京都御苑

『源氏物語絵巻』などに描かれるような内裏は、ここではない。2kmほど西だっという。その内裏が焼けて、この地に内裏がいとなまれるようになったのは、1331年からだった。以後、明治まで、歴代の天皇はここに住んだが、その間の500年は、天皇にとっては、あまり幸せとはいいかねる時代だったようだ。

石薬師御門

猿が辻

建春門

大宮御所

 
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