Repo:コタツの中から海が見える<シーカヤックMBA学>その

2007年3月3日(ひなまつり)

<不安定な世界>

シーカヤックは鉛筆のようなシルエットを持った小舟だ。全長は5mに対し幅60cm程度。そんな細長い丸木舟のような舟が水に浮いているのだ。

多くの人はそのシルエットを見て、「転覆しそう〜ぅ?」とか、「大丈夫でしょうか?」なんて心配する。

「子供のころ乗った公園のボートでもひっくり返るのだから、鉛筆のようなシーカヤックがひっくり返らない訳がないでしょ・・・。」

「だって、テレビで激流くだりやっている、あれ(リバーカヤック:幅は似たようなものだが全長は3mくらい)と同じようなものでしょう・・・」

と言う誤解もよくある。

ところが・・・!

実際には、これがなかなか転覆しない。多少のコツはあるものの、初心者でも大抵の方は転覆しない。

夏などに、初心者の講習会で(意思確認をしたうえで)、

「万が一の時のために、転覆した時の練習をしておきましょう」

とか、

「再乗艇(足の着かない沖合で転覆したカヤックに再度乗り込むこと)の練習をしますから、とりあえずカヤックをひっくり返してみましょう・・・」

と言っても、なかなか舟を転覆させられない人もいるくらい安定している。勿論、転覆させても、カヤックからは直ぐに脱出できるような配慮と、再乗艇の用意は万全にしたうえでの話なのだが・・・。

このような安定性は、舟自体の構造によるものと乗り手自身の本能によるものなのだろうが、「やりますよ〜ぅ!」と言って、すぐに“クルリ”、“ドボーォン”とやれるのは、若くて元気のいいスポーツマンか、怖いもの見たさのギャルくらいなものだ。

不思議なもので、人生経験豊富な課長さんや、いつも家族の食生活に気配りを欠かさない堅実な奥様ほど、転覆させるまでに「覚悟」をする時間を必要とする。私の場合は、昔から水と縁の深いスポーツばかりやっていたこともあって、この感覚はあまりないのだが、人間は文明に支配される時間が長いほど「頭が上で足が下」、「人間は空気中に生きる生物」ということに慣れるらしい。それとも「大地にしっかり足を踏ん張って、一歩ずつ歩く・・・」という社会的通念の学習の賜物か・・・。

いずれにしても、時には“転覆しやすい”筈のカヤックを、どうやったら“転覆させられるか”・・・をお教えするくらい、シーカヤックは安定している。そして、どうしても転覆させられない時には、「・・・そうでしょう。カヤックって簡単には転ばないんですよ。安心しましたか?」と、営業テクニック(冗)で話をすり替えることも・・・。

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初心者の方が、体験の次にステップアップされて、少しシーカヤックを楽しんでみたい!と思った時、サポートする側が何よりも考えるのが安全である。

本当は、初心者の方々には、これを意識の外に置いて於いて頂きたいというのが本心なのだが、まあ、これなしではこの遊びの楽しさも半減してしまう。

遊園地の人気No.1がジェットコースターであるように、人はスリルを味わうと脳内ホルモンの作用で、これを快感と誤認するらしい。多分、人間の・・・というより、高等生物の本能の一部に、「安全」に対する欲求の反対として「新しいものに対する興味」を失わないようにする機能があり、これが人間の進化を加速度的に推し進めてきた本質なのだろう。“新しいものを選択する”ということは、“リスクを採る”と言うことであり、これは“安全ではない”がそればかりでは何も変らない。故にこれに対する興味を持つようにする仕組みが脳にはあるのだと思う。

東京に出かけると見かけるバリバリのセールスマンなんかは、きっとこのスリルを味わいすぎて、脳内が中毒症状になってしまっているのだろう。・・・彼らのような人種は、絶対に海にはやってこないだろうが、もし、彼らがシーカヤックに乗ったら・・・・・・・。

もしかしたら彼らは、不安定な水の上で、誰よりも不安に耐え切れずに、中毒になっていった人種なのかもしれない。

話を戻そう。

本当のことを言えば、普通にシーカヤックに乗る人にとって「危険」など滅多にないと思う。危険と言えるような危険は、モーターボートや漁船くらいなものだろう。

人間は、危険を察知しなくても「不安定」な状況を避ける本能があるので、危険な海域には近づかないし、天候が悪くなりそうな日には出かけない。万が一のときにも逃げ場がなくなるような場所には行かない。・・・よくない結果を散々予想しこれを避けるという、ごく普通の思考回路は、人間の本能が「安全」を求める証なのだ。

が、同時に人間には、スリルを味わう本能もあると思う。そしてそれを味わうと、病み付きになるという機能も・・・。だから、シーカヤックが不安定だと知りつつも興味を持ったり、それ以上の何かを求めたりして、「一度乗ってみようかな」と考える人がやってくる。

我々、体験をサポートする側は、そのような人の心のバランスを微妙に推し量りながら、「楽しさ」を見つけてもらうお手伝いしかできない。

シーカヤックに乗る人のステップに合わせて、「不安」を「スリルという興味」に置き換えながら、自分の力で舟を前に進めていく楽しさを知れば、そこには新たなブルーウォーターの世界が待っている。所詮、不安定な水の上で、一艇に一人が乗っているという小さな孤独の中にあって、新しい自分の存在を再認識する媒体がシーカヤックの世界だと思う。

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シーカヤックの乗り方について書かれた本を見ると、大抵の本には転覆した時のための練習方法が書かれている。

例えば、「セルフレスキュー」という技術は、その名のとおり、海上で転覆したシーカヤックに自分ひとりで再び乗り込む技術(再乗艇)として広く紹介されている。パドルフロートという浮力体をパドルの先に固定し、これをカヤックの中央付近の船体に直角に固定し、これを足場にして舟に乗り込むのだが、実際にやって見ると本当に大変な作業だということが分かる。そして波が高ければ絶対に出来ない方法だということも・・・。

なのに・・・。この“いざと言うときに使えない”技術が、初心者にとっては安心を得る重要な技術であるかのように書かれていることが多いのは、非常に残念に思う。

セルフレスキューという技術は、これが「万が一の場合のために」必要なスキルなのか、「万が一の場合のために必要なスキルを身につけるまで」に必要なスキルなのかはあまり明確ではない。

丁度、「これを行えば会社が良くなる・・・」という世にある多くの経営手法と同じ。「保険に入っておけば安心」というような心理に応えているだけなのだろうか・・・・。

本当に必要な時に役立つレスキュースキルとは何なのか・・・?

確かにシーカヤックが安定した舟であっても、それには限界がある。初心者には初心者の、経験者には経験者の、その舟にはその舟の限界があり、シーカヤックの転覆はその限界を超えた時に起きる最後の結果だ。もう「スリル」ではなく、「リスク」の世界だ。

しかし、舟は転覆するし、天気は保障されているものではない。何より絶対安全だったら、シーカヤックの魅力である“スリル”はなくなり、公園のボートになってしまうではないか!

そこで、シーカヤックを発明した大昔のイヌイットたちは、これを前向きに解決する方法を考えたのである。「自ら転覆させる」という方法だ。ただし、バランスを崩したら、敢えてこれに拘らず自ら転覆させて再び起き上がる・・・ということも追加して・・・・。

まさに発想の転換、コロンブスの卵だ。この「ロール」という技術と、これを行うのに適した舟がカヤックだ。公園のボートで「ロール」して起き上がれないことは、誰だって想像できるだろうから、ここではこの原理は説明しない。

敢えて不安定な船体構造にすることで、最終的なリスク転覆を克服する方法を見出した大昔のイヌイットの知恵は、現代人の我々も見習うべきことは多いはず。社会構造や組織が成熟した現在、一見それらは安定しているように見えることから、そこに属していれば安心感がある。

しかし、シーカヤックは「不安定」であるが故に、最大の「安全」を手に入れた舟のひとつだということを、知識ではなく体験として覚えることが出来たなら、きっと、我々の日々の社会生活も変っていくだろう。そして、「安定」こそが最大の「不安」となり、「不安定」が「究極の安全」を保障する力を持っていることに気がつけば・・・・・・、

きっと、あなたにも普通の人とは違った世界が見えてくるだろう。

おわり

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