大学の事
私が行ってた大学は横浜市にありました。石原裕次郎が眠るお墓の総本山のお寺が経営する大学・・
の割に結構ガラの悪い場所にありました。
競輪場はあるし、駅前には風俗があるし。ガラの悪いおっさん達がうじゃうじゃ駅にいました。
駅前とか臭かったもん。
ちなみにこの大学。滑り込みで入った大学でした。
本命は他の大学だったのですが、滑り止めを受けてなかったので
落ちたとき急遽英語の教員免許が取れる大学!で受けたのがここでした。
だもんで、実際のところ大学に受かってもあんまり嬉しくなかったってのが正直な気持ちです。
大学に入学が決まり、大学に寮があるので2年間は寮に入る事も決まり
色々大学のことを調べた時に知ったのですが
この大学・・・なんと・・・・女子大なのです!学部が文学部と歯学部しかないんだけど
文学部は女子のみなんですよ〜〜〜。びっくりしましたね〜〜。
だってさ、一応あたしだって思春期の学生でしたから「出会いがないじゃん〜〜〜」と真剣に思いましたね(笑)
いや、笑い事じゃないって。
*ちなみに今は全学部共学になりました。ちくしょ〜〜〜。
あと学生の人数がすごく少ないんです。なんかこじんまりした大学でした。
文学部は英米文学科と日本文学科とあって、各240人くらい。
だからね、なんか結構憂鬱だったのを覚えています。
学校が始まり、ガーン・・・と思った事はいくつもありました。
まず生協がない。普通、大学には生協があって本とか映画のチケットか安く買えるんだけど
生協に大学が加入してないので、利用できないんですよ。
そんなこと最初知らなくて、他大のゆうじんちんに「えっ、生協ないの!?」って言われて
初めて知りました・・フッ・・・
あと教授の先生がうちの大学の専任じゃないので、いつも学校にいるわけではなかったのです。
普通大学といったら研究室があって、大学3,4年になると研究室で仲間とわいわい
やったりするはずなのに、それがなかったんですよ〜〜〜〜。
まぁ文学部なのでいりびたって研究したりする必要もなかったけど・・・・
そういう意味では他の大学とはぜんぜん違った生活だったと思われます・・・・
だから結構他の大学の友達がうらやましかったな。
それにさぁ・・他の大学は〜共学だったしさ〜(笑)
ただしうちの大学。優れている事があったんです。
それは・・・・図書館
うちの大学は図書館司書の資格が取れる事で有名で、だもんで図書館は充実してたのです。
地階にAVルームがあってレーザーディスクで映画が見放題だったのです。
ソフトも毎月追加され充実していたので、映画には困らなかった・・・
それから、図書館には個室の勉強部屋があり、とても綺麗で
たまに寝てる人とかいました。すごい整った図書館でした。
でもね、当時まだPCが今ほど普及してなかったので、PCは図書館に1台だけ・・・・
というなんとも悲しいものでした。。。
あとね人数が少なかったのでサークル活動はほとんど他の大学と合同でした。
横国とか横市とか他大のサークルに参加するって形がほとんどだったんだけど
あたしそういうサークルには属さなかったんだよね。
あたしが入っていたのは英語部(ESS)でございました。
うちの大学の部活だったので女ばっかでした(笑)
でもそれはそれで楽しかったし、充実した大学生活だったかな〜〜
英語部のことはまた別の時に・・・
でもあたしが書いた卒論って、どこいったんだろう・・・・
どこしまったんだっけな・・・・