カトリック教会略年表(一信徒が作るホームページ カトリック川越教会) |
|---|
| 紀元30 | イエス・キリストの死。 | |
| 47 | エルサレムで公会議が開かれる。(ユダヤ教徒以外にもキリスト教への入信が認められる) | |
| 64 | ローマで皇帝ネロによるキリスト教の迫害起こる。(この頃、ペテロとパウロが殉教する) | |
| 70 | エルサレムはユダヤ人の反乱(第1次ユダヤ戦争)を鎮圧したローマ軍によって陥落し、神殿は焼き払われる。 | |
| 135 | 第2次ユダヤ戦争終結し、ローマによってエルサレムは廃墟となりユダヤ人は追放されて流浪の民となる。 | |
| 250 | ![]() |
ローマ皇帝デキウスによりキリスト教の大迫害が始まる。 (皇帝デキウスの肖像を刻んだコイン) |
| 303 | ローマ皇帝デオクレチアスによりキリスト教禁圧令が出される。 | |
| 306 | ![]() |
この頃、コーモンのアントニウスがエジプトで隠修士を集め修道院を始める。 (エジプトのコプト教会にあるアントニウスの古い肖像) |
| 313 | ![]() |
ローマ皇帝コンスタンティヌスがミラノ勅令を発しキリスト教を公認する。 コンタンティヌスは後にキリスト教に改宗する。(皇帝コンスタンティヌスの肖像のコイン) |
| 325 | ![]() |
コンタンティヌスによって二ケア公会議が開かれ、父と子の同一性を確認し、アリウス派が異端とされる。 (ローマのラテラノ教会。コンスタンティヌスによって建てられた世界最初の教会建築) |
| 381 | ![]() |
コンスタンティノープル公会議が開かれ、二ケア公会議を補則する。 (イスタンブールに残る古代コンスタンチノープルの城壁) |
| 391 | ローマ皇帝テオドシウスがキリスト教を国教とする。 | |
| 395 | ![]() |
ヒッポ(北アフリカ)の司教アウグスティヌスが告白録を書く。 (アウグスティヌスを描いた最古の肖像画) |
| 397 | テオドシウスが没し、ローマ帝国は東西に分裂する。 | |
| 407 | ![]() |
ヒエロニムスが聖書をラテン語に翻訳する。 (1455年のグーテンベルグ印刷聖書に記されたヒエロニムスの書簡) |
| 431 | エフェソ公会議が開かれる。(ネストリウス派を異端とする) | |
| 451 | カルケドン公会議が開かれる。 (キリストは唯一の位格である事が確定し、コプト教会、アルメニア教会などが離反する) |
|
| 452 | ローマ教皇レオ1世がフン族の長アッチラをローマから撤退させる。 | |
| 476 | ゲルマン人の度重なる侵攻に耐えてきた西ローマ帝国がついに滅亡する。 | |
| 486 | クロヴィウスがフランク王国を建設する。その後、クロヴィウスはカトリックに改宗する。 | |
| 529 | ![]() |
ベネディクトがモンテ・カシノ山に修道院を建てる。(西方修道会制度の創設) (ベネディクトの修道服姿の肖像) |
| 590 | ローマ教皇にグレゴリオ1世(大グレゴリオ)が即位する。(この頃より、教皇という言葉が使われる) | |
| 713 | イスラム軍が西ゴート王国を倒し、リベリア半島を支配する。(〜1492) | |
| 732 | ![]() |
シャルル・マルテルがフランスのポアティエで侵行して来たイスラム軍を破る。 (シャルル・マルテルの棺に施された肖像) |
| 800 | ![]() |
シャルル・マルテルの孫、フランク王シャルルがローマ教皇レオ3世よりローマ帝国皇帝に戴冠される。 (戴冠されるシャルル・マーニュ。カール大帝とも呼ばれる) |
| 867 | 東のローマと西のコンスタンティノープルの教会が一時的に分裂する。 | |
| 962 | 東フランク(ドイツ)国王オットーが神聖ローマ帝国皇帝となる。 | |
| 1054 | 東西の教会は相互に破門する事により、最終的に分裂する。 | |
| 1077 | 教皇グレゴリオ7世に破門された皇帝ハインリッヒ4世が赦しを請う。(カノッサの屈辱) | |
| 1096 | ![]() |
第1回十字軍が出発し、その後、パレスティナとシリアの一部を占領する。(〜1292) (エルサレム神殿跡に建つ岩のドーム。十字軍後、イスラム教モスクとして建てられた。) |
| 1209 | ![]() |
アッシジのフランシスコによりイタリアにフランシスコ会が創立される。(同じ頃、ドミニコ会が創立) (フランシスコの死の直後に描かれた肖像) |
| 1215 | ラテラン公会議が開かれる。 | |
| 1273 | パリ大学教授でドミニコ会のトマス・アクイナスが神学大全を完成する。 | |
| 1309 | ![]() |
教皇クレメンス5世が南フランスのアヴィニョンに居を移す。(アヴィニョン捕囚、〜1377) (アビニョンの教皇庁跡。前方に有名なアビニョンの橋が見える。) |
| 1378 | 対立教皇が擁立され合い争う。(教会大分裂、〜1417) | |
| 1414 | コンスタンツ公会議が開かれる。(教会大分裂に終止符を打つ) | |
| 1429 | ![]() |
フランスでジャンヌ・ダルクが火あぶりとなる。 (ジャンヌ・ダルクの肖像画) |
| 1453 | ![]() |
東ローマ帝国(ビザンチン帝国)がオスマン・トルコによって滅亡する。 (首都コンスタンチノ―プルの聖ソフィア教会。東ローマ帝国滅亡後、イスラム教モスクに改装された。) |
| 1479 | カステリアとアラゴンが合同してスペイン王国が成立。まもなくイベリア半島からイスラム勢力を放逐する。 | |
| 1492 | ![]() |
コロンブスが西インド諸島に到達する。以降、アメリカ大陸の宣教が開始される。(アメリカ大陸の発見) (十六世紀の世界地図) |
| 1517 | ![]() |
ルターの宗教改革が始まる。その後、多くの教会がプロテスタントとなってカトリック教会から分離する。 (ルターの肖像画) |
| 1534 | ![]() |
イギリス国教会がカトリック教会から分裂する。同年、イグナチオ・ロヨラらによりイエズス会が創立する。 (イグナチオ・ロヨラの肖像) |
| 1545 | トリエント公会議が開かれる。(〜1563、カトリックの教会改革) | |
| 1549 | ![]() |
イエズス会司祭フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝える。 (ザビエルの肖像画) |
| 1582 | ローマ教皇グレゴリオ13世がグレゴリウス暦を公布する。 | |
| 1633 | ガリレオが地動説により宗教裁判を受ける。 | |
| 1789 | ![]() |
フランス革命が起き、聖職者や修道士が迫害される。 (民衆に処刑された国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの墓碑) |
| 1804 | ![]() |
ナポレオンがフランスの皇帝となる。 (馬に跨ったナポレオンの肖像) |
| 1858 | 南フランスのルルドに聖母マリアが現れる。(その後、ルルドは巡礼地となる) | |
| 1869 | 第1バチカン公会議が開かれる。(教皇無謬説を教義とする) | |
| 1914 | サラエボ事件が発生し、第一次世界大戦始まる。(〜1918) | |
| 1929 | ローマ教皇ピオ11世がイタリア政府とラテラン協定を締結する。(バチカン市国成立) | |
| 1939 | イギリス・フランスがドイツに宣戦布告し、第2次世界大戦始まる。(〜1945) | |
| 1962 | ローマ教皇ヨハネ23世によって第2バチカン公会議が始まる。(〜1965) | |
| 1965 | ローマ教皇パウロ6世と東方教会のコンスタンティノープル総主教が和解し、東西教会の対立解消する。 | |
| 1978 | ![]() |
ヨハネ・パウロ2世がポーランド人として、また共産圏初のローマ教皇となる。 (司教帽を被り司教杖をついたヨハネ・パウロ2世) |
| 1989 | ベルリンの壁が崩壊する。(共産主義国家の解体) | |
| 2000 | ![]() |
大聖年(ジュビリー)2000、バチカンの扉が開かれる。 (大聖年2000のマーク。世界の四大陸を表現している。) ヨハネ・パウロ2世が聖地エルサレムを訪問し、ユダヤ教の指導者と会談する。(カトリックとユダヤ教が和解) |
| キリスト教前史略年表 | 初代キリスト教略年表 | カトリック教会略年表 |
| 日本のカトリック教会略年表 | カトリック川越教会略年表 | |