紺屋町は歴史も古く築城時に城中に安置されていた3体の獅子頭の中の1体を藩主より拝領したと言われ、獅子頭とその「舞」、並びに「舞」に使用する大太鼓(延亭3年製作)を伝承されております。 この「舞」は掛川祭のルーツとも言われ「掛川宿鎮護大祓の舞」と称し、城中でも土足で舞うことを許され、また、みだりに舞うことを禁じられた格式高いもので、現在でも龍尾神社に奉納する他はこの伝統を重んじております。 初代屋台は弘化5年に造られ、その6年後の嘉永6年に作られた天幕は、猩々緋の羅紗地に唐獅子と牡丹の刺繍を施したもので、150年を経た現在も鮮やかな深紅の色彩をはなっており、他に類を見ない自慢の逸品です。 (掛川祭パンフレットからほぼ100%抜粋) 【余 興】 青 年 獅子喰い・神田祭り 子 供 こんぴら・梅は咲いたか 【だ し】 連獅子 【木獅子】 室町時代後期製作 平成八年に掛川市有形民族文化財に指定されました。 【豆知識・補足等】 @現在の二代目屋台は昭和25年建造