伝説の暗部A
「八卦六十四掌」
小さな呟きと共に、点穴に向けて幾多の突きが入れられる。
為す術も無くそれを受けた敵は、身動き一つ出来無い状態へと陥り…
任務が、終了する。
「よぅ、お疲れさん。」
捕らえた相手が運ばれて行くのをぼんやりと眺めて居ると。
一緒の任務に就く事の多い、顔馴染みの相手がポンと肩を叩いて来た。
「さ。帰って休もうぜ。此処の所出動多かったしな。」
豪快に笑う相手は、多分彼よりもかなり年嵩なのだろう。
がっちりと大柄な体格に、髪にも白い物がかなり混じって居る。
それでも現役で『面』を被っているのだから相当な実力者、と言う事だ。
…と、言う事で。
巨大な一族の中『年長者に礼を!』ときっちり仕込まれて育った…『彼』は。
その相手に、律儀に面を外して…深々と頭を下げた。
「お、おい何だ急に。」
そして、うろたえる相手に
「頼む。教えて欲しい。」
頭を低くしたまま訊ねる。
「何で敵は皆、俺を見た途端硬直するんだ…?」
本気で悩んでいるらしい彼は、そう問いを口にしても90°に折れ曲がったままだ。
頭を垂れ只管に、そして真剣に。相手の返事を待って居る。
しかし。
「あ、あ〜…」
少し明後日の方向を見ながら、男は何処か頼りなげにこう言った。
「気にするな、大した事じゃねぇんだからよ。それにお前に悪い事は何も無いだろう。」
ぼりぼり頭を掻く仕草が、明らかに『何か』を誤魔化しているのを感じさせる。
そしてそんな事で納得出来る位なら彼だって悩んだりしていないのだ。
「なら、何故だ?何故こう言う…大人数での任務だと皆、一様に俺から距離を取る?!」
ガバッと。顔を上げて相手を睨み付けて来る…彼。
「それも任務『中』だけじゃないっ!任務の前後だって皆、不自然に俺から間合を空けるっっ」
「俺が何にかしたのかっ?!どうか教えてくれっっ…!」
世にも悲痛な、魂の訴え。
なのだが…
「・・・・・」
その場で固まってしまった『同僚』をじっと見詰めていると。
彼の視界に、何やら赤いモノがつ…と走った。
同僚の首筋を伝って落ちるそれが『血』である事に気付いて、流石に彼も慌てる。
「すっ済まん怪我をしていたのかっ?!早く医務室へっっ」
焦って同僚の手を掴んで走り出そうとして、
彼は相手が不自然に少し屈んだ態勢で動こうとしない事にも気付いた。
「他にも怪我を?!」
「あ、いやそんな顔しないでくれ。大した事は無いんだ、休めば直ぐ治る。」
「しかし…」
「本当に大丈夫だ。」
暫しの押し問答の末、結局相手はよたよたと歩みを進めると。
心配そうに見守る彼の視線を背に受けながら、医務室へと入って行った。
「・・・・・・・・」
「そんなに笑わないでくれよ。」
面を外した途端、声も無く突っ伏した初老の『医者』に、先刻の暗部がそうぼやく。
「そうは行ってもなぁ…っっ」
息も絶え絶えと言った風情で、涙まで浮かべて笑っている相手に罪は無い。
普通、笑うだろう。
面の中で鼻血を吹いた男の顔…なんて見たら。
つまりあの首筋を流れていたのは、顔と面の内側を伝って首に到達した鼻血…だったのだ。
しかも、顔にぴったりと合わさった面だったが故に流れ落ちる前に相当量が中に溜まったらしく
…顎から頬に掛けてこびり付いた血が赤黒い髭状になっている。
「ま、それだけ良いモン見たって事だろう。」
「ま、まぁな。」
にんまりと人の悪い顔で笑い掛けられて、暗部の男が頷く。
この医師とは既に長い付き合いなのだ。
最早悪友とも言い切れる相手に、今更張る程の見栄も無い。
その様子に、医師の方も大きく頷いた。
「その年でンな目に合う位だ。相当だったんだろ。」
いや、羨ましい
揶揄する様に言われては、男の方は居心地悪げに視線を逸らすしかない。実際、見たのだし。
…イイモン、を。
哀しげに僅かに眉を寄せた白い貌。薄く涙を浮かべながら上目遣いに此方を見詰めて。
本当の所を読み取ろうと必死さを全身に滲ませて縋る、眼差し。それは…
「う…っ」
「コラッこんな所で暴発するんじゃないっっ」
思い出しただけて、弱くなっていた鼻の粘膜が再度出血する。
慌てて掌で鼻を押さえた男に、医者が荒げた声を上げた。
年齢それに性格故に、そうそう色香に惑わされはしないだろうと。
態々『相方』として選ばれた相手にすら
…様々な苦悩(と楽しみ)を与えてしまう、男…日向ネジ。
未だ皆が寄って来ない理由の判っていない彼は、自分が
『木の葉隠れのお艶気暗部』
として他国のビンゴブックに載っている事を、知らない…
終