第11章 「最初の亡命」
森田氏は、高田訳の誤訳を是正した事例として、
第11章 「最初の亡命」における固有名詞「ウエストミン
スター」をあげている。この章のほかの部分では高田訳がどう改善されているだろるか?
ここでも逐行的に調べてみた。

Я тут же выложил
скромный запас своих
русских
впечатлений: связи на юге слабы, явка в Харькове
недействительна,
редакция
"Южного рабочего" противится слиянию, австрийская граница в руках
гимназиста,
который не хочет помогать искровцам. Факты не были сами по себе очень
обнадеживающими,
но зато веры в
будущее хоть отбавляй.
скромный запас своих
русских
впечатлений 直訳すれば、<ロシアの印象のとぼしい、蓄積>。
T「ロシア人の目でみた印象をかいつまんで述べた。」
(167)
M「ロシア国内の状況に関して得たささやかな印象を話した。」(285)
G「ロシア人の目で見た旅行の印象を語りはじめた。」(274)
それぞれみなおかしい。
скромный запас <とぼしい蓄積> が無視されている。
явка ウシャコフ
の露露辞典では、<秘密の会合がおこなわれる場所、施設、またはそのよう
な会合
そのもの>とある。露和辞典でも。
недействительнаは<効果がない>の意味。
T「ハリコフの秘
密のアジトは役に立たぬこと」(167)
M「ハリコフでの秘密の連絡先の住所が間違っているこ
と」
(285)
G「ハリコフの所書は役に立たないこと」(274)
ここはT訳が最適。
Я повествовал о наших сибирских
спорах, главным образом по вопросу о централистической организации;
о
моем
письменном докладе на эту тему; о бурном моем столкновении со
стариками
народниками
в Иркутске,
куда я приезжал на
несколько недель; о трех тетрадях
Махайского
и пр.
о
моем
письменном докладе на эту тему
T「その問題について私が書いた報告」
M「このテーマに関する私の手書きの試論」
G「この問題について論じた私の報告書」
письменный は、露露辞典には、<口頭・口述に対置される語で、文書による>
という意味とある。
口頭で報告したものでなく、<文書報告>という意味。
創作に近い「手書
きの試論」よりは、Tの「書いた報告」の方がまだしも原意に近
い。
на
несколько недель
T「何週間も」(168)
M「数週間ばかり滞在した」(287)
G「何週間も」(275)
T・Gの「何週間も」は誤訳。しかし、Mの「数週間ばかり」も厳密に言
えば正しいとは言えない。前
置詞のна
が無視されている(もちろんT・Gの場合も)。正確には<数週間の予定ででか
けていった>
とすべきである。

Он знал, что время, несмотря на
всю
свою относительность, есть наиболее абсолютное из благ. Ленин проводил
много
времени в библиотеке Британского музея, где занимался теоретически, где
писал
обычно и газетные статьи.
T「彼は、時間はおよそ相対的なものであるにせよ、人間へ
の贈り物のなかでもっとも絶対的なものであること
をわきまえていた。レーニンは大英博物館の図書館で長い時間を過ごし、そこで理論的研究に没頭し、ふだんは新
聞の論説を書いていた。」(171)
M「時間は、それがいかに相対的なも
のであれ、あらゆる恵みの中で最も絶対的なものであることをレーニ
ンは心得ていた。レーニンは、大英博物館の図書館で多くの時間を費やし、そこで理論研究にはげんだり、新聞の
論説を書いたりしていた。」(281-292)
G「その本来の相対性にもかかわらず、レーニンは時間こそ
絶対的な善であることを知っていた。大英博物
館の図書館で長時間を過ごし、理論に没頭したり、ふだんは記事を書いたりするのだった。」(280)」
несмотря на
......は、「であ
るにせよ」「ものであれ」と同義と
は言えない。
<かれは高熱にもかかわらず山に登った>という文を<かれは高熱であれ、山に登った>と言いかえるこ
とはできない。Gのように「相対性にもかかわら
ず」とすべきだ。
また3者とも、обычно
и газетные статьиの中のобычноと
и の働きを無視している。正しくは、<ふだんは
新聞の記事もそこで書いていた>である。
Это ни на что не
похожее
заключение объяснялось тем, что Л. Д. целиком был поглощен политической
жизнью
и всякую другую замечал
постольку, поскольку она сама напрашивалась, и
воспринимал
ее как докуку, как нечто такое,
чего нельзя избежать. Я с ним не
соглашалась
в оценке Парижа и посмеивалась
немножко над ним".
T「こんなとんでもない結論は、要するに、 Л. Д.は全面的に政治生活に
没入していたため、やむをえず自分に
おしつけられた場合にのみ、その他の生活に心を留めた
もの
の、ほんとうはそ
れらを煩わしく、逃れられないこと
と考えていた、ということから説明できる。私は彼のパリの評価については同意せず、心中いささか彼をせせら笑って
いた」(173)
M「このような途方もない結論が出てきたのは、L・Dが完全に政治生活に没入していて、他のいっさいのこと
は、自分にやむなく押しつけられた場合のみ注意を向けたからであろう。
彼は本当はそうしたことをわずらわしく
感じていて、できれば避けたいと思っていたのだ。私は彼のパリ評に同意せず、いささか内心でせせら笑って
いた」(295)
G「常識を無視したこの結論は、要するに、次のように説明された。すなわち、
L・D・は政治生活に
全面的に没入してい
るので、やむを得ず物事が自分に押しつけられる場合以外は、
その他一切の生活を理解
しようともしなかったのである。彼はその他一切
の生活を逃れられない面倒なことでもあるかのように考えて
いた。私はといえば、パリについての彼の判断を認めず、いささか彼を馬鹿にしていた。」(284)
どの訳文にもそれなりの問題点がある。
постольку,
поскольку... とは、露露辞典によれば、<...の度合いに応じ
て>の意。直訳すれば <ほ
かのいっさいのことには、それがそちらがわから迫ってくるその度
合いに応じて眼を向け
た>。
и
воспринимал
ее как докуку, как нечто такое, чего нельзя избежать.
まずTとMの「本当は」はどこから? 原文にはない。
Mの「できれば避
けたいと思っていた」は原意か
ら離れている。
<避け得ないようなもの>として受けとめていたという意味。
посмеивалась 露露辞典では<軽くからかう>という意味。トロツキーがパリ文明にあまり関心を示さな
かったか
らといって、セドーヴァがトロツキーを「せせら笑う」などということがありうるだろうか? 広辞苑に
よれば、「せせら笑う」は「小
ばかにして笑う」「あざけり笑う」こと。セドーヴァはそれほど根性の悪い女性だっ
たのか? また「心中」とか「内心」に相当する語は原文にはな
い。MはTを
「踏
襲」しつつ、改悪している。
次へ