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和泉多摩川の河川敷で毎年開催される「狛江市花火大会」に、今回始めていった。和泉多摩川に通い始めて早5年。毎年水曜日に開催する為、dark the giantの練習とかぶって今まで1度も見た事がなかったのだ。 七時半過ぎ、志穂、圭祐、優子、渓ちゃん、宮本君集合。花火は始まってしまい、急いで河川敷に降りる。花火が良く見えそうな場所に腰をおろし、花火見物。赤、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青、紫、白等きらびやかな光を放ち、瞬間で消えていく。たまに大きな花火が上がると、歓声や拍手が上がる。日本の夏だね。優子が「花火が上がる時の「ヒュ―」って音がしないね」と言い、耳を傾ける。本当だ。不思議に思っていると、圭祐と宮本君が「バスドラの音がする」と言い、花火が開くと一緒に「ほら」「ほら」と嬉しそうに会話していた。平和だなぁ。 そして春恵ちゃんが駅に到着したので迎えに行く。帰り際に酒、食料を調達し、足早に戻っていった。みんながいる場所に戻ると、口をポカーンとあけた間抜けな人がいた。圭祐と宮本君だ。世界に入ってるね。そして私達も腰をおろし、再び花火見学。段々酔っ払ってきて、普通に心の中の声が口から出て行く「うわー」「すごーい」「綺麗!」そのまんまだ。さらに、花火を見ているうちに名前をつけ始める。「朝顔」「猫じゃらし」など、見たまんまの名前をつけた花火もあるが、上がった瞬間下に流れる花火に「先っぽ」と名前をつけた圭祐のセンスには驚いた。しかもその「先っぽ」は下に流れる途中で四方八方に開く。そんな花火に名前は「先っぽ」かい。奴に名前をつけさせてはいけない事を、その時悟ったのだった。 そして、花火がラストにかかると、導火線を伝わり、一気に富士山を型取った花火が花開く。その後打ち上げ花火が始まり、最後はいっせいに花火が打ちあがり、足元には影が出来るくらい明るくなって終わった。花火大会っていいな〜。今回も日本を満喫する事が出来た。夏の思い出が、また一つ増えた。 |
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2003年08月01日 14時44分07秒
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私の職場からは、原宿の竹下通りが近い。最近は夏休みの為、特に混んでいるので、人間ウォッチングのしがいがある。明治通り側から竹下通りに入ると、まず最初に目に入ってくるのがロッテリア。ロッテリアには、幼稚園くらいの子供を連れた母親集団がたまっていた。「原宿に来る時はお洒落をする」という80年代の考えをもった人間がそのまま大きくなり、こうなったのかどこかぎこちないお洒落の仕方だ。子供も「新世代のモー娘目指しています!」といった感じだ。しかも「竹下通り=スカウト」という、もっと時代錯誤な考えをもった親子に見えて仕方がない。母親も子供と同時にデビューでもしたいのだろうか?仲が良さげな友人同士に見えて「うちの子は〜」と言ったライバル心が丸見えである。何も知らない子供は無邪気である。 そしてと古着屋のシカゴには、団体の修学旅行生(?)が。夏休みなのに何故集団で制服姿なのかは謎だ。雑誌を片手に頑張っている姿か微笑ましい。しかしどう見ても野球部系の坊主に、そのB-BOY風の鉢巻は応援にしか見えないよ。でも頑張って! しばらく歩くと、怪しいぴらぴらの服装と勘違いパンクの格好をしたカップル発見。アレは何系と言っていいのか分からないが、かなり痛い感じだ。彼女はフランス人形のようなぴらぴらのドレスに赤ちゃんがするような、レースの帽子。足元は編みタイツだが、ちょっとハムっぽい。しかもすっっぴんか?彼氏は無意味にやたらとファスナーがついた、太いズボン(ボンパンとはまた違う)に汚れたプリント風の意味不明なTシャツに、安全ピンが規則正しく刺さったトートバックを持参。極めつけにはプラスチックの鎖で耳と口が繋がっていた。(穴は空いてなさそうだ)あぁ…痛いなぁ。きっと雑誌「キューティー」「ジッパー」のマンガの影響を受けてしまったんだろうなぁ。それでも、そのカップルは「私達ってLOVE×2でお洒落なお似合いカップルなの!」といった誇らしげなビームを放っていた。どうぞお幸せに…(痛) 何だかこの道を通るだけでぐったりしてきた。このままではやられてしまう。これは気合を入れなおしてしっかりと人間ウォッチングした方がよさそうだな。意外と凄い竹下通りを後に、私は仕事に戻っていった…本当に昼間は凄いよ。 |
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2003年07月30日 15時55分07秒
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7/25(金) 仕事を定時で上がる。本当は浴衣姿で、逗子の花火大会に優子一緒に行く予定だったのに、神奈川方面は土砂降り。仕方がないので花火は諦め、横浜でまやちゃんを待ち、圭祐と3人でYRP野比に向う。到着すると永井君が愛車のミニクーパーで迎えに来てくれた。みんなで乗り込み、そのまま永井君が中学生の頃から行きつけだった「鳥福」に向う。私と圭祐は2回目だったので、マスターが覚えててくれたようだ。その後永井君の友達じゅんちゃんが合流し、日付が変わるまで飲む。そしてこの日は永井家で大人しく就寝。 7/26(土) 昼起きると外の天気は曇りだった。程よい気温だったので三浦海岸へ向う事に決定。朝食の為1階に降り、ご両親に挨拶をし朝(昼)食を取る。ハーレムの様に次から次へと料理が運ばれ、信じられない量のご飯の登場。前回も料理で驚いたが、今回も期待を裏切らなかった。さすがだ。頑張って食べ終えた。その後ミニクーパーで海に行く。水は冷たかったので、足だけ浸す事に。凧上げをしたり、各々好きなことをして遊ぶ。夕方、少し寒くなってきたので、一回帰る事に。まやちゃんを駅まで送って永井家に帰る。夕食までにシャワーを浴びたり、浴衣に着替えたり仕度をし、再びビックリ料理の元へ。朝と違って、浴衣に着替えた為、帯のせいで食事が控えめになる。甚平の圭祐のみ大量の食事をたらい上げた。食事が終わり花火をしに海岸へ向う。全員和の装いで花火なんて粋じゃないか。花火を楽しみ「鳥福」で1杯飲み、この日は終了。 7/27(日) ![]() ![]() 曇りに中に晴れ間がみえ、昨日よりも気温が高かったので、海に入る事に。水着を着用し、三浦海岸へ向う。私は浮き輪をもって海に入るが「水が冷たい」「顔が濡れるのが嫌だ」などと女みたいな事をぬかす圭祐に負け、浮き輪を貸すことにした。5年付き合っててはじめて一緒に海に入ってくれた。が、あっという間に上がる。永井君も数分で上がる。私だけ浮き輪をしたまま沖のほうを眺め「頑張れば千葉まで行けそうだ」等、妄想を膨らませながら、ぷかぷかと飽きるまで浮いていた。ふと周りを見ると、子供も海から上がってしまい、周りは寂しい状況に。仕方なく海から上がると、さわみちゃんが駅に到着したようだ。あまりにも遅いので、心配になって電話をすると、逆方面に歩いていたらしい。懸命に説明をし、無事に到着。足だけ海に入ろうという事で、波打ち際に行くと、1発目でさわみちゃんのスカートの裾は濡れてしまった。そんなこんなでダラダラし、家に帰る。夕飯を頂き、少し睡眠をとってから、各自帰路へ向った。今年の夏一番の思い出になりそうな三日間だった。永井君本当にありがとう。これなかった皆さん残念でした〜 |
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2003年07月29日 15時31分05秒
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昨日3ヶ月ぶりに、愛車Benlyちゃんをバイク屋に取りに行ってきた。4月末日の事故からずーっと会っていなかったので、再会した時は嬉しかった。あの、見事に破損した左側は、綺麗に修復されていて、元通りに戻っていた。バイク屋さんに色々と説明を受け、修復した部分を確認。買ったときより綺麗かも。 その後、ヒューズの交換の仕方を習った。私の走り方だとヒューズが焦げるらしい。元々AT免許のくせに、マニュアルのバイクを乗っているのだ。分かっていない点が色々あるので、しょうがないのかもしれないのだが…。バイク屋さん曰くもっとスピードを出した方がいいらしい。道路交通法だと制限速度は時速30kmだが、もうちょっと出した方がバイク的にはいいらしい。実際時速60km以上出るので(実験済み)道路交通法に従うか、バイクを思うかは自分次第なのだが…。 そして、早速跨ってエンジンをかける。わー!久しぶりだ―。エンジン音が体に伝わってくると、もう3ヶ月前の感覚が戻ってきた。1速に入れてスピードを出す。2速、3速、4速を入れると風が涼しい。最後に乗ったのが桜が散った時でまだ肌寒かったのに、今の時期はもう心地よくなっていた。Benlyちゃんも帰ってきたし、もうすぐ梅雨も明けそうだし、夏からはまたこいつで出勤生活が始まりそうだ。 |
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2003年07月25日 14時37分18秒
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今週末は豊田に居たので、いつもの面子(けーすけ、さわみ、ボブetc…)とは一緒に過さないまま終わろうとしていた。しかも、月曜日は出勤しなければならないので、朝から仕事をしていた。 ランチを食べながらPCをいじっていると、さわみちゃんから写メール付きのメールが届く。ボロキチ写真館に写真を寄贈してくれたのだ。お礼に返事を返すと、すぐに返事が帰って来た。チャットの様にメールをやり取りし、結局遊ぶ事に。何人か声をかけてくれたのだが、LIVEやら用事やらで遊べなかった。仕事を定時で上がり、遊ぶ為渋谷に向う。ふと頭の中にいつもの週末が蘇ってみた。まさか…会うのはさわみちゃんだけだし。タワーレコードで合流すると、彼女より一言「ボブがカレー作ってくれるって」やっぱりいつもの週末じゃん!取り合えず馴染みの喫茶店「人間関係」でお茶をしながらトークを交わす。 七時過ぎ、笑顔のけーすけ登場。今後の予定を話すと「うを―」と喜ぶ。良い時間になったので人間関係を出ると「手ぶらじゃ何だから何か買って行こう」と言う話になり、頭の中で構想を練る。そんな時、駅前に花屋を発見。ココで1人1本花を買うことにした。さわみちゃんは薔薇、私はダリアを購入。圭祐もルリダマを買おうとしていたが、男子が男子に花を上げるのはちょっと…と言う事で別の物を買うことにした。 日吉に着き、けーすけは花瓶を買うことに決定。ampmで花瓶を買う。ボブ宅に到着し、差し入れの食べ物を渡す。その後に「ジャーン」と花を渡す。予想外のお土産にボブの顔は綻ぶ。「でも家に花瓶がないからなぁ」と囁くボブの目の前に立ちはだかったけーすけは、徐にビンの紅茶を開け一揆飲み。驚くボブ。もっと驚いたのはけーすけだ。何故かと言えば、紅茶だと思っていた飲み物に炭酸が入いっていた。ビックリして噴出す。「頑張れ」と言う声援が送られ最後まで飲み干し震えた声で「はい、花瓶」と瓶を差し出した。ボブより「あ、ありがとう」そんなけーすけの目には涙が…辛かったのね。 そして、土産イベントは終了し無事にカレーにたどり着けたのだった。やっぱり週末に遊ばないと一週間は終わらない運命のようだ。今週末もまた… |
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2003年07月23日 15時00分17秒
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昨日は梢、あきえむ、マヤ、のりちゃんと一緒にレンタカーを借りて小旅行に行ってきた。最初は奥多摩の渓谷をちょっと散歩して、美術館に行くような予定だったが、昨日のAM2:00頃、自然に詳しいあきえむから「乙女高原は今花畑になってると思うよ」等という話を聞き、志穂と梢は興味を抱く。そして急遽、乙女高原に行く事になった。朝、豊田の駅に集合すると、いつもの格好をした二人が集まる。どう考えても山登り向きの格好ではなかった。ちなみに私もだ。まやちゃんは晴れた中、傘を持って登場。「マヤが傘を持ってくると雨が降らないから大丈夫」と言い、トランクに傘をしまう。そして出発。 「乙女高原」に着くと、丁度つつじが咲き終わり、次の花が咲くところだった。色鮮やかな高原をイメージしていたが、緑色だった。せっかくきたので、高原内を散策。始めの頃は枯草がクッションの様にふわふわしていて、気持ちが良かったが、段々獣道の様に草が茫々になり、急な登り道になった。厚底靴のまやちゃん、サンダルののりちゃん、穴の空いたスニーカーの私には少々きつい道になってきた。しかも霧が出てきたぞ…不安が募る。登りが終わると、富士山が見れるはずの場所からは霧が立ち込め、見渡す限り白、白、白。とりあえず写真をとる。下りは意外と楽で、茸等を発見し喜びながら下山。ちなみに、他に高原を散策している人々の格好を観察すると、完璧な登山スタイル。明らかに私達の集団はおかしいし、派手だ。無事に高原から出ることが出来、山小屋で休憩。梢ちゃんとトイレに向うと、小屋を経営しているおじさんに掴まり長い話を聞かされる。愛想よく話を聞いていると「嫁に来い!」と言われ「嫁に〜♪」と歌を聴かされた。高原と同じくらい疲れた… ![]() ![]() 続いて「西沢渓谷」に向う。段々になった小川の水がターコイズブルーに見えるらしい。楽しみに思いながら車を走らせる。いろは坂より酷いカーブだらけの山道を下り、途中休憩を入れ、また山道を走る。段々天気が悪くなり、物凄い大雨に遭う。不安を感じながら渓谷に向うと雨は小雨になっていた。傘がなくても歩けるくらいの雨だったので出発する。楽しい気分とは裏腹に、天気の方はどんどん悪くなる。ポツリ、ポツリと雨が降り出し、あきえむの鞄から折り畳み傘が2本でてきた。有難い!あれ?傘を持ってきていたマヤちゃんの手には傘の姿が…???「あれ傘は?」と聞くと「車に置いてきちゃった」え〜!やっぱりマヤちゃん!仕方がないので、これ以上雨が降らない事を願いながら渓谷へ…しかし、その願いは叶わず土砂降りになってしまた。あまりにも酷い雨なのでUターン。意外と距離を歩いていたので、傘を差していたみんなもずぶ濡れに。結局渓谷には行けなかった。 行き先を変更し、今度は秩父に向う。途中日帰り温泉を発見し「大滝温泉」に立ち寄る。ココの温泉は、透明のお湯が少し黄色く色付いていて、少々塩分を含んだ温泉だった。檜のお風呂と、岩風呂の2種類の風呂があリ、ガラスの外には一面河の景色が楽しめた。充分暖まり、つるつるの肌になって風呂を上がる。ドライヤーで服と髪の毛を乾かし、帰路に向う。 お腹が空いたので、途中上手そうな手打ち蕎麦屋を見つけて入る。蕎麦を打つ所がガラス越しに見えたのだが、時間が悪く蕎麦打ちは観られなかった。しばらくすると注文した「丸重(天丼と蕎麦のセット)」が来た。天丼の中身はシソ、南瓜、尻尾まで身のぎっしり詰まったエビの天婦羅が汁の沢山かかったご飯の上に乗っかっていて、一口食べるごとにコロモがさくさくと音を立て美味しい。蕎麦は薄い平たい麺で、手打ち感覚たっぷりの歪な形をした麺で美味しかった!かなり当りの店で大満足。PM6:30頃秩父を出、東京に向う。かなりの成り行き旅行だったが、たまにはこういうのも楽しいので、また発作的に小旅行に出かけてみよう。次は誰誘おうかなぁ…。 |
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2003年07月21日 14時39分35秒
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昨日のみたままつりでの事。永井君が昨日初めて自分の顔の右側に、宝毛が生えている事を発見したと言う話から始まった。宝毛とは、白と言うより透明に近い産毛が伸びたようなモノで「抜けると願いが叶う」「縁起がいいモノなので、抜いたり切ったりしてはいけない」等といったジンクスを持っている。 そんな素敵な毛が生えていることに気が付いたなんて、いい事じゃないか。続いてかおりちゃんも、自分の頬にある宝毛を自慢。さわみちゃんの場合は、なんと宝毛が生えてくると抜いているらしい…勿体無い。ジンクスを話すと、知らなかったらしい。今後は大事に伸ばしてください。そんな中、私にはその素敵な宝毛を見つけたことが無い。探してみたが、どこからも生えていなかった。今日こっそり探してみたが見つからず。四人中三人に宝毛が生えていると言う事は、かなりの割合で生えてくるものなのか? 話は全然変わるが、家の妹は小学生の頃、男子と喧嘩をし、シャープペンで腕を刺された事がある。すると、そこから黒子毛の様に毛が生えてきてしまった。もしかしたら、黒いインクだったから黒い毛が生えてきたのかも、白いインクだったら宝毛だったのかなぁ…。自分ではあえて痛い事はしたくないので、誰か挑戦したら教えてください。 |
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2003年07月17日 22時48分19秒
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7月と言えば、社会人には嬉しいボーナスの時期。しかし、私の仕事はボーナスが出ないので、自分のご褒美に、自己ボーナスを2万円分買ってあげる事にした。 1つ目はSALEまで待とうと思っていた水着。最初は本気で昔の人が着ていた縞々のウェットスーツのような物(HIGH LOWSがロブスターの時に着ていた物)が欲しかったのだが、どこにも売っていなかった(何で皆が捜しているような水着が世間に出回っていないのか不思議だ)ので結局、デニム地でできたPLAY BOYのものを購入。ホルダーネックと短パンの水着だから、着ていてもさほど世間様にご迷惑がかかることはないだろう。ブランド品を買ったのは何年振りだろうか。やっぱり新品はいいね。 2つ目はヌード写真集。古着屋で偶然見つけてしまい、衝動買いをしてしまった。雑誌スマートに掲載されている「ちんかめ」の外国バージョンみたいな写真集なのだが、見ているうちにおっぱいが目玉焼きに見えてきてしまって、長時間見ていると気持ちが悪くなってくる。体質に合わないのか?後、その本の中から写真を使い、I★LOVE☆ROCKの缶バッチを作ったのだ。気になる人は「77's缶バッチ料金表」をクリックしてみよう。 3つ目は「THE LONDON ROCK & ROLL SHOW」リトル・リチャード、ボ・ディドリー、ビル・ヘイリー、チャックベリー、ミック・ジャガー等が出演しているLIVE DVD。金額は\3,333で高くはないのだが、ずーっと欲しかったのに買えなかった。やっと手に入れたので、早く家に帰って見たい。この映像に興味がある人が居たら上映会を開いてもいいだろう。ちなみにまだまだ観たい映像は沢山あるので「Rock'n'News 1月」に掲載したお勧め映画の中のものを持っている人が居たら連絡ください。 4つ目は雑誌「CUT」内容はロック映画特集で、読んでいてかなり面白かったので購入。観ようと思っていたまま見逃した映画のオンパレードだった。もう一度、映画の内容を読んだ後、暇を見つけてみてみようかな。 以上で合計\19,414。残りの\586は今日行く「みたままつり」で使おう。私の2万円の使い道はこんなだったが、皆は2万円自己ボーナスを買うなら何に使うんだろう……? |
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2003年07月16日 14時25分11秒
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7/10に麻子ちゃんが、3400gの女の子を出産。仲が良い子が子供を生んだのは初めてなので、何だか自分の事みたいに嬉しい。早く二人の元気な姿を見たいなぁ。裏写真間にも、麻子ちゃん妊娠六か月記念の写真が載っているが、あの写真を見たらきっと「この子が母親に!」と驚くだろう。あんな細い体のどこから3400g出てきたのか… 生まれるちょっと前に、麻弥ちゃんと子供が生まれてくる時の事を想像をしてみた…二人揃って「痛い!」と叫ぶ。想像するだけでも恐ろしい。口からスイカを出すような感じだ。あ!それってピッコロ大魔王じゃん。鳥山あきらも、なかなかグロテスクなことをしてくれるな。子供の時は気が付かなかったけど、ようやく意味が分かったよ。あの場面は性教育だったんだね…おっと、またどんどん妄想族になって、突っ走ってってしまった。まぁいいか。 そういえば、子供のまだ名前は決まっていないみたいだった。私の知り合いに1番目が生まれた時に「寿(ことぶき)」という名前をつけ、次に生まれてくる子の名前は「司(つかさ)」にすると言ってた人がいる。一見普通に感じるが、二人の名前を合わせて貰いたい。「寿」+「司」=寿司!凄い…面白い人だと思っていたが、ココまでやってくれるとは。でも、こういう考えだと、早く次の子が欲しくなるので、いいのかも。 私も名前を考えたことがある。考えるとどうも音楽方面の名前になってしまう癖があるようだ。けーすけの家のガラスに、よくへばりついていたイモリ(?)やもり(?)トカゲ(?)は蛾を食べるということで「ガレージ」−「蛾」=レージという名前にした。もうこの名前は使ってしまったので、子供には付けられない。次の考えは「ドレミファソラシド」から「レミ」「ソラ」「シド」まだつけていない。この名前はいったい何に付くのだろうか?子供?当分生む気はないので、きっと気に入った石とかに付けちゃうんだろうなぁ。 |
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2003年07月12日 01時42分25秒
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中学校の頃から毎年、七夕になるとやる事が有る。大体予想が付くだろう。そう、短冊を書く事だ。ココまでは普通の人でもやる事だが、ココから先は一般人とは違う。それは、笹の葉でなく、ベランダに置いてある、観葉植物に短冊を下げるのだ。「え?」っと思われるかもしれないが、これが結構効くので驚く。 まず、小学生の時に流行った、今では使えそうもない可愛らしいメモ帳に願い事を書き、観葉植物にぶら下げる。そして、次の日に、願い事を全部燃やして灰にする。その時に飛ばされてなくなっている願い事は、この1年間は願いが叶わない。そして、燃やした時になかなか燃え尽きない物は、願いが叶いにくく、よく燃えた物は願いが叶う。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、本当に願いが叶うから凄い。 新入社員で入った年に「好きなブランドの担当になれますように」と願い事をしたら、入って7ヶ月なのにもかかわらず、一人でDr.Martensを任された。また、中学生の頃バスケ部だった妹は、顧問が大嫌いで「顧問が変りますように」と書いたら、夏休み後、先生は移動になってしまった。何故、願いが叶うか分からないが、正月も家に居ないような私が、この日だけは絶対、家に帰る様になった。今年の願い事は、いくつ叶うのか、今日家に帰るのが楽しみだ。アレが飛ばされていないといいな… |
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2003年07月08日 14時52分42秒
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| 優子と麻衣子が3ヶ月ぶりに仲直りをしました。本当に良かった。皆さん戦争は終わりましたよ。祝福しましょう。 |
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2003年07月04日 15時08分15秒
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小学校の頃、毎日日記を付け、毎朝先生に提出をするという宿題日記があった。それまで日記をつける習慣等がなく、文系が大嫌いだった私にとって、これほど苦痛なものはなかった。楽しいことや、発見があった日は良かったのだが、本当に大した事がなかった日は困った。そんな時は必ず「今日は日記を書きました」と書いていた。 小学生にとって、毎日の楽しみはTV。しかしTVの内容を書く事は禁止されていたので、クラスメートの大半は、家族に起こった出来事などを記していた。「今日はお父さんとお母さんが口喧嘩をしていました」「今日は妹とけんかをして靴を隠されました」等という、家庭の内部事情が丸出しの日記などを提出していたのである。しかも、内容が面白かったり、文章が上手いと、HRの時間に読まれるのだ。こんな恥かしい事はない。シャイだった私は文章を書くことが嫌な上、発表されてしまうかもしれないという恐ろしさから、かなりの苦痛を覚えていた。 だが、今現在はどうだろう。日記を書いている上、その日記をHPで公開。今の私がシャイだと言ったらきっと誰も信じないだろう。さらに小学生の頃は、超病弱で、色白で細く、アウトドアは嫌い、さらに人と話すのが得意ではなかった。どこでどう間違ったのか180℃変ってしまったのだ。 考えてみると、小4の時屋根から落ちてコンクリの壁にぶつかったショックか、小6の時スキーで猛スピードで転び、普通の人が骨折する怪我が捻挫で済んだ時のショックか、中2の時車にぶつかり、相手の車はへこみ私は無傷だった時のショックか…何が原因かはっきりしない。「また、何か大きなショックを受けてしまったら、変ってしまうのかもしれない」等と考える今日この頃だった。 |
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2003年07月02日 14時26分01秒
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