1.研究内容
1-1.テーマ
1-2.発表者 井村 章夫 会員、
本邦の独自の制度である「実印」制度の下で、市場を確保している印章小売店の技術と経営環境を概観します。
(1)
はじめに~印章の歴史
紀元前4000年頃のシュメール文字発明後、泥製の印章が作成されてから、公印等の印章は、各国の統治にとって不可欠のものとなりました。本邦では、戦国時代に花押が使われたこともありますが、明治五年の実印制度の運用から、今日では印章が社会生活で不可欠なものとなっています。このため、印章市場は手堅く存在します。
(2)
印章の製作技術
印章の製造工程は①字入れ、②粗削り、③仕上げの3工程です。すべての工程を手作業で行うと、「手彫り」と称し、
機械を使い、かつ、字入れ、仕上げを手作業で行うときは「手仕上げ」と称し、その他は「機械彫り」と称します。
昨今は、パソコンで制御されたロボット彫刻機が100万円未満で入手でき、設備面、技能面での参入障壁は低いです。手作業では、印刀(小刀)、篆刻台(治具)、坊主(手仕上げ用の台)などの道具を用いて、仕上げます。印材は
象牙(歯の一部)、角(皮膚の変質部分)、柘植、水晶などで、耐久性、高級感、加工性、価格、用途などで使用印材が異なります。一般に、実印は高級素材が使われます。また、印材はシャチハタやサンビーなどの一部の大手が供給しています。印章の職人では、高度な技能者の一部は厚労省の印章彫刻技能士という国家資格を取得しています。
(3)印章業界を取り巻く経営環境
印章小売市場は、少子高齢化、法人の書類レスなどの傾向から、漸減して本邦では約200億円市場(平成27年度)となっています。また、印章小売店を取り巻く競合環境は、業界内ではフランチャイズチェーン店との競争、100円ショップとの競合、ネット販売や高級文具店などの異業種参入、ロボットによる安価な印章製作技術の普及や電子認証の普及などの代替技術の進化、サンビーなどの印材メーカーの既製印章販売などの風上圧力、顧客の低価格志向などの風下圧力で厳しい状況になっています。また、象牙などは動植物を保護するワシントン条約で国際的な規制があり、輸出入の全面禁止に追い込まれ、象牙印材の価格高騰、調達が難しくなっています。また、個人経営の印章店がフランチャイズ化を行うと、500万円程度の初期費用の発生や、固定的なロイヤリティ費用の発生で、1500万円程度の売上が見込めないと利益が薄いなどの事情があり、フランチャイジー化は十分な検討を要します。
(4)印章店の経営の実情
厳しい経営環境下ではありますが、印章小売店は、文具店のような流通業でなく、製造小売業なので、製造での高付加価値化の要素があります。このため、1985年頃に文具店は約30000店、印章小売店は約9000店ありましたが、2010年頃、文具店は約13000店に激減したのに比べ、印章小売店は約11000店に漸増しています。高付加価値化で収益を確保していると推察できます。これは印章小売業の平均的な粗利益率が約50%で、他の製造業の粗利益率約25%に比べ大きいことからも伺えます。尚、設備投資が比較的少なく、商品が小さい割に高価格なので、店舗面積に比べ大きな収益が得られることも業界の特徴です。ただし、通常は固定客である法人客からの収益もかなりを占め、また印刷などの副業も行っているので収益を確保できている側面があります。
(5)印章の製作現場状況