中町の屋台は土台に明治6年新調と記されていることから、その年に大改修が行われたと思われます。このことから江戸時代に建造された屋台である可能性が高いでしょう。その形状は近隣に見られる御所車型屋台の中でも珍しい3階型の屋台です。 彫刻は「幕末の左甚五郎」と謳われた諏訪の名工「立川和四郎」の流れを汲む高村他之介(号:権江茂師政)(当時は仁藤町に在住)の手によって明治中期頃に彫られたとされています。 天幕はメキシコ産の虫の染料が使われた大変珍しく貴重(高価)なものであり、劣化が残念なところです。現在同じものは二度と作れない逸品であり修復も困難だと云われます。 また、その昔は宿屋などが軒を連ねた旧東海道沿いの町だけあり、現在も端唄・小唄・長唄系のお囃子を数多く有しています。 子供の余興「桃太郎」は昔の衣裳祭の面影を残しており、青年の「供奴」の歌舞伎を取り入れた踊りと見どころ満載です。 【余 興】 桃太郎 志賀山三番叟 供奴 木遣りくずし