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「果てしない物語」と思われた旅行記&番外編もいよいよこれでお終いである。 形式から言うと、この「エピローグ」は旅行記本編の最後に来るべきだったのだが 旅行中と旅行後で区別するため番外編の後にすることにしたのだ。 つまり、これからの話しは旅行から帰宅したその後のことである。 帰宅翌日のはなし。 前日は帰宅当日でみんな疲れているということもあって、 隣に住む義姉も「おかえりなさい」と顔を見に来ただけですぐに帰った。 翌朝、いつもの日課で義姉が朝食時にマイカップを持ってコーヒーを飲みに来た。 彼女は自分の旦那さんを送りだした後、いつもうちにコーヒーを飲みに来るのだ。 彼女のうちでは朝食は和食なのでコーヒーをいれない。 それで、朝食がパン食でコーヒーを(豆から曳いて)入れる我が家に来るのだ。 (そのため、うちでは10人前用でコーヒーをいれる。) いつもならちょっと話したあと、自分のコーヒーカップを手に帰るのだが その日は椅子にどっかり腰をおろして旅行の土産話を聞く体制に入った。 義姉「アメリカはどうだった?」 義母「そうねえ。面白かったわよ。いろいろ連れていってもらったし。」 ヒデ「あちらの会社の人の知人が失業中のタクシードライバーで ずっと運転手とガイドをやってくれたの。」 義姉「へえ、じゃ良かったじゃない。食事はどうだったの?おいしかった?」 義母「そうねえ。あんまり、、、、。一日に一食しか食べなかった日もあるし、、。 それもおいしくないホットドッグ1個よ、、、。」 うひゃーーー。まだ根に持ってるんだな。(知らない人はロス4日目を参照) これには下手に触れない方がいいぞ。 義姉「ねえヒデさん、そんなに食事ひどかったの?」うわー私に振らないでーー。 ヒデ「あ、、いや、その、、。やっぱりあれですね。なんて言ってもボリュームが 日本のそれとは違い過ぎるし、お義母さんにハンバーガーやホットドッグってのは そればっかりだとちょっとつらいもんがあったかも、、、。私や子供は平気だったけど。 でも、日本食も食べたし、お義母さんは御寿司も食べたんですよね?。」 義姉「へえ、御寿司食べたの?どうだった?美味しかった?」(おお、いいぞ、その調子。) 義母「美味しかったわよ。すごく。お魚が新鮮でとっても。 あっちの会社のOさんが連れて行ってくれたのよ。 ヒデさんたちが遊園地に行ってるあいだ、ひとりの私を観光案内してくれて。 ◯◯ちゃん(←旦那さんつまり息子のこと)のアパートの前にある 『あさくま』っていう御寿司屋さんに連れて行ってくれたの。」 「あさくま」はOさんがよく行くらしいのだが、旦那さんはこのお店が嫌いである。1回行ったきり。 なぜなら店員の態度が悪いからだという。店のオーナーのオヤジさんは 20代で渡米しかれこれ40年もやっている寿司職人だそうだが カウンターの中にいる従業員が客を無視して私語ばかりだそうだ。 「客は寿司を食べに来ているんだ。従業員同士の世間話を聞きに来てるわけじゃない。 いくらうまい寿司を出しても接客業の基本ができてない。 それをオヤジさんも注意しない不愉快な店だ。高い金払って行くとこじゃない。」 以前にもちょっと触れたが彼は接客サービス業者に対してはとても厳しい。 たぶんそれは彼が学生時代にちょっとだが「おミズ」の世界にいたことがあるからだろう。 詳しいことは良く知らないが、放蕩留学生だった彼はNYのキャバレーかなんかで 一時期フロアマネージャーをやってたらしい。(この事を彼の親姉妹は知らない) 職種は違うが現在もお得意さんとの接客は仕事のうちなので、 やはりその点に対しては自他ともにとても厳しい。 普段家では(たぶん会社でも)かなりいばっているのだが(私には「馬の耳に念仏」) 以前家族で行った見本市でお得意さんに会った時 その腰の低さにびっくりしてしまった。おべっかは使わないが徹底したサービス精神である。 あれで、もうすこしユーモアのセンスがよければ満点であろう。←哀しいほどオヤジセンス。 おっと、、話しがちょっと脱線してしまった。帰ってきてからの話だった。わはは。 今度はお土産のはなし。 その隣の義姉にティファニ−のピアスを買ったのはみなさんも御存知であろう。 しかし、あとで考えるとそれ以上にたくさん子供達にお小遣いを貰っていたのである。 それで、帰りの飛行機の機内販売でさらにブルガリのスカーフを購入。 これは白黒の幾何学模様でかなりオシャレ。ホントは自分に欲しかったのだが 同じ物を買うのもなんだし、値段も考えるとちょっとためらってしまう。 それで、自分用にはなぜか3800円のディオールの ネイルエナメルミニチュア5色セットというのを買ってしまった。わはは。 というわけで隣の義姉にはティファニーのティアーズドロップピアスと ブルガリのスカーフ、そしてロス空港で買ったゴディバのチョコを、 もうひとりの大阪にいる義姉にはやはりティファニーのねじれアメ形ピアスと (私と同じ)ディオールのネイルエナメルミニチュアセットとゴディバのチョコを プレゼントしたのだった。みんなとても喜んでくれたので良かったです。はい。 あの「テング印のビーフジャーキー」大袋11個は5日間の命だった。 私と義母がほとんど食べないうちになくなったのだ。 まあ、そんなことだろうと実はもうひと袋、ロスのスーパーで買ったビーフジャーキーを 旦那さんに持たせたカリフォルニア米の袋の底に入れて隠してあった。 しかし、子供達の嗅覚はすごいものがある。ちょっと油断したすきに見つけて 食べられてしまった。恐るべし、餓鬼ども。(でも、旦那さんも一枚噛んでいたらしい) さて、気になる体重のはなし。 あれだけボリュームたっぷりの食事を毎日取っていたので さぞや重くなっただろうと内心心配していたのだが 体重計に乗ってびっくり!2キロも痩せていた! 冷静に考えると、確かにそうかもしれない。いつも寝坊していたので朝食抜き。 3食きちんと食べたのは全日程の半分くらい。 それに毎日出掛けて歩き回っていたからね。とくに遊園地。 私はごくたまにTDLにマーケットリサーチに出かけるのだが その時は半日で1キロは痩せる。1日いると2キロは痩せる。 一人で行くので食事も簡素で、かつ、ランド内をともかく歩き回るからだ。 今回は(単独ではなかったにしても)遊園地を1週間のうちに3ケ所もまわったので 食事のボリュームは多かったけど、消費も多かったってことかな。わはは。 (しかし、その後お土産のチョコをバカ食いしたので現在はしっかり戻っておつりが来ている。とほほ) この旅行での私の感想はつらつら書いてきたのでみなさんもなんとなくわかるだろう。 ところで子供達はいったいどう感じたのか? 彼等に聞いてみたがはっきりしない返事ばかり。広いとか人間がデカいとか。 しかしそんなにカルチャーショックを受けたようでもない。 私の子供時代と違って「アメリカ神話」などなく、物に不自由することもなく 世界的に優れた日本製品に囲まれて育ったせいだろうか? 言葉が話せない不自由さはあっただろうが、尻込みするような姿はなかった。 時代の違いなのか、個々のキャラクターの違いなのか、とてもなじんでいた。 いづれにせよ本人達が「行って良かった。」と言っている事がうれしい。 それにちょっとは「もう少し英会話を勉強しよう」という刺激にもなったようだ。(←私も) 例のユニバーサルトラブルの時 「アメリカなんか来なきゃよかった!日本で留守番していたほうがよっぽどよかった!」 とさかんに言っていた御仁も帰って来て義姉に話している時は 「楽しかったわよ−ー。お店(←ロデオドライブのことらしい)もいっぱいあって 良かったわよーーー。今度一緒に行きましょうよ。」と前向きな姿勢。(笑) 実際のところ「今度」があったとしても、子供と義母の行動を同じにするのは無理がある。 あまりにギャップがありすぎる。義母には専用にガイドが必要である。 まあそれもいまのうちだけで、そのうち子供達はひとり歩きするようになるだろうけどね。 そうすると私が義母の添乗員になるのか?うーーん。 これまたキャラ、興味ともに全く違うので難しいかも、、、。うーーん。うーーん。 (↑↑↑まだどこへ行くとも決まってないのにすでに悩んでいる←バカ) また幸運にも旅行する機会に恵まれたら、ふたたび旅行記を みなさんにお目にかけることができるかもしれません。 その時はまたよろしく! |