佐藤様提供5月初旬のドイツ 

ベルリンはドイツ最大の都市。
面積は東京23区の1.5倍もありながら人口は
380万、多くの公園や湖もあり、ごみごみした感はない。

第2次世界大戦末期に連合軍が日本に降伏を迫る「ポツダム宣言」を発したポツダム広場は、今や再開発され近代的なビルが林立している。

東ドイツ(東ベルリン)が1961年に西の自由主義圏への脱出を阻んで築いた「ベルリンの壁」は、1988年11月
崩壊した。
現在ではその壁の一部に多くのアーティストが様々な絵を描き、世界最長のアートギャラリーとなっている



    



ブンデンブルク門。18世紀後期のプロイセン王国時代に建てられた凱旋門で、ドイツ古典主義建築の傑作と言われる。
        
米国とソ連の旗を持っているのは、ナチスドイツに勝利したことを
誇示する連合軍を象徴しているのだと思います。
一種の大道芸で、記念写真を撮らせるのでしょう。  
             


現在のドイツ連邦議会議事堂。東西ドイツ統一後に改築されたという。  
       

第2次大戦中は日独伊三国同盟にあった日本の大使館。屋根に近いところに菊のご紋章が見えるこの建物は、今も日本大使館として使用されている。

 

ベルリン中央駅
         

         ユダヤ人の墓
                    

ドレスデンへ

                       
 
  

5月6日ベルリン中央駅から東部の古都ドレスデンへ向かった。
ドレスデンは隣国のチェコ・プラハと列車で2時間ほどの距離にある。

ベルリンからドレスデンへは列車で約2時間10分だった。平凡な畑や林の続く、町らしい街の少ない畑や平野を走って行った。列車のコンパートメントには私たち夫婦と、二人の女性が乗り合わせ、間もなくビジネスマンらしい男が乗り込んできた。女性の一人は若い学生風であった。大きなスーツバッグを持って乗り込んできた。ベルリンからドレスデンを超えてどこかの大学の寮にでも行くのか、ベルリンの寮から故郷へ帰るのか、とにかくドレスデン駅では下車しなかった。(その列車はハンガリーのブタペスト行きであった。)

57−8日晴れ

7日午前中はバスツアーに参加。ベルリンと違って日本語の録音はなかった。

8日の午後、ガイドブックにあるマーケットを探して歩行者専用の公園通りを歩いた。マーケットは人に聞きながらようやく見つけたが、あまり買いたいものはなかった。そこへ行く途中ファーストフード店と小さなスーパーがあった。ファーストフード店のおばさんに、英語で夕方は何時までオープンしているかと聞いたら、首を振った。夕方の意味で、「アーベント」と独語でいうと、「アーベント、ノイン」と言って、指を9本示し、9時まで開いていることを告げた。「ダンケ」と言って店を出た。

ホテルはエルベ川を望む位置にあった。エルベ川のほとりに出ると対岸にドレスデン城や、旧市街の古い建物がよく見える。

9日は仕事(会議と工場見学)。夕方はエルベ川の遊覧船でのディナーに招待された。

写真13はまだ夕日が沈まない時の遊覧船で撮影したもの。アーティストたちが陽気なロックに近いブルースを演奏していた。