端緒を開く 

「あ〜いいお湯でした。」

無造作に襟足で髪を一括りにし、浴衣を羽織ったイルカが障子を開ける。



木の葉の外れの温泉宿の一室。

カカシとイルカは、正月休暇を此処にて満喫していた。

老夫婦二人で営まれているイルカ御推薦の宿は、

少々一般人には来辛い場所にひっそりと建っていた。

だが綺麗に手入れされた宿は居心地良く、湯の質も老婦人の手による料理も極上…だとかで。

湯治を愛する忍達には密かに人気があるらしい。


立地上、同業者ばかりな分気安い事も在るのだろう。

元々は木の葉の下忍だったと言う主人は、その辺りもちゃんと考慮してくれる。

普通の宿なら正月客で一杯のこの時期だろうが、忍に年末年始は在って無い。

この宿が混雑するのはもう暫く後なのだそうで、

飛び込みの彼等を受け入れるだけの余裕が此処にはあった。

そしてカカシが寛いでいる間に、イルカは先に…と一風呂浴びて来たのだ。

時刻もそろそろ夕餉の頃合となり膳が来るのを、カカシものんびりと

…浴衣にアンダーと言う怪しげな姿ではあったが…持ち込んだイチャパラなど読んで待っていた。







その後、任務は恙無く終了した。

カカシは、嬉々として待ち構えていた屋敷の息子を当人に気付かせる事無く気絶させ、

片隅に転がすと先ずは忍から排除して行った。

抜けて尚生き延びて来た以上それなりの腕はあったようなのだが

暗器使いは知られていては所詮は中忍程度、カカシの敵にはならず。

今一人も、単独で居る処を上忍に不意を打たれて対応出来る程の腕はなかった。

破落戸共をなるだけ派手派手しく…恐怖を煽るように…『処分』した頃には。

イルカはぐったりとした男を背負って、カカシの戻りを待っていたのだ。

「そう言えば、あの時罠ってどうだったんですか?」

のんびりと訊ねてみれば、イルカは明るい声で

「ああ。材料も無い処で、監視の隙を突いてとは思えない程見事な出来でしたよ。 
  彼にアカデミー用の罠の細工、頼めないかと思ってます。」

と告げてきた。

「対忍用のは個人技能ですけど、アカデミー生の練習用だと実践とは別の細工が入用ですからね。
  怪我をしない程度で痛い目を見るようなのが大量に必要なんです。」

にこにこと語るイルカは、カカシも元々知っていた『先生』で『受付』のイルカで。

だが、今はそれ以外の顔の存在も判っている。

しかしまだ今は『知っている』だけだ。此れだけではまだまだ物足りない。

だから、カカシは。

すっと表情を改めると居住まいを正し、卓に付いていたイルカを正面から見据えた。

「で?」

短く、カカシが問う。

「此処まで来て、まさか誤魔化すつもりじゃ無いでしょう。」

あの情報量、それに付随した数々の下準備 普通の『中忍』に得られるモノではない筈です

皮肉げに呟くカカシに、怯みも脅えもせず。それ処かイルカもまた真っ直ぐと見返して来た。

「とは、言われましても。…特別にどうと言う事は無いんですよ。」

はぐらかされていると感じたカカシが、殺気を帯びるよりも先に

「俺は『仲間』に助けを求めただけですから。」

そう、イルカは唇の端を上げた。

 

「『仲間』?」

眉を集めて、カカシが呟く。すると

「ええ、そうです…『仲間』。」

それも

「中・下忍…の。」

にっこりと。イルカが裏を読ませぬ笑みを向けた。

「里の資料室を漁れば、確かに結構な情報が得られますよね。」

でもそれは専らBランク以上を対象とした物が多くて

 

「中・下忍の任務の大半を占める…Cランク以下への情報は余り無いんです。」

笑みを張付かせたままイルカは淡々と語っていく。

それはカカシも、否定しない。ランクの低い『任務』に関連する資料はどうしても手薄になり勝ちだ。第一そんな細かな任務に対応する資料まで里が管理していたのでは、里は資料だらけになってしまう。

 

「でも。確かに一つ頭の報酬の低い、『上』の方々から見れば危険の然して無い任務であっても。」

その任務に当たっている『当人』にとっては能力として精一杯なんです。

 

「実際、里中の任務であってさえ『下忍』のあの子達は屡怪我をするでしょう。」

況してや、里外の任務は何が起こるか解りませんから

 

「上忍の方々なら簡単に処理出来る程度の、不慮の出来事であっても。
  我々中忍や、そして下忍には命に関わる大事に充分なり得るんです。」

だから、互いに助け合うんですよ

 

仮面の笑顔での言葉は、此れまで意識しなかったものの当然の事で。

でも、それではカカシの質問の答えとは言えない物であった。

 

故に

 

「それで?」

更に深く語らせるべく、カカシは先を促した。

 

 

 

「記載された正式な物はなくても、中・下忍の知識を集めればそれなりの資料はちゃんと出来上がります。だから、 互いの便宜の為、非公式にではありますが中・下忍でそう言う経路が作ってあるんですよ。」

必要な時、調べられるように、ね

 

「で。そう言った場合、要となって情報のやり取りが一番しやすいのは何処の部署だと思います?」

此処で些か悪戯に、片目を瞑って見せたイルカである。

 

「…受付?」

すると呻くようにカカシが答えた。

 

「正解です。本来は、まぁ皆からの要請で動く事が多いんですけど、今回は事情が事情ですので。」

私事を優先させて貰ったんです

ふわりと口元を綻ばせ。

 

「つまり、そう言う訳です。俺の『情報』は此れ迄にあそこに雇われた方々や、
 アカデミーの先輩忍師の方の記憶を繋ぎ合せた物なんです。」

そう、言って。今度こそイルカは、綺麗な…作り物で無い…笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「でも、それだけとは思えませんけど。」

イルカの言葉を暫し熟慮していたカカシだったが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「それで『上層部』の奸策が伝わって来るとは思えません。」

大体

 

「あれだけの『用意』が為されていたなら、この任務、貴方一人でも充分出来たんじゃないですか?」

些か皮肉げに、カカシが質問を浴びせると

 

「…まぁ、そのつもりでしたし。」

最初、この任務は俺の単独任務になる予定だったものですから

 

鼻傷を掻きながらの肯定に、カカシの唯一晒されていた眼が丸くなった。

 

「…どう言う事ですか?」

途端、上忍の顔となって問い質すカカシである。

『貴方一人で…』とは言ったものの、人一人救出せねばならぬ任務である。

通常ならば単独になど絶対にならない筈だ。

なのに無理を通そうとしたと言うのなら『上』の嫌がらせだとしてもあくどすぎる。

だが、眉根に皺を寄せたカカシに対しイルカは微苦笑を浮かべてみせた。

 

「本気で俺が邪魔だったみたいですね。」

これだけ様々な要因が重なった任務ですし 俺一人なら負傷や死亡の確立は高かったと思われますし

 

「例え其処まではいかなくても『任務失敗』の可能性はかなりだったでしょう。」

また、ソレを理由に俺を処する事も出来たでしょうからね

平然と語るイルカだが。内容は空恐ろしいものであった。なのに怯む様子も見せず

 

「だからこそ、成功に向けて徹底的に準備をさせて戴いたんですよ。」

と。イルカは笑って言ってのけた。

 

 

 

「だから、何処からそれだけの情報を得たんです?」

再度カカシが問うと、イルカは唇に薄い笑みを浮かべて見せる。

 

「カカシ先生位の方なら『上』から直接任務をお受けになる場合も多いでしょうけれど。

俺は一介の中忍ですから。」

如何に『上』の方々が俺を個人攻撃したくても、

任務それ自体は通常の手順を辿って通達されるしかなかったんです

 

「俺『程度』の忍では上からの指名任務なんてのは、それこそ火影様でも無い限り無理に通せませんから。」

火影様は良く『任務』と言う名の私用を俺に良く押し付けられるので、皆受け入れてますけどね

 

「で。通達で、当初は俺の単独任務になっていたらしいんですけど。カカシ先生もお気付きになられたように、『無理』の多い部分が受付の任務斡旋所で引っ掛かったんですよ。」

ふふふ…と笑うイルカは、今度も本物の笑顔をみせている。そう、本心からの…冷笑、を。

だがその硬質な表情はイルカの強い瞳に、恐ろしい程に似合っている。

 

「俺を呼び出して極秘に渡す訳じゃない以上、任務は俺の手元に届くまでに結構な数の人手を渡りますから。その中の『誰か』が不適正に気付いたって訳です。」

『実務』にはもう携わっていらっしゃらない方々ですから、お知りにならなかったみたいですけど 
里の任務斡旋にはちゃんとした確認機能が付いてますから

「一度目の差し戻しの時には『上』も力技で押し通そうとしたみたいでしたけど、
  別経路から提出しようとして再度差し戻された段階で考えを変えたみたいですね。」

下手に無理を通して、腹を探られたり

「最悪、里長に『鳥』を飛ばされたりでもしたら…後々、自分の首を絞める事になりますから。」

そう言って、イルカは再び薄く笑った。

 

イルカを処分したいと言うのは感情論。だが、

それによって自分が破滅する気は『上』にもなかったらしい。

確かに、その時は火の都へ行っていて留守にしていた里長の耳に入ったら、

間違い無く問題にする行為だろう。

知らなかった事にして『情報制限』にした高位任務にイルカを就けた事は言い抜け可能でも。

受付の、多分中忍が不審に思うような任務配置は後で責任問題を引き起こす。

イルカを排除した代償に自分達も『排斥』される

…なんて愚を犯すつもりにはなれなかったのだろう。

 

「で、俺ですか。」

カカシが溜息交じりに確認すれば

 

「はぁ。どうやら、そうやって揉めている間に時間的に無理が来たみたいで…」

何処かに視線を彷徨わせながらの言葉に、カカシの溜息が更に深くなる。

里長の帰還前に全てを済ませねばならなかった彼等は、

どうやら期限一杯になった処で一か八かの勝負に出たらしい。

幾ら里の誇る『上忍』であっても此れだけ不利な状況ならば何らかの失敗を犯すだろうと、

それに因って彼等が漬け込める状況出来るだろうと、そう読んだ訳だ。

で、無理をしてカカシに『救出』を命じた。

 

「そこいらの適当な中・上忍に押し付けようとはしていたみたいなんですけどね。
  ゴタゴタしている間に、きな臭い任務だって事が周囲に漏れまして。」

俺の方もそれが伝わって来たからこそ『下準備』が出来たんです

 

「皆、指名される前にって、適当な上・中忍は挙って自主的に『任務を斡旋』されてましたからね。」

このクラスだとまさか下忍に命じる訳にも行きませんでしょう

 

「自棄になって『気に入らない』二人を組ませる事にしたみたいですね。」

けろりと、自分達が嫌われていると言い切るイルカである。

そのあっさりとした態度に、カカシは何だか腹の底から笑いがこみ上げて来た。

この様子から言うと此れまでもイルカにはこう言う事があったのだろう。そして多分、

此れからも在る。でも、その事はこの男にとって然したる問題では無いのだ。

苦々しくは思っても、気に病んではいない。つまりはそれだけの『自負』が自分にあるのだ。

 

中忍で、内勤で。

『忍』としては侮られる事が多いだろう地位に居ながら、並外れたものを秘め。

それを火影をして『鼻が効く』と言わしめた自分にすら気付かせる事なく日々を送ってみせる…男。

それは、随分と物珍しくて新鮮で。

…酷く、興味を惹いた。

 

 

 

「…イルカ先生は面白いね。」

 笑いながらカカシが呟けば

 

「そうですか?カカシ先生の方が面白いと思いますけど…」

と、困惑したような顔でイルカが応じる。

行き成り笑い出したカカシに戸惑っているのがありありであった。

そんな姿が益々カカシの笑いを誘う。

「あ、料理が来たみたいですね。」

近づいて来る人の気配を感じ取ってイルカがぱっと顔を輝かせた。

 

「土地の産物をふんだんに使った料理なんですよ。カカシ先生のお口に合うと良いんですけど。」

にこにこと笑う姿には何の翳りも無く、忍らしくないとも言える。

だが、それ故に『忍らしい』のだと解ってしまったから。カカシは

 

「ああ、そうみたいですね。じゃあ、食事にしますか。」

身を起こして、膳を迎える用意をしイルカに向かって微笑み掛ける。

 

「此れからも宜しくお願いしますね、イルカ先生。」

「?はい。此方こそ宜しくお願いします。」

 

障子を開けて宿の老婦人を迎えたイルカは、この極普通の挨拶に篭められた意味等気付きもしなかった。

 

此れこそが、カカシの執着の始まりであった…と言う事に。

 

 

 




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