喜町の屋台は嘉永2年(1849年),今から155年前に掛川藩御三家「喜半商店」8代目ぼ鳥居政芳氏が,お伊勢参りの折京都に行き町内への土産として頂いたものです。当時,陸路では運送不可能なため遠州福田港まで海路にて運んできたと伝えられています。
 年に一度の祭礼時に城中に招かれ殿様御上覧には障子が他の屋台より豪華絢爛のため裏返して曳き廻したと伝えられています。
 天幕は緋の羅紗地に掛川の東にあるところから「明け烏」の刺繍を施してあり、ハブタイの法被の裾にも烏が白抜きに染め上げております。
(掛川祭パンフレットからほぼ100%抜粋)

【余 興】 秋の野に出て
      深 川 節
      木遣りくずし
      奴 さ ん
      新々おこさ節
      猫じゃ猫じゃ
      金毘羅船々

【豆知識・補足等】
@掛川最古の屋台です。

A弘化3年に「木町」⇒「喜町」に町名を改称しました。