◆ REI=ZERO/アメリカ旅行記 ◆

2002年3月25日〜4月2日、ロスアンジェルス滞在記7

4月1日(月)ロス出発


今日はついに帰国の日。
ロス発11時55分アナ0005便で出発予定。
1週間の滞在は長いようで短かったなあ。
なんだかんだ言って毎日出掛けたのでかなり内容は濃かったような気がする。
旦那さんの会社の人達には随分とお世話になったけど
そのおかげで、私達だけではとても行けないようなところに
たくさん連れて行ってもらったからね。

9時に約束どおり、マイキがロビーに現れて、チェックアウトの手続きをしてくれた。
彼は普段「夜型人間」なので朝はとても弱いそうだが、頑張って早起きしてくれたらしい。
会社は一応9:30〜17:30が就業時間だが
アメリカ人のEさんやJさんは8時過ぎにはもう出勤してくるらしい。
そのぶん17時ごろには大抵帰ってしまうそうだ。(家庭サービス)

一方、マイキは朝9:30ギリギリもしくはもっと遅くに出社し、夜は23時、24時まで働いている。
なぜかというと日本の会社の就業時間に合わせて、
できるだけリアルタイムで交信をはかっているからだ。
まあ、それも独身だからできる技かもしれないけどね。(苦笑)

9:30にモーさんが到着。
ひととおりの挨拶の後、マイキは出勤。(ホントにありがとうございました)
モーさんによると「Oさんはひとつ仕事を終えてから空港に見送りに来る。」そうだ。
みんなの荷物を車に詰め込んでいよいよホテルを後にする。
(もちろん昨日もらった段ボールにも荷物がぎっしり詰まっている。)

空港に行く途中で、今度事務所が移転するというビルを教えてもらった。
今のところは手狭になったので、空港のすぐそばのナショナルバンクのビルに
移転するのだそうだ。(その時すでに契約段階に入っていたが6月現在まだ引っ越しはしていない)
その1ブロックとなりにはホテルもあるので
そのうちに旦那さんも今のアパートを引き払って、そのホテルを使用するようになるかもしれない。


****** ロスアンジェルス空港 ******


10:30少し前に空港到着。
駐車場から有料カートに荷物を積んで、空港内に入る。

空港は広いのでANAのチェックインカウンターがどこにあるのかわからない。
しばらくみんなでうろうろしていたが
モーさんが「捜して来るからここで待ってて。」と行ってしまった。
ふと見ると、近くの案内板にANAのカウンターの場所が示してある。
もうひとつ向こうのエリアだ。でも、、モーさんはなかなか帰ってこない。
そのうちやっと帰ってきて「たぶんあっちだと思う」というので
案内板を指し示すと「おお、やっぱりあっちだ!」(オイオイ)
とうとう(せっかちな)私が先頭に立ってみんなを引き連れて行った。
本当はモーさんに船頭の役をやってもらうのがいいんだろうけどね。
さっさとチェックを済ませて、免税店で土産のビーフジャーキーを買いたかったので
すこしでも時間が惜しかったのだ。

ANAのカウンターには日本語のはなせる係員がいたので日本語で
チェックインの手続きと荷物を預けていたら
モーさんがいきなり次男坊を捕まえてカウンターの美人お姉さんに
「これも荷物です。箱に入れて飛行機の荷物部屋に積んでください!」とのたもうた。
「よせよ!なんだよ!」とあばれる次男坊をがっしと押さえながら
「ロープ!ロープ!」と笑いながらモーさん。
ロス最後のモーさんジョークである。ははは。

帰りは義母だけがビジネスクラスだったのだが
また「VIP専用ラウンジ」の利用券を人数分貰う事ができた。やった!
また、しこたま詰め込んでいこう。もちろんお腹、お腹に、ですよ。(ホントか?)がはは。

フライトインフォメーションを見ると、私達の搭乗予定の飛行機は
出発が30分ほど遅れるらしい。ありがたい。買い物の時間に余裕ができた。
チェックを済ませ免税店の方へ向かうところでOさん発見。
忙しいのにわざわざ見送りにきてくれたのだ。(ホントにお世話になりました。)
とくに難しい義母の相手をしてくれて感謝感激である。
もちろん最大の功労者はモーさんであるが、、わはは。

さて、ロス最後の御買い物はビーフジャーキーである。
これは今回来なかった長男へのお土産。
うちの家族は全員ビーフジャーキーが好物だが、とくに長男が大好きなのだ。

彼が今回の旅行に参加しなかった理由は以前にもちらっと触れたが
長男は今年の2月に学校の修学旅行で4泊5日ハワイに行ったのである。
その時に出た食事がことごとくはずれ。まあ、そうだろうねえ、修学旅行だもんね。
「なんでステーキの上にパイナップルが乗ってるんだよ!」
「肉なんかまるでゴムで食いちぎれないんだぜ!」
「チキンもソースがやたら甘くてさ。砂糖ぶっかけたみたいだ。」
「アイスクリームもデカけりゃいいってもんじゃないよな!」
「腹減ってしょうがねえから、お菓子でもいいやと思って買ったら
すっげー色でさ、あんな気色悪い着色料なんて食えないよ!(怒)」
「唯一食べれたのは、ポテチとチキンの塩胡椒で焼いたやつだけ!」
「もう2度とアメリカにはいかない!」(オイオイ、それはハワイだってば!)

激怒する「食事命」の長男に「ところでさ、、、お土産は?」と私。
「ん?ああ、、、ビーフジャーキー5袋買ったんだけどさ、
あんまり腹減って、ホテルでぜんぶ食った!」
ぬわにぃ〜〜〜〜〜??あんなに小遣い持たせたのに?!(200$+3万=昼食代含む)
「残ったお金はどうした〜〜〜?」と問いつめると
「日本円は新しい携帯に化けた。(もちろんカメラ付き)
残ったドルは全部ベッドチップに置いて来た。50ドル。」
あきれて物も言えませんな、、、、、。大バカ者。
(ベッドメイクの人はさぞや喜んだでしょうよっ!)

とまあ、こんないきさつがありまして、今回不参加だった長男には
金目のお土産は買わず、ビーフジャーキーのみを買って帰る事にしていたのだ。
それで、免税店に入るとすぐにビーフジャーキーを購入。
レギュラー8袋、テリヤキ味1袋、ペパロニ味2袋、合計11袋。
もちろんすべて大袋。(これでも幾日も持たないとは思うが、、)
あとは、義姉や陶芸教室の人達にとチョコレートを購入。
子供達も友達のお土産にやはりチョコレートを数種。
義母もOさんとモーさん、自分の兄妹のために買った。
そしてモーさんが子供達のために「飛行機の中で食べなさい。」と
大量のチョコレートを買ってくれた。(ハンパじゃない量。1キロくらいある)

そうこうしているうちに出発1時間前を切った。
まだ少し時間に余裕があるのだが義母が
「あんまりOさんとモーさんに時間を取らせても悪い。」というので
搭乗ゲートに向かう事にする。
義母、ヒデ「本当にいろいろお世話になりました。おかげで楽しい旅になりました。」
O&モーさん「楽しんでもらえて良かったです。また遊びにきてください。」
幾度もの挨拶の後、とうとうOさんモーさんと別れ
搭乗ゲートへのエスカレーターに乗る。

荷物検査の後、エレベータで登り「VIP専用ラウンジ」へ。
せっかく券を貰ってるんだから使わなくちゃもったいないよね!わはは。
え?これがあるから、早くOさん達と別れたのかって?
いえいえ、決してそんな事はあります。(バコッ)

「VIP専用ラウンジ」は行きに経験しているので今度は
あの独特のハイソサィエティサロンのような雰囲気の中でも余裕だ。
でもかなり混んでいて、どこでも人目があるのでいろんな物をもらうことはできなかった。
それでもピーナッツの袋3つとクッキーの袋4つは頂いてきたが、、わはは。
残念だったのは、おいしそうなサンドウイッチがあったのに、
まだ時間が少し早いため、カウンタ−向こうの手の出せない冷蔵庫に入っていたことだ。
透明の窓がついているので中が見えるのに手がだせない。とほほ。
(なんちゅう意地汚いやつとお思いでしょうが、、、はい、意地汚いです。わはは)
「搭乗アナウンスがある前にサンドウイッチを出してほしい!」と密かに願っていたが
その願いは叶わず、無情にも搭乗開始のアナウンスが流れはじめた。

後ろ髪を引かれつつサンドウイッチを、、もとい、ラウンジを後にする。
専用電車みたいなのに乗って搭乗口のある建物まで行く。
それからかなり歩いてやっとANAの搭乗口に到着。
最初にファースト、ビジネスクラスの人(義母)が搭乗し、
後から私達も乗り込む。機内持ち込みの荷物はチョコレートとビーフジャーキーで
膨れてしまっていたので、自分のバケットにはつっかえて入らない。
悪戦苦闘していると、日本人スチュワーデスがやってきて
「こちらのほうが大きくて余裕があるので、こちらに入れて下さい。」
と窓際のとなりの人の頭上を指差す。(私達は中央座席)
「(隣の人に)すみません。(乗務員に)ありがとうございます。」と荷物を押し込む。(ヤレヤレ)

飛行機は12時30分に離陸。これでロスとも本当にお別れ。
帰りは行きよりちょっと長くて12時間くらい。(偏西風の向い風になるからね)
日本に着くのは現地時間で4月2日の15時40分予定。
最初の(やっぱり不味い)食事が出たあと、仮眠をとることにした。
時差惚け解消のためには飛行機の中で眠らないのが一番なんだろうけど
成田に到着したら、私は車を運転して(1時間半弱)帰らなければいけないからね。

ところが、ちょうどその時始まった機内映画が「オーシャンズイレブン」だった。
まだ映画館でやってるやつじゃないか!これを見ないってのはなあ、、、。
(ショーンコネリーやらブラピやらジュリアロバーツも出てたよねえ。)
結局見てしまった。みなさんも御存知、カジノの金庫破りの話。
でもなんだかなあ、思ったよりも面白くなかった。
もっとハイテクを駆使して「ミッションインパッシブル」ばりかと思っていたのに
ちょっと肩透かしを食わされた気分。豪華キャストのわりには今一だった。
寝そびれたし、、、。とほほ。

子供達は元気でごそごそなにかやってる。
見ると、いつの間にかビーフジャーキーを食べている。
ううむ、さっき2袋別の鞄に入れたが、あれから出したんだな。
「今それ食べちゃうと帰ってから食べる分が無くなっちゃうよ!」というと
「どうせ帰ったら◯◯(長男)に食べられちゃってすぐ無くなるんだから
今のうちに食べておくんだよ。」と子供達。す、するどい!確かにありうる。
うちは弱肉強食なのだ。弱いものは頭を使わなければいけないのだ。わはは。

寝ようにも眠たくならない。まあ今はアメリカ時間で夜の8時頃。
まだ寝るには早すぎる時間だからなあ。そのうちまた食事になるだろうし
やっぱり仮眠は無理そうだなあ。ということであきらめて読書。
飛行機は予定通り刻々と日本に近付いている。(モニタースクリーンがそう告げていた)


4月2日(火)日本帰国


成田到着は定刻どおりの15時40分。最初30分遅れで出発したのに
よっぽど飛ばしたんだろうか?ちゃんと定刻に着いている。わはは。
バッゲージクレームで荷物を拾ったあと、入国手続きをしてゲートを出る。
荷物をまとめてカートに乗せ、駐車場へ向かう。
ううむ、、、確かゴリラマークの4階だったはず。(視覚的に覚えている)
駐車料金は足掛け9日間で16800円也。
ちと高いが、離れた駐車場は空港までの送迎に時間がかるし、
自宅からのリムジンタクシーの往復では倍以上値段が高い。
バスと電車を乗り継ぐのが一番安いが(半額)荷物とこの家族をまとめるのが大変。
結局、車で自宅と成田を往復するのが一番楽なのであった。

荷物を後ろに積み込むとルームミラーでは後ろがほとんど見えなくなった。
まあだいたいスーツケース(大)2個(小)1個とりんご箱大段ボール1個、
大きなボストンバッグ3個、それ以外に手提げ7袋分の荷物を想像してもらおう。
こういう時はデカい車は有り難い。
そして人間5人を乗せた愛車「ディスカバリー号」は一路松戸の自宅へと走り出したのである。

私は以前にも書いたが、高速ではゆっくり時速80キロ安全運転をモットーにしている。
特に車高の高い、タイヤの大きい車はバウンドが激しく、かつ風にも煽られやすい。
それにこの時は人間と荷物でフルに重たくなっていたのでアクセルレスも悪く
またブレーキのききが甘くなる。だから運転には慎重になっていた。

それなのに、、、、気がつくとメーターは100キロを超えている。
おおっと、いけない!スピードの出し過ぎだ!アクセルから足を離し
スピードダウンして左車線を走る。でもまたすぐに100キロを超える。こらこら。
なんだ、なんだ、前の車やけに遅いぞ。でもメーターは90キロ。

そうなのだ。アメリカの後遺症とでもいうか、
毎日毎日早いスピードでハイウエイをいったり来たりしてたもんだから
自分が運転していなかったにもかかわらず、スピード感覚がアメリカモードになっており
知らず知らずにアクセルを踏み込んでいたのだった。
しかしここは日本。道路も片側3車線である。
それに車も都心に向かうに従って多くなってきている。
下手に飛ばせない。すっ飛ばす自分の感覚麻痺に内心びっくりしてしまった。
慣れって恐ろしいね。わはは。

船橋の料金所以外、大した渋滞にも巻き込まれずに無事松戸の自宅に着いたのは17時半頃。
留守番のはずの長男はどっかに遊びに行ったらしくいない。
荷物を降ろして、それぞれの部屋に運び込む。取りあえず旦那さんにも到着の電話を入れる。
それからコーヒーを入れてホっと一息。
おいしい!やっぱりうちのコーヒーは最高!
今日はもう、疲れているということで義母と相談して夕飯は店屋物にすることに。
冷蔵庫の中身もほとんどからっぽだったしね。

久しぶりの鍋焼きうどんとカレーうどんをみんな黙々とすすっている。
アメリカ時間なら今頃は真夜中である。
お腹がふくれた子供達はうとうとしはじめた。
私もまぶたがくっつきそうだが今寝てしまうと時差惚けがつらくなる。
ここはまだ19時だからね。

あとから帰って来た旦那さんの食事も終わり、ホントに一息。
さあ、あとはお風呂に入って寝るだけ!

おお、その前にHPの掲示板をチェ−ック!
アメリカでは一度もパソコンをのぞくチャンスが無かったからね。
どんなことになってるやら。まあ留守宣言したからな。
だれも来て無いと思うけど、、。
おお、結構お客さんが来てくれてるではないの!
え?ふでさん?いつの間に?わはは。

え?旅行記?、、、、そ、それは、、、。
掲示板にちょこっと土産話のひとつふたつも載せればいいかと、、、
え??それじゃダメみたい?
ぐあーーーっ。そんな事言ったって、日記なんかつけてなかったぞ!
もうすっかり忘れてるってば。ひえーーーー。

あっというまだったけど、一日一日が
長い、長ーーーい楽しいアメリカ旅行はこうして幕を閉じたのだ。
そして、今度は私にさらに長い、長ーーーい「アメリカ旅行記」執筆の修羅がはじまったのである。

(やっと終わったーーー!みなさんご苦労様です。そして御高覧ありがとうございますた。)

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