(上)同じ私小説である『死の棘』が、自己の奥深い内面を探求しようという意図が見られるのに対し、この小説は身の周りに起きた出来事を順を追って記述し、実在の登場人物や周囲の人間への配慮が乏しい。ストーリーは面白いし、主人公の奔放な生き方もわかるが、自分の行動や執筆によって多くの関係者に影響を及ぼしていることに対する作者イコール主人公の洞察力が欠如している。日本文学に私小説というジャンルがあるからといって、最初からフィクションの構築という試みを放棄し、当然のことのように実生活を如実に描いていくことには疑問を感じる。(1995年6月16日)
(下)主人公の精神態度、ひいては作者自身のそれに疑念はあるものの、ここまで奔放に徹底した生き方を見せ付けられると、引き込まれ、喝采したい気分にもなる。とくに洋行して以降の展開は、エドガー・アラン・ポーの冒険小説のようだ。文脈も吟味されていないと感じる箇所もあり、あたりかまわず書き散らしている感もあるが、誰にも真似できない特異な生き方をした人間の記録であることは肯定せざるを得ない。最後の、すべての女を失い、次郎も死に、ホテルの一室にこもって連日酒を飲み続ける荒涼とした悲愴な描写は良い。(1995年7月14日)
『リツ子 その愛』では、冒頭から歯切れのいい、力強い文体が、主人公の、戦争や妻の病などの不幸を乗り越えて生き抜こうという強固な生への意志を感じさせる。戦争で荒れ果てすさんでいく日本、この先どうなるかわからない時代の不安と、妻の病の進行とが重ね合わされる。後半、海辺に移ってからの牧歌的な風景と、人々とのふれあいが、荒廃した時代状況の中で嘘のようだ。『リツ子 その死』では、『その愛』を引き継いではいるものの、さすがに重く、暗い。静子へ抱く恋愛感情の認定は、主人公の心の揺れや不安定さを示すためのものであろうが、ややとってつけたような不自然さを受ける。(1997年4月9日)