愛情の対象は少なくとも正常な外観を保持していることを強いられる。毒虫を愛することは誰にもできない。たとえそれが自分の身内であっても。グレゴールの妹にもそれはできなかった。多様な読み方が可能な一作。(1983年7月27日)
「変身」よりは面白みがあったが、単にストーリー性という観点からの印象に過ぎない。作者の意図がつかめない。(1983年8月11日)
(岩波文庫)「掟の門」は不可解ながらも奥深い意味を感じさせる。それに反し「判決」は取り付く島もない。前衛的と言っていいのか? しかしつまらない、というわけではない。「田舎医者」や「火夫」はよく我々が見る悪夢に似たストーリー展開を持つ。常に”気がかりなこと”が存在し、それを解決しようとあせるほど、主人公はそこから遠ざかっていく。”気がかりなこと”はしたがっていつまでも”気がかりなこと”のままあり続ける。「流刑地にて」、「中年のひとり者ブルームフェルト」には、特に”組織”というものの不可解さが中心にある。すべての作品は、他の作家のどれにも類似しないオリジナリティを持っているが、わざとらしくなく、作者自身の自然な形での表現であると思わせる。(1991年12月17日)
物語の展開を中心にした小説であり、若い主人公の成長過程の一断面を描いたものとも取れる。しかし、そのように明快な筋立てでありながら、全篇になんとも形容しがたい奇妙な、不気味な雰囲気が漂っている。確かに現実ではあるが、とても現実とは思えない奇妙な感覚。それは、夢を見ているときの気持ちに似ている。取るべき行動が決まっているのに、それを邪魔するものが次々に現れ、主人公自身がそれに絡め取られていく。甲板に置いてきたトランクに象徴される”気がかりなもの”が常に存在し、読む者をもどかしくさせる。テレーゼの語る母親の死のエピソードや、ブルネルダの生き様は、意外にも、ドストエフスキーを思わせる。(1993年4月16日)