神話の昔よりヒトの語り継ぐ物語に登場してきたカラス。それほど昔からカラスはヒトにとって身近な存在であったことがうかがえる。昔話や寓話の中で、サルの尾はなぜ短くなっただの、エビの腰は何故曲がっただの、いろいろこじつけ自分なりの解釈を加えるのが大好きなヒトは、当然カラスのトレードマークである全身黒一色の装いについても、その理由についてさまざまな憶測を飛ばしている。ここでは、そんな古のヒトビトがひねり出した「珍説・カラスが黒い理由」をいくつかご紹介する。

珍説その1 重ね塗りの悲劇
 
 熟年女性の話ではない。カラスの羽はフクロウにより染められて黒くなった、という説。この気の毒にも滑稽な説は、タイの昔話だとか秋田の民話だとか諸説ある中、童話作家の松谷みよ子氏の手により「ふくろうの染め物屋」の名で広く世に紹介されている。物語は以下のとおり。

 昔々、世の鳥はすべて白一色の羽色で、バリエーションというものが存在しなかった。
 そこに目をつけた知恵者のフクロウ、あまたの染料を集めて回り、「美白の時代は終わった。貴方の感性とライフスタイルにぴったりの羽色を手に入れませんか」と広告を打って染め物屋として起業した。
 鳥業界初の取り組みは鳥たちの注目を集め、染め物屋の開店と同時に物見高い鳥たちが一斉に駆けつけた。とはいえ、これまで慣れ親しんだ羽色を変えるのは客の鳥にとっても勇気のいること。知恵者フクロウはお客様に対する個別のカウンセリングを充実させ、きめ細かい対応を図ることで鳥たちの不安を取り去った。

 ツバメ「エレガントな中にも一点アクセントを感じさせたいんだ」、フクロウ「ホウホウ」
 スズメ「田んぼで稲穂ドロしやすいように迷彩柄でお願いします」、フクロウ「ホウホウ」

 フクロウのマーケティングリサーチは図にあたり、染め物屋は大繁盛。鳥たちは我も我もとサロンに押しかけた(中にはハクチョウのように「白のままでいいッス」という不精な鳥もいたが)。フクロウは不眠不休、寝食を忘れて染め物を続けた。
 
 そして、鳥たちの染め物も一通り落ち着いた頃、それまでじっとブームをうかがっていたカラスが、満を持して染め物屋の暖簾をくぐった。鳥の中でも洒落者と名高いこのカラス、ほかにはない最も美しい羽色にしてもらおうと機会を待っていたのである。フクロウは既に疲労困憊の態であったが、ここは客商売、愛想よくカラスを迎えた。

 ところがこのカラスの注文の多いこと、やかましいこと。

 アーでもない、カーでもないと指図しつづけ、フクロウは最早朦朧とした意識の中、カラスの指図に従って機械的に刷毛を振るうのみ、その狂宴は永遠に続くかと思われた。

 のだが。

 ふと気がついてみると、重ね塗りを重ねた羽は、いつの間にかすべての染料が交じり合って、全身真っ黒に染め上げられてしまっていたのだった。
 この惨状にカラスは烈火のごとく怒り、クーリングオフを要求し、弁護士を呼べと叫び、警察は何をやってると騒ぎ立てた。フクロウはホウホウのていで逃げ出し、自宅に引きこもって嵐が去るのを待った。カラスはなおも騒ぎまわったが、日が暮れたので、仕方なくねぐらへと帰っていったのだった。
 以来、フクロウはカラスのクレームを避けるために、カラスが眠る夜間に活動時間帯を移し、カラスはフクロウを見かけると、集団で騒ぎ立てて追い回すようになったそうな。 

 荒唐無稽ではあっても、ところどころ微妙に筋が通っているこの説。フクロウがカラスを黒く染めた云々はともかく、カラスとフクロウの仲が非常に険悪であることは事実である。フクロウはカラスの数少ない天敵のひとつであり、それぞれ昼と夜の制空権を制する彼らは、互いの寝込みを襲い合うこともあるらしい。古のヒトビトは、そんな緊張感に満ちた様子を目にして、かような物語を連想したのかもしれない。
 また、カラスの羽は、黒一色のようでいて、よく見ると光の加減で緑や紫の光沢が浮かび上がるのだが、それも解釈によっては「重ね塗りした地色が浮かび上がっている」と見えなくもない。誰が考え出したか知らないが、かなり頑張って理屈をつけたものである。その努力は買いたい。


珍説その2 日焼けでこんがり

 不思議なことに、地域を問わず世界中の神話や昔話において、
カラスと太陽とは密接な関係にあることが多い(これについては「カラスと太陽の不思議な関係」にて後述)。
 太陽あるところ日焼けあり、の発想からか、カラスが黒い理由を
「日焼け」とする説がいくつかの神話にみられる。

アイヌ神話 「太陽を引っ張り出したカラス」
 
 昔々。神がまさにこの世を造りださんとせっせと改修工事に励んでいた頃のこと。ある日突然太陽が姿を消してしまった。
 何故そんなことになったかについては、「太陽がいきなりへそを曲げた」とか「魔物に飲み込まれた」とか諸説あるが、とにかく神は作業に水を差され大弱り。どうしたものかと嘆息をついた。
 そんな神を見かねて一肌脱いだのがカラス共。仲間を集めて地表裏に潜っていた太陽を探し出し、皆で咥えてわっせわっせと地平線上に引っ張り出した。
 かくして地上には再び太陽の光がふりそそいだものの、カッカと燃え盛る太陽を咥えて引っ張り出したものだから、カラス共は皆真っ黒に日焼けしてしまっていた。
 以来、カラスは黒い姿となったが、このときの功績は神に深く感謝され、その後、時折里に下りてヒトのものをかっぱらうようなマネをしても、神からの咎めを受けずに済んでいるという。

 アイヌのヒトビトの間でも、神話の昔からカラスはヒトのものをかっぱらうようなマネをしていたことがわかる貴重な話。それで「お咎めがない」というのがおおらかでいい。自然の恵みに感謝する心を忘れないアイヌのヒトビトらしい説である。

ギリシア神話 「太陽神の使者だったカラス」

エピソード(1) 不倫の代償
 昔々。カラスは銀色に輝く羽が美しい真っ白な鳥であった。彼らは太陽神アポロンに仕え、世界中を飛び回って目にした出来事をアポロンに報告する役割を負っていた。
 ある日、いつものように巡回監視を行っていたカラスは、あろうことかアポロンの妻の不倫現場を目撃してしまう。「あれま」とカラスが思ったかどうかは定かではないが、そこは仕事中の身、職務に忠実なカラスはその場を飛び去り、自らの見たままを主人であるアポロンに報告した。

 さて。ギリシア神話に登場する神々は、首から上に脳味噌の代わりに筋肉か性本能のいずれかがぎっしり詰まっているのは周知の事実。寝耳に水の妻の不貞を聞かされたアポロン、たちまちおツムが大噴火。激怒の焔に身を焦がしながら足音荒く帰宅すると、可愛さ余って憎さ百倍、怒りに任せて妻を絞め殺してしまった。
 殺ってしまってハッと我に返ったが後の祭り。家庭は崩壊、恋女房は無残な死体と化して横たわり、アポロンは覚めやらぬ怒りと癒しえぬ傷心を抱えたまま一人残された。
 
 これが人間世界での出来事であれば、近所に住むアテナか誰かの通報により公安が駆けつけ、茫然自失のアポロンの両手が後ろに回るところだが、そうは行かないギリシアの悲劇。憤懣やるかたないアポロンは、その怒りの矛先を密告者カラスに振り向けたのである。
 「貴様が余計なことを吹き込まなければこんなことにはならなかったものを…全部貴様のせいだ!」

 おいおい8割がたアンタのせいだよ、などというツッコミは神様レベルの方々に及ぶものではない。アポロンの怒りの焔で焼かれたカラスは真っ黒に焦げ、そのまま人間世界へと追い立てられてしまったのであった。とさ。

 元祖逆ギレ物語。職務に忠実だったあまりに上司の理不尽な怒りをかい、子々孫々まで黒い姿になってしまったカラス。これだけだと単なるとばっちり物語だが、カラスに関するギリシア神話については、結果はこれと同じだが過程の異なるエピソードがある。

ギリシア神話 「太陽神の使者だったカラス」

エピソード(2) 虚言の代償
 昔々。カラスは銀色に輝く羽が美しい真っ白な鳥であった。彼らは太陽神アポロンに仕え、雑用などをこなしていた。
 ある日、水汲みを命じられたカラスは、あろうことか池で遊び惚けて帰りがすっかり遅くなってしまう。「あれま」とカラスが思ったかどうかは定かではないが、そこはお調子者の身、嘘吐きなカラスはその場を言いつくろおうと、口からでまかせの言い訳を主人であるアポロンに報告した。

 さて。ギリシア神話に登場する神々は、首から上に脳味噌の代わりに筋肉か性本能のいずれかがぎっしり詰まっているのは周知の事実。ふざけたでまかせを散々聞かされたアポロン、とうとうおツムが大噴火。
 「仕事を怠けるだけならまだしも、反省もせずにくだらない言い訳を繰り返すとはけしからん」(お、珍しく妥当だ)

 アポロンの怒りの焔で焼かれたカラスは真っ黒に焦げた。それでも腹の虫の収まらないアポロンは、真っ黒になったカラスをつかみあげ、夜空にピンで貼り付けてしまった。
 かくして夜の星座のひとつとなってしまったカラス。彼は今でも夜空に貼り付けられているが、何しろ真っ黒な姿であるため、地上から見えるのはカラスを留めているピンだけである。ヒトビトはそのピンを「カラス座」と呼ぶようになった。んだとさ。
 
 ことの真偽はいざ知らず、物語に出てくるカラスの基本性格「嘘吐き」「おしゃべり」を押さえた、ある意味オーソドックスなエピソードといえるだろう。

 ところで、この神話の中でカラスはアポロンに世の中の出来事を報告する役割を負っているが、実は、これと同じ役割を与えられているカラスが別の地の神話にも存在する。それは北欧神話。北欧神話の主神オーディンの肩には、「フギン(思考)」「ムニン(記憶)」という名の二羽のワタリガラスがとまっており、世界中を飛んで、目にしたことをオーディンに報告している」のだそうだ。土地は違えど、カラスがよく似た位置づけとなっているのが興味深い。


 …さて、諸説珍説省みて。古よりヒトが知恵を絞ってなんだかんだと(屁)理屈をつけてみても、よくわからない、カラスが黒い理由。21世紀の現在に至っても、はっきりとした科学的な説明はできていないのが現状だ(いろいろな説は出ているが)。結局のところ、ヒトは、未だカラスの羽色の謎については珍説続出の段階にあるといえるだろう。