ロックのルーツ

ロックのルーツ ブルースとは?

 ロックン・ロール(R&R)、ソウル、ジャズなどのルーツとされる”ブルース”。ブルースとはいったいどんなものなのでしょうか?。

【BLUES】=ブルー、憂鬱

 19世紀の終わり頃、アメリカ南部のアラバマ、ルイジアナ、アーカンソー、テキサスといった諸州に広がるミシシッピー河口のデルタ地帯に端を発します。この辺りは地質上綿花の栽培に適していて、当時黒人たちの労働力の元に盛んに行われていたようです。その綿花栽培に従事する黒人たちが、労働の後の疲れた体を癒すため、自分を慰めるため、あるいは人種差別で虐げられてきた怒り、奴隷解放によって社会から取り残されるという現実・・・彼らはギターを弾き、心情あふれる言葉を放ちます。やがてそれは酒場で仲間と歌ったり踊ったりと、黒人の生活の一部として、深く浸透していくようになるのです。これがブルースです。すなわち、ブルースの誕生の背景には、このようないきさつがあったいうことを忘れてはならないわけです。

 デルタ・ブルースの父と言われるチャーリー・パットンをはじめとして、1920年代に活躍したブルースマンの音楽をカントリー・ブルースといいます。アコースティック・ギターを弾きながら歌い、12小節進行、使われるコードはわずか3つという単純なスタイルは基本的に今も変わりませんが、そのギターの音、声から発せられる情感にはすさまじいエネルギーが存在します。左指に金属またはガラスの筒状のバーをはめて弦の上をスライドさせて弾く奏法−スライド・ギターや瓶の首の部分をスライドさせるボトルネック奏法はここから誕生しました。

 このカントリー・ブルースの中で”伝説のブルースマンといわれるのがロバート・ジョンソンです。ミシシッピー州生まれである彼の作り出した音楽とリズム感は、後に隆盛を見せるシカゴ・ブルースのスタイルの基本となりました。とくにピアノのリズムの取り方をギターに持ちこんだ手法は、あのキース・リチャーズが聴いても2本のギターで弾いているようだったというほど革新的だったのです。女性をめぐって男に毒殺され、27歳という若さで彼の人生の幕は下りますが、その意志は多くのフォロワーが継承しました。生前に残した曲は「クロス・ロード」などを含む29曲。ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンが彼の曲を多くカバーしました。

 南部で熱気を帯びたブルースも、黒人たちの都市の移動にともなってミシシッピー川を北上し、メンフィス、セントルイス、シカゴなどへと広がっていきました。当時アメリカ第3の都市であったシカゴでは多くの労働力が必要とされ、南部からも多くの黒人が移り住みました。そこで生まれたのがシカゴ・ブルースです。シカゴ・ブルースはギター、ベース、ドラム、ハーモニカ、ピアノといったバンド形態をとるようになりました。カントリー・ブルースと大きく違うのはここです。さらにこの頃エレキ・ギターがブルースで使われるようになりました。

 シカゴ・ブルースの開祖マディ・ウォーターズは、1915年にミシシッピー州に生まれました。43年にシカゴに移り住み本格的な活動を始め、ロバート・ジョンソンのデルタ・ブルースから発展させエレクトリック・アンプを使うなど新たなブルースの可能性を探りました。彼の唸るような声と激しいスライドギターは、新天地シカゴを求めて南部からやってきた多くの黒人たちの胸に深く刻み込まれたに違いないでしょう。本名はマッキンリー・モーガンフィールドといい、マディ・ウォーターズとは、川で泥まみれになって遊んでいた幼い頃の思い出に由来します。またミック・ジャガー率いるローリング・ストーンズのバンド名は彼の曲名からきています。93年、彼を敬愛するひとりポール・ロジャースが豪華メンバーをギタリストとして迎え、トリビュート盤『マディー・ウォーター・ブルース』を発表しました。

 40年代から50年代にかけて多くのブルースマンと共にシカゴ・ブルースは全盛期を迎えます。ヤード・バーズと共演し、ロバート・ジョンソンの毒殺現場にもいたというサニー・ボーイ・ウィリアムスン、”吠える狼”こと超越した歌唱力の持ち主ハウリン・ウルフ、スライド・ギターの名手エルモア・ジェイムスなどです。しかし、50年代に入りブルース界を大きく発展させる人物が登場します。その名はB・B・キング!!

 エレキ・ブルースの巨人であるB・B・キングは1925年、ジョンソン、マディーと同じくミシシッピー州生まれです。本名ライリー・E・キングといい少年の頃からロバート・ジョンソン、盲目のブルース・シンガーであるブラインド・レモン・ジェファーソンなどの影響を受けます。B・Bとはブルース・ボーイを意味し、当時メンフィスのラジオ局のDJとして人気を集めました。60年代には、テキサス出身のブルースマンT・ボーン・ウォーカーのギター・テクニックを発展させたスタイルで白人ブルースマニアのアイドルとなります。70年代には白人ロッカーと共演し「スリル・イズ・ゴーン」などのヒットを飛ばします。”ブルース=黒人”という概念を打ち破り、洗練されたエレクトリック・ブルースの形を作った人です。またブルースの新たな方向性を示し自ら発展させ、R&Rやロックの登場に大きく影響を及ぼした功労者でもあります。フレディー・キング、アルバート・キングと並んでブルース界の3大キングとして有名です。2000年にリリースされたクラプトンとの共演作『ライディング・ウィズ・ザ・キング』も話題になりました。

 1956年、ブルースがアメリカ中に広がる拠点となったメンフィスからスーパースターが登場することになります。果たして誰でしょうか?