The Beatles

  

中学生頃から本格的に聴き始めた、初めてのミュージシャン。それまではテレビでアグネス・チャン、天知真理、南沙織、小柳ルミ子などを聴いていた僕に、まずビートルズを教えてくれたのは、一回り年上のいとこのレコード棚であった。”ヘルプ”、”レット・イット・ビー”、”アビー・ロード”と小遣いをやりくりして1枚ずつ、宝物を増やしていくように揃えていった。新しいレコードに針を降ろす時のわくわく、どきどきとした気持ち。今から考えるととても初々しい、中学生時代。

ビートルズのレコードがほぼ揃ってからも、毎日毎日聴きつづけた。受験で少しは勉強したが、その時にもヘッドホンからはビートルズの音楽が。学校での授業中は、今晩帰ってどのアルバムを聴こうかということばかり考え、頭の中にはあるアルバムの1曲目から順番に鳴り続けていた。それほどただただ4人はアイドルだったのだ。

他のミュージシャン達も聴くようになっていき、ビートルズに対するスタンスは多少変化はあったが、それでも好きなものは好きであった。僕にとって最初に出会ったミュージカルショックであったのがビートルズなので、秤がビートルズになってしまっていたのだ。

高校、大学時代と時が過ぎ、いつのまにかポールの曲よりジョンの曲、ポールの声よりジョンの声、ビートルズ=ジョンに限りなく近づいていることに気が付いた。ポールの曲なんて女子供の好きそうな甘ったるいラブソング、ジョンの曲こそが魂の叫びと感じるようになっていった。そんな頃に突然やってきた不幸な知らせ。

大学の帰り、地下鉄に乗っていると、おじさんの読んでいるスポーツ紙から大きな活字が目に飛び込んできた。”レノン撃たれる!!”。頭の中で一瞬、「レノン???、レノンなんて名前で思い浮かぶのはそうそういないよなあ???」 まさかと思いながら地下鉄なんば駅にいつも貼り出してあった大阪新聞を見ようと、駆け出していた。

あの時おじさんのスポーツ新聞の活字を見た瞬間の映像は、瞼に焼き付いていまも忘れられない。ジョンが死んでしまってから、ビートルズとの間に適度な距離が置けるようになった。僕もちょうどそんな年齢になっていたのかもしれない。ジョンは一番好きだけど、ポールの才能もやっぱりビートルズなんだと感じるようになった。映画”レット・イット・ビー”の屋上シーンで笑いを交わしながら歌っていたジョンとポールの間には、どんなに親しい友人や肉親でも、増してや世界中のファンが入り込める隙間なんて無いんだと思うようになった。

ビートルズについて語る事は、絶対これだけではない。僕の青春とともに常に一緒だったビートルズ。今はほとんどその音を能動的に聴く事はないけれど、有線で流れてくるほとんど全ての歌を一緒に口ずさめるミュージシャンは、僕にとってはビートルズだけなのである。僕が彼らのレコードを買い始めた頃に、レコードの広告帯に書いてあったフレーズがある。 ”BEATLES FOREVER” 今、このフレーズは僕の胸の中にある。