1.研究内容

1-1.発表者 小山 武夫 会員

1-2.テーマ 「危険不可視社会」

1‐3. 内容   

(1)    テーマ選定の背景

Ø  「失敗学のすすめ」で有名な畑村洋太郎先生が著述された「危険不可視社会」から危機管理の経営を研究していたところに、今回の震災に伴う原子力発電所の事故が発生した。そこで、今回のテーマを取り上げることにした。

Ø  「危険不可視社会」は日本中で増えている新種の事故を調査・研究するために、畑村先生が私的に立ち上げた「危険学プロジェクト」の成果をまとめたものである。

(2)      危険を可視化するということ

Ø  安全を絶対視で見えなくなった危険が増えている。それは、自動制御により人間が内部まで理解できなくなってきていることを表わしている。その要因として、機械やシステムの専門家が少なくなってきたことに加え、人間と機械の分担領域が変化してきたからである。

Ø  人間が注意を払わなくてもほとんどの部分で、自動的に安全、安心に使えるようになってきた。このため、想定外の事象に対処できなくなってきたというリスクが増えている。

        この視点は、危険なものを排除しようとする考え方が、危険は初めからないものとして扱うという意識や文化に変化してきたことを意味している。

Ø  だから、「どこが危ないの」「どのように危ないか」が書いてある地図が必要になってきた。その地図には危険のあるところを俯瞰して全体を理解できるようになっていることが重要である。

Ø  危険学プロジェクトの主張

·                         ベキ論 ハズ論はいわない   ⇒ 現実を直視する

·                         社会の健全性を当てにする   ⇒ スポンサーシップ

·                         国のお金は使わない               ⇒ 参加者は手弁当

·                         強いコントロールはしない   ⇒ 参加者の自主性にまかせる

(3)      制御安全の落とし穴

Ø  機械システムを強化するために補強すること自体がトラブルの原因になる。制御技術の落とし穴の多くは現実を無視したセンサーの追加による制御過信にあることが多い。

Ø  今日の制御安全の多くは非常停止するまでである。すなわち安全側に制御するのではなく、止めるという発想がほとんどである。そして、安全側に制御しない制御安全を信じきった瞬間から非常に危険になる。

Ø  現実を明らかにする取り組み事例として、ドアプロジェクトが紹介されている。その中で、自動車のパワーウインドウの自動反転装置は過去の事故事例から改善されてきた。つまり、事故が生じた時に安全側に作動させる制御で、事故が発生し危険があることがわかったから改善が進んだのである。

Ø  本質安全を常に追求する。現実には機械やシステムだけで本質安全は作られていない。

(4)      制御システムの暴走

Ø  マイコンの普及により安全対策は電子制御技術中心で行われるようになった。

Ø  マイコンには故障や周辺機器との不整合があり、必ずしも設計の通りに安全が確保されるとは限らない。初期のマイコンのトラブルにはこの点が原因での暴走があった。

        また、コンピュータ制御でもプログラムのバグによるトラブルがあった。これからも、同様なトラブルが起こりうると考えておかなければならない。

Ø  バグの中には、「想定外の事象が発生した」と「想定したが、ちゃんとできていなかった」がある。

        想定しない事象が発生しても安全側になるということが、本質安全であると思う。

Ø  コンピュータ制御は、初期の設計者から引き継がれていくと、コンピュータの中身はブラックボックス化していく。

Ø  ハードの経年劣化には長期使用でのトラブルがあり、この視点では、現在の技術の認識は未知数である

Ø  ソフトの使用環境の変化により、従来のままでは使えなくなるというソフトの経年劣化がある。ここには予期せぬトラブルが発生するというおそれが大きくなる。

        特に特殊条件下の考え落としが原因となるトラブルは当然予期せぬものになる。

Ø  コンピュータのプログラムにバグがないということを証明することは不可能であるということは証明されている。よって、トラブルが生じる前提で現実を捉えることが重要である。テストが不十分という原因は常にあげられるが、バグがつぶせていないということが真因ではないのであろう。

(5)      「つくる側」と「使う側」の間

Ø  メーカーはどこまで責任を持つか。

Ø  アポトーシスという考え方

·      アポトーシスとはプログラム化された細胞死のことで、カスパーゼとは細胞にアポトーシスを起させるシグナル伝達経路を構成する酵素である。この二つの考え方を取り入れたアポトーシスの機械ができないか。つまり、経年劣化が引き起こす事故・災害を避けるということ。

·      そのための現実的社会の対応として、製造者からのトレーサビリティが重要な要素になる。

Ø  つかう人の問題として、安全に使用するための知識が社会に共有化されていない。

·      十分に社会が経験を積んでいる分野の技術には多くの事故があった。

·      十分な経験を積むには200年近く必要である。

·      経験の少ない分野には不信感を払拭できない。まだまだ多くの危険が残っていると考える必要がある。

·      十分な経験のある例としてボイラーの歴史を取り上げている。

·      経験の少ない例として、原子力発電所を取り上げている。

·      現場を見ない設計者とマニュアルを見ない使用者

·      設計者の意識としての「自分はちゃんと設計したから、後はつかう人の問題だ」ではもう許されない。あらかじめ使用者がどんあつかい方をするのかきちんと確認することが必要である。

Ø  メンテナンスの問題

·      トラブルが少ないからといって、安価なメンテナンスだと劣化のスピードが速まり、事故につながる。

·      メンテナンスはお金がかかるという前提で、見栄えのしないメンテナンス費用の予算取りが国家的に重要である。

(6)      人も凶器 

 

(7)      原発が信用されない理由

Ø  2009年の国内の発電割合は29%が原子力発電所 7%が石油、25%石炭、29%天然ガスであるという現実の中で、今回の事故を考えると、29%を供給している原子力発電がなくなる社会を考えておくことが必要である。

Ø  原子力発電所の事故は1978年からの30余年で9件も繰り返している。

        このため、1990年代の日本の原子力発電の稼働率は80%あったが、今日の稼働率は60%まで低下している。

        今日でも海外の原子力発電の稼働率が90%近くあることと合わせて評価すると、9回も事故を起こし続け、今回の事故を起こしたことは非常に問題である。

Ø  原子力発電所は安全ではないことを認めることからやり直すことが必要ではないか。

Ø  原子力の危険性を認めながらも電力利用をどのように考えるのか。

Ø  発表者の友人からの原子力発電についての手紙が紹介された。「23重に安全を考慮した設計ができているが、施工の段階でその通りに作られていない。また、運転の段階でルールが守られていない。」という内容である。

(8)      子供から危険を奪う社会

 

(9)      規制・基準で安全は担保されるか

 

(10)  安全社会の危険

Ø  異常を感知したとき、最後は人間の判断か機械の判断か。航空業界の事例から学ぶ原子力発電所の運転管理

Ø  頭の中で考えている人間と自動的に動く機械の分担領域は違う。にもかかわらず、それぞれの分担領域が広いと思っている。ところに大きな誤りがある。

Ø  危険の旗を出すため、ハインリッヒの法則の下から発生防止を考えていくことが重要である。

Ø  ビジネスの原則には危機管理は儲かる、予防こそがビジネスの要諦である。しかし、そのためには、判断できる専門家が重要であり、適切な専門家の判断こそが危機管理である。

以上 


報告者:坪田会員

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