新町は掛川宿の東の端に位置し、東に大鋸町(おおがまち)・馬喰町、西は喜町に続く東海道が大きく七曲りしている東の入口でした。
 再開発による市街地化の中で、七曲りや秋葉山常夜燈など、現在でも旧東海道の面影を残しています。
 町の歴史は大変古く、1617年頃(元和3年)今から390年ほど前に、掛川宿11番目の町として誕生したと云われております。しかしながら、掛川城築城当時に町はなく、掛川城下の繁栄と共に宿場の東側に家々が並び始め、新しくできた町であることから『新町』と名付けられました。
 現在の屋台は昭和27年に町内の建具職人の手により精魂込めて造られたものです。天幕はさらに古く、明治初期に『朝顔(あさがお)』型の屋台を造った当時のもので、非常に価値あるものです。また新町の屋台の狐面は、大祭に乗せられる「だし」の『義経千本桜』で馴染みの狐忠信と静御前と同様、町の出来た当時この辺りによく狐が出たことからと云われております。
 (掛川祭パンフレットからほぼ100%抜粋)

【余 興】 青 年  獅子喰い・吉野山・奴さん
      子 供  まりと殿様・娘道成寺・奴さん

【豆知識・補足等】
@現在の屋台は先代の屋台で使用されていた高価な天幕のサイズに合わせて昭和27年に建造されたそうです。
A平成7年に天幕の補修が行われました。
B彫刻の作者が不明。