性質 1/22
さき程、好きなバンドのsite見てきて影響されすぎて、
新しい人格が成立したmikiです。半分嘘です。
え、とね。音楽と言うのは、憧れを持っていて。
憧れのものを精一杯掴もうとして、掴めなくて。
全部はね、掴めないと思うんですよ。全部、は・・。
でも、ある程度、完璧って程までは掴めると思います。
一人一人、個性があるからこそ、
同じ音楽をやっていても、オリジナリティーが、輝く。
その、ね。人生、皆辛いでしょ?って言う人おられますが、(尊敬している人なので謙譲語)
私は、辛いと、感じた事はある。ケド。それは
本当の辛さなのか?と
あまーい、自分。今まで甘やかせてきたから
ちょっとの逆境をも、辛い事と、錯覚。そう思ってるんじゃないのかなと。
ぶっちゃけ、思い返すと、辛かった事も全く辛くない。
痛くも痒くもない。
けど、辛いと、”錯覚”している事は訪れる。
なんだろう。こうゆう風に考える思考を持っているだけでも
十分幸せなんだと、思う。
今度からね、まぁ、影響受けている間だけだと思うけど、
貪欲になろうと、思う。辛さに対して。
もっと、もっと。辛さを、自分の中で”苦しい”事を
感じる事によって。辛さとは、なんなのか。なにが本当なのか。真実なのか?
これから音楽をやっていく上で、そういった感性を磨いて、
知る事は、大事。かな、と。
自分は今19才だけど、21になったら、もうかなりの鬼気迫った状態なんだろうなーって、思う。
21才になって、尚、今のヨウナ状態が続いてれば、
・・・・
どうしようも無いと思う。
先日、親と飯喰いに行った時、
普段はあまり言わないのだが、
「お前もそんな歳になって、ふらふらしてないで、就職とか、どうするの?」
一応高校出たばっかの歳なんだが、遅かれ早かれ、言われる事だろう。
今年の4月から、専門学校に行こうと思ってた。
そりゃあ、ね。
3才〜高校2年の冬までは、絵が大好きで。
将来も、画家になって、もちろん美術の専門学校に行く事が自分の中では当たり前になっていた。
画家になって、ね。世界各国を旅して回るんですよ。
だからどっちにしたって、普通に会社に勤めるOLになろうとは、幼少の時から
微塵も思っていなかった訳で。
絵、ね。今UPしているものは、遊びです。
ほんとはね、壮大な風景画を書きたい。
自分の為だと思ってやっている事なんだと、思うけど、思い返してみると。
絵を好きになったのは、初めて書いた絵が、友達や親に誉められて、調子に乗って
書きつづけていたら、結果。好きになった。
絵は自分の中では特別で、絵さえ書いていれば、なんにも怖いものなんて無かった。
全て信じられた。
私って、もう既におわかりのように、変わってます。
人と同じ事が嫌い。
以前に友達と、池袋の星だらけの喫茶店に食事に行ったときに、
13正座占い なるものが食器の下に引くものとして、来た。
読んでみた。覚えているものは、
「人生は一つの舞台だと考えている」
「目立つことが好き」
と、かかれているのを記憶している。
友達は、「前者はあってるけど(音楽やってるの知ってたから)後者は・・・違うよねぇ?」
うん、そうだね。でも本当は好きだたんだ、目立つこと。ごめんね。
と、思っている心とは裏腹に”建前”の自分で接している私が居た。
昔ね、細かい事なんだけど、目立つことが好きだったんだ。小学生の頃。
塾に行っててね。初めての時で。「なんとか皆と仲良くなんなきゃ」
って、思って、初めての人に話し掛けてみた。
「そのたまごっち何〜ww」
・・・たまごっちて、あーた・・・(笑)
そうしたら、同じクラスの女の子が、
「煩いなぁー割り込んでこないで〜」
wwww
子供って残酷(爆
ま、そんでちょっち内気になりましたとさ。ちゃんちゃん♪
でも、人間の性質の根本的なものはいつになっても変わらないんだなって、思うよ。
絵は勿論、好きだし。目立ちたがり屋だけど、アウェイでは無理だしwwww
それにね、音楽めざし始めたのも、家でね、食事の準備している中、恥ずかしいながらも、
何気なく口ずさんでたのよ。当時大好きだった「Depend on you」
そうしたら親が何気なく、「お前歌、うまいな〜」
そっから勘違い発生www
やっぱ、誉められてナンボって、思いますね。ほんとに、背中を後押ししてくれている気がします。あ、いや してくれてるのかw
そっから段々、少しづつ、心の中で音楽の希望が満ちてきて。
初めてちょずいて作曲なんかしちゃったりしてw
昔ね、曲ってものは、誰もが簡単に作れるものじゃないと思ってたんですよ。
なんか、専門家の人が作った「音」だけが、音楽。
そう信じてやまなかったですね。すなわち、「曲を作るのには許可がいる」と、思ってましたw
だからね、自分で詩を書いて、曲を作った時には、なんかいけない事をしてしまった気がして、
内心ハラハラですよ。「これって違法行為?」「私が作ったものは曲じゃないのか?」
等など色々考えて、罪悪感でした。
いつその誤解が生まれたのか、また いつ謎が解けたのかは定かではないですけど、
作ってみると、ね。今まで溜まってたものが一気に溢れ出るように、
初めて作詞したときは、”これでもか!!”ってゆうくらいにできました。
そうして、自惚れですよ。「自分向いてるんと違う?」
こうして、音楽の道を歩むことにしたんです。
ーええ。決定打となったものは、コブクロのライブが切欠です。
忘れもしない、2003年12月26日。
ライブを見終わった直後にクロサワ楽器までギターを買いに走りました。
同月、10日に、見に行った時から決意は固まりつつあったんですが、26日、遂に、です。
そうして、2004年、独学で曲をつくり、ギターをもって半年でストリートに行きました。
ええ、一人で。
ストリートは数える程にしかやってませんが、(ちょっと臆病になっていたので)
楽しかったです。深夜、電車が終わってから朝までとか。昼の井の頭公園とか、
やったのですが、決定的なのが、目黒でのスト。
朝までコースで、その時に色んな人が話し掛けてくれて、聞いてくれて。
お金まで貰う始末で。(朝までで5千円ちょっとだったかな。)
「なんで皆、こんな技術もへったくれもない自分に、よくしてくれるんだろう?」
当時、現在でも最大の疑問です。愚問ですか?
そうしてね、一曲、自分の中でお気に入りの曲「悲しみの果て」、これは友達も
推してくれました。そして「タイトエンド」
この2曲をカセットで録音して、MDに落として、作りました。
そしてー奥沢でやったんだっけな。そん時に通りかかった人が
「全部買ってあげようかと思った」
等と言ってくれました。そこで確信。
「ああ・・皆同情票だったのね」
無償に悲しくなりました。そんなんだったら、ストリート出る必要ないな、と。
そっからスト休止しました。そしてね、話は戻って、目黒の時、サラリーマンのおっちゃんが
(あ、ここはお兄さんいうといたほうがいいのかな?)
来て、延々話してました。無論初対面です。
兄さん「それってさ、今は叶うと思ってやってるでしょ?」
私「−はい、もちろんですよ!!」
兄さん「俺もな、音楽やってたんだけど、当時は絶対に飯喰っていけると思ったよ。だけどな、そのうち気づくんだよ、現実ってやつを。」
私は決意を固くしました。
今やっている事、絶対やり遂げる事が真実なんだ って。
でも、夢を見ている若者に対して、その物の言いようはシビアではないかい?ww
でもね、その事が逆に私を奮い立たせるボルテージになったんだよ。ありがと。
そして早1年半。
自分、何やってるんだろうね?最高に笑ける。