年が過ぎましたね。
▼この宿をはじめるまでの経緯を教えてくれませんか?
■学校を卒業したあと、私は東急のホテル・チェーンに勤めました。その会社が危なくなって、職場環境も悪くなったので、辞めてしまいました。2001年のことです。それから、旅が好きなので、しばらくヨーロッパに行きました。そして、ひょんないきさつから、パリのカフェで3ケ月、働くことになりました。皿洗いとか、ですね。これは楽しかった。友達もできたし、ほら、パリって、綺麗な街じゃないですか。いるだけで嬉しかったですね。ビザに制限がなかったら、もっといたかった。そのあと、日本にもどって、仕事をしたり、旅をしたり、ぶらぶらして、はじめて台北に来たのは2005年の4月です。中国語を学ぼうと思ってました。理由は特にありません。言葉が好きだったのと、その頃から、台北で仕事をしないかという話もあったのです。古い恩師にTサンがいるんですが、Tサンは、そこの三越さんを相手に仕事をしていました。アパレル関係の卸や、オーダーメイドのバッグを作ったりしていました。この場所は、そのための倉庫兼作業場だったのです。それで、この場所が空く、というようなことになり、何か新しい商売を始めよう、という話になり、Tサンは、私がホテルに勤めていたのを知ってますから、それに旅好きなのも知ってる。どうだ、宿をやってみては、というような話になり、ならば、ということで、私がこの場所を借りる形で、ゲストハウスをはじめることになったのです。だけど、Tサンは大きな勘違いをしていた。私はホテルに勤めていたといっても事務をやっていただけで、接客やホテル・サービスのことは、ぜんぜん知りません。私は単なる事務屋です(笑)。ま、しかし、私も面白そうだったので、話に乗りました。
▼なんか、波乱の幕開けですね。
■はい(笑)。

●●●
▼ここの内装はどうしたんですか。部屋の仕切りとかですね。最初はフラットな平面だったんですよね。
■ぜんぶ自分でやりました。金はないですから。古い家具を裂いたり、つなぎ合わせたりして、大胆にやりました。この大机を見てください(下を覗いて)。2つの机を合体させてるんです。こうやってカバーをかけると、そんなの、ぜんぜんわかりませんよね。
▼確かに。山田さんは力もありそうだし。
■あります(笑)。
▼開店して半年がたちましたけど、お客さんは来てますか?
■ピンチの月もありましたけど、ほぼ順調です。
▼やはりお客さんには日本人が多いのですか?
■そうとも限りません。西洋人や韓国人なども来ています。日本人が多いことは多いですけどね。
▼日本人は若い人が多いのですか?
■いや、定年後の方なども、来られます。お客さんとしては、私は高齢者のほうが好きですね。
▼なぜですか?
■若い人の場合、沈没っていうんですか、えんえんと長くいる、というのも、ちょっとなあ、と思うのです。台北は物価が高いといっても、日本に比べれば、まだまだ安い。それで、安い費用で、台北にずっといるというのも、何か健康的でないような気がするのです。
▼ゲストハウス経営でつらいことはありますか?
■やっぱり、お客さんが、ひとりも来ないときです。経営的にも困りますが、誰もいないと、話し相手がいなくて淋しいんですね。がらんとして。
▼そう言えば、お客さんとは、一緒に食事に出たり、飲みに行ったりもするみたいですね。山田さんは、ざっくばらんで楽しい人だという評判は聞いています。
■この仕事で楽しいのは、いろんな人の話を聞けることですよね。こっちが積極的になったら相手に迷惑でしょうが、お客さんが望むなら、食事でも飲みでも、一緒に行きますよ。いろんな人と話すのは勉強にもなるし。
▼今は、月に何人くらい、お客さんは来てるんですか?
■ここ、そんなに広くないですからね。めいっぱい来ても、たいしたことはありません。5月は延べで150人でした。それでも、宿泊費が安いから私の生活はかつかつです。
▼宿泊費は1泊500元ですからね。非常に安い。
■はい、安いです。
▼もっと客のはいる、広いところに移転するとか、そういう計画はあるのですか?
■いや、ないですね。まだ始めたばかりなので、なんとも言えませんが、営業面積を増やすというより、宿の設備を良くして、宿代など上げていく方向に進みたいですね。上げる、と言っても、そんなにバカ高くするとか、そういうことはないですけどね。
▼ずっと将来のことは考えてますか? ずっとゲストハウスをやりますか?
■あまり将来のことは、わかりません。ただ私は長男だし、横浜には両親がいるし、いずれは横浜に帰るのかな、とは思ってます。
▼山田さんは台北暮らしが長いのですが、この台北という町は、どう思ってますか?
■この町にはもう、なんでもありますよね。生活には困らない。好きな町ですよ。でも、町の規模でいうと、東京と比較した場合、渋谷とか、新宿など1市街規模の町ですよね。小さな規模の町だという気がします。私が生まれる時に、神様は地球上で東京および横浜という大規模の町を選んでくれたのに、その事に背いてていいのかな、と思うことはあります。ちょっと物足りないな、という、そんな感じはもってます。
▼パリと台北では、どっちが好きですか。
■う〜ん、パリかな。町の規模、ということではなく、町の美しさ、という点からね。
▼山田サンは都会人なんですね。
■ええ。田舎は苦手ですから。あっ、台北が田舎で苦手ということではないですよ。台北は都会ですからね。
▼最後に、お聞きしたいのですが、あのテーブルに置いてある写真の女性は誰ですか? (額にはいった写真で、スポーティな感じの美女がほほえんでいる)
■(顔を赤らめ)えっ、ああ、彼女です・・・
▼本日はありがとうございました。

 インタビューの終了を待っていたかのように、山田さんの携帯電話が鳴った。お客さんからだった。台北駅に着いたらしい。山田さんは電話が来れば駅まで迎えに行く。
 山田さんと一緒に出口に向かったところで、宿泊客の女性とぶつかった。美しい女性である。ひとり旅のようである。こういう女性も泊まりに来ているようである。すこし立ち話をしたが、山田屋の宿泊を楽しんでいるようであった。口コミで、山田屋の安心度、清潔度、何よりオーナーの人柄の良さは広く伝わっているようである。だから女性客も引き寄せる。
 「また遊びに来てください」と私に言い、山田さんは、あわただしく外に出ていった。

                  (文責 春田実  2007年7月19日 台北・山田屋にて取材)
 

  
山 田 屋 さ ん の サ イ ト は コ チ ラ
  
  
▼ 下は山田さんがくれた山田屋のチラシ

  なお、宿泊代は現在、1泊500元になっている。
 
  
  ●関連の旅日記はコチラ