ねぇ、父さんと母さんはいつ帰ってくるの?
…君のご両親はね、魔物に襲われてしまったんだよ。
え……、魔物、に……?…て、ことは………?
……残念だけど、君のご両親は .
「あっちゃんあっちゃんっ」
ピンクのワンピースを着た小さな女の子が、にこにこと笑いながら二階の部屋へと入る。その中では、その部屋を使っている銀髪の少年が、入り口に背を向けてベッドの上に座りこんでいた。黒のタンクトップに緑色のハーフパンツをはいていて、身軽な服装をしている。
「どうした、リディ?」
部屋の中にいた銀髪の少年、アイルザッハ=トルティアは、何かを袋に詰める手を止めて、少女リディ=ミル=ハットを振り返った。
年の頃は、この二人は十二歳前後と、あまり外見は変わらないようである。しかし、彼らはエルフである為、実年齢で言えば、少年の方が少女よりも二百歳も年上であった。
アイルザッハがベッドから降りて立ちあがり、リディも少年の前までやってくる。背も、少年の方が少し高い程度で、大して変わらない。
「あのね、みんなが湖に行こうって。あっちゃんも行くでしょ?」
首をかしげてリディが問う。どうやらこのエルフの村の子供達が、すぐ近くの湖に遊びに行こうと誘いにきたようだ。
アイルザッハは困ったように眉根を寄せて、
「ごめん、俺、これから狩りに行かなきゃならないんだ。だから行けない」
「また大人達に混じって狩りに行くの?あっちゃんはまだ行かなくてもいい年齢でしょ?そんなことよりみんなで遊びに行こうよ!」
「もうそろそろ狩りに行く年齢だよ」
このエルフの村では日々の糧を得る為に、男達が何人かのグループに分かれ、交代で大きな動物の住む南の森に定期的に狩りに行っていた。その戦利品は村のエルフ達に分けられる。
村の少年は、だいたい二百五十歳程から、徐々に狩りに参加していく。
しかし、アイルザッハはまだ二百二十歳程でまだそれには早いというのに、ほとんど毎回その狩りに参加していた。
「でも〜!」
「ホントゴメンな?今度は遊ぶからさ、今日はリディだけ遊んでこいよ」
そう言ってぽんぽんと幼い少女の頭を撫でる。リディはぷぅっと頬を膨らませ、唇を尖らせた。
「今度今度って、いーっつもそう言って遊ばないじゃない」
「今度は絶対守るからさ。リディはみんなで遊んでこいよ」
不服そうにしているリディの頭を再び撫でると、袋を背負って窓を開けた。
「またそこから!?危ないよぉ!」
リディが止めるのも聞かずに、アイルザッハは窓から飛び降りた。
「わっと…」
タンッと着地した瞬間、バランスを崩して前に手をつく。それから立ち上がると、上の、今出てきた窓を仰いだ。心配そうな顔のリディに笑って手を振ると、アイルザッハは駆け出した。
まだ着地は綺麗に出来ないが、この距離でも飛び降りられるようになってから、彼は玄関から出る事は少なくなった。
リディにはあまり心配をかけたくなかったのだが、それでも彼は止めなかった。
「あっリディだ!」
「アイルはー?」
「あいつまたいねぇの?」
リディが村の北の方にある大きな木の下に来ると、四人のエルフの子供がいた。少女が一人に少年が三人で、だいたいみんな十二歳前後に見えるが、その実年齢はまちまちだ。彼らはリディとアイルザッハが一緒に遊ぶ仲間で、この木の下をいつも集合場所として使っていた。
子供達はリディが一人なのに気づくと、口々に尋ねてくる。リディはつまらなそうに頷いた。
「うん。大人達と狩りに行くんだって」
「なんだ、またなの?」
「付き合い悪りーよなー、あいつ。昔は自分からいろいろ言い出してたのにさぁ」
「そーだよな。あいつよーやく元に戻ったと思ったけどさ」
「やっぱ変わったよなー、あいつの親がし 」
「ダメェーーっ!」
リディの大声に子供達は驚き、口を閉じて彼女を見た。
「それ以上あっちゃんの悪口言ったら許さないんだから!」
大きな可愛い目を精一杯吊り上げて怒る彼女の様子に、少年達はばつの悪そうな表情をして顔を見合わせた。
「……悪かったよ」
「うん、今のは言い過ぎだった」
「えー?でも本当の事じゃん」
そう言ったチビの少年の頭を茶色の短髪の少年がぽかっと殴る。
「いて!」
「仕方ないよね。私達だけで遊ぼう?」
長い三つ編みの少女が首を傾げてリディに問う。リディは元気良く頷いた。
「うん!」
俺の父さんと母さんは、四十年くらい前に、仕事の途中でモンスターに襲われて死んでしまったんだそうだ。
遺品も受け取った。でも、亡骸は、見せてもらえなかった。
以来、皆俺を哀れみの目で見た。この深い森の中にひっそりと存在するエルフの村で孤児になるのは珍しいからだ。
いや、原因はもう一つ、俺自身にもあるが…。
親を無くした俺は、父さん達と友達だった、リディの親に引き取られた。
おじさんもおばさんも良い人だけど、結局は他人だ。
だから、今住んでいるリディ達の家は俺の家じゃない。
いつまでもこの家にはいられない………いや、いたくないのかも、しれない。
とにかく、早く、一人前になりたかった。
夕暮れ時、アイルザッハが獲物を持って帰る途中で、偶然リディを見かけた。遊びの帰りだろう、服が少し汚れているようだった。
「あっ、あっちゃん!」
向こうもアイルザッハに気がつき、笑顔で駆け寄ってくる。アイルザッハも笑みを浮かべた。
「あっちゃんも今帰り?」
「うん、そうだよ」
「リディも!一緒に変えろ?」
「うん、いいよ」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑い、右手をアイルザッハに差し出した。アイルザッハも微笑み、それが当たり前であるかのように手を繋いで歩き出した。
「あのねっ、今日湖でねっ、くーちゃんがこーんなおっきい魚捕まえたのっ!」
と、リディは空いている方の手を大きく動かして言う。
湖にはそんな大きな魚はいないはずだし、子供に捕まえられるサイズでもない。しかし、子供の話は大げさなものだ。アイルザッハは可笑しそうに笑いながら、
「すごいな。クリスは魚取りが得意だもんな」
「うん!すごいよねっ。そしたらね 」
リディが今日の遊びの内容を楽しそうに語り、アイルザッハがそれを聞く。そうしているうちに、家に辿り着いた。明かりの漏れる家の影を見ると、さっきまで笑顔を浮かべていたアイルザッハからそれがすっと消えた。
リディは玄関の扉を開くと、アイルザッハの手を引っ張りながら元気に中へ入って行った。
「ただいまー!」
リディが言うと、奥からリディの母、ビアトリーチェ=ラン=ハットがゆっくりと出てきた。
「リディちゃん、おかえりなさい」
にっこりと笑う。リディと良く似た母親だ。リディの容姿のほとんど、その可愛らしい顔も金糸の髪も、この少女のような母譲りである。
「アイルちゃんも、おかえりなさい」
「…ただいま」
アイルザッハは軽く微笑んで、呟くように言った。
「あらあら、服が汚れてるじゃない。リディちゃんったらおてんばさんねv」
「え?あっホントだ。着替えるね!」
そう言いながら奥へと消えて行く親子を見送った後、アイルザッハはゆっくりと目線を下に落としながら笑みを消して行き、自嘲するようにため息を吐いた。
「…いい加減にしろよ………?」
俺はいつまで引きずっているんだろう。
いつまで期待しているんだろう。
もう、あれから四十年近く経つというのに。
まだ、もういない人が自分を送り出し、迎え入れてくれることを信じている。
そして、その夢を砕かれるのを怖れている。
子供っぽく玄関を避けている自分は、なんと笑えることだろう。
俺は子供だ。嫌になるくらい……。
早く大人になりたい。
早く一人前になりたい。
独りで生きていけるほど、強く .
「おや?アイル君は?」
リディの父、グレイス=ウェッドは妻の母親の作った料理の並んだテーブルについて辺りを見回した。
「あっちゃん、疲れたから寝るって」
不機嫌そうにリディが答える。
「あっちゃん、今日も大人達と狩りに行ったんだよ?今日も窓から出て行ったの」
「そうか。リディはアイル君の事が心配かい?」
「うん。でもリディが言っても聞いてくれないの。ねぇパパ、あっちゃんに止めさせてよ?」
リディが父を見ると、グレイスは柔らかい笑顔を見せ、言い聞かせるようにゆっくりと喋りだした。
「リディ、心配することは無いよ。アイル君くらいの年の男の子にはよくあることなんだ。だからリディは何も心配することは無いんだよ。リディはアイル君の傍にいてあげなさい」
「うん……?」
リディはよくわからなかったが、戸惑いながらも頷いた。
「あっちゃん?」
夕食をすませた後、リディは二階のアイルザッハの部屋を訪ねた。ノックをするが返事は無い。
「寝ちゃったの…?」
そっと扉を開けると、夜の涼しい風がリディの顔を撫でた。
開け放たれた窓から射し込む月光に照らされた部屋に、アイルザッハの姿は無かった。
夜の森のささやきの中に、鋭く風を斬る音が混じる。
月の光を反射した銀色の鋼が何度も閃く。
それを無心に操る少年の髪も、銀色。
「…あっちゃん」
ふと声がして、少年、アイルザッハは短剣を振るうのを止め、そちらを振り向いた。そこには、予想通りリディが立っていた。
「…よくここがわかったな」
「あっちゃん、いっつもここにいるもん」
アイルザッハを睨むように見つめ返す。
「いくら村のすぐ近くだからって、一人で夜に森に入るのは危険だよ」
「それはあっちゃんも同じでしょ?夜ご飯も食べないで、何で何も言わないで抜け出すの?帰ろうよ?」
「俺はまだ剣の訓練をやるから、リディは先に帰ってろよ」
「やだっ。何でそんなことするの?」
「独りで何でも出来るようにならないと…」
「何で?」
「…いつまでもおじさん達に迷惑かけらんないし、家を出ようと思ってる」
すると、リディの顔が青ざめた。
「やだ!何でそんな事言うの?あっちゃんがいないのやだ!」
「だから、迷惑 」
「パパ達がそう言ったの!?」
「言ってないけど…」
「パパもママもおばあちゃんも、誰もあっちゃんの事迷惑だなんて思わないもん!あっちゃんは家族だもん!」
「………俺にとってはそうじゃない。だから、早く一人前になって出て行く」
視線を落としてアイルザッハが呟く。リディは傷ついたように顔を強ばらせた。
「…家族じゃなきゃ一緒に居れないの?」
「…そんなことないけど」
「一人前になったら出て行かなきゃならないの?」
「…そんなこと、ない」
「あっちゃんは、独りになりたいの…?」
「………独りは、いやだ……」
長い沈黙。アイルザッハは頬を擦ると、空を見上げて明るい声を出した。
「あ〜あ、いつまでも父さん達の事引きずって、俺ってホントだめだなっ」
すると、リディは不思議そうに首をかしげた。
「リディ、あっちゃんが死んだら悲しいよ?パパでもママでもおばあちゃんでも、死んだらずーっと悲しいよ。パパもママも、あっちゃんのパパとママが死んじゃってから、ときどき寂しそうにしてるもん」
アイルザッハは驚いてリディを見る。リディはきょとんとして見返してきた。
ぷっと、アイルザッハは吹き出し、笑い始めた。
「あははは、もうっ、わっけわかんねー…っははっ」
「え?何?リディなんか変な事言ったの?」
突然の事に戸惑って、リディが尋ねる。
「ははっ、いや、結局俺はまだまだ子供なんだなってさ」
「ん〜?」
リディが困惑しているのをよそに、アイルザッハは笑い続ける。ようやく落ち着いてきたところで、優しく微笑んでリディに手を伸ばした。
「リディ、帰ろう」
「?…うんっ」
答えて、リディはその手を掴もうと歩み寄り .
「きゃあっ!」
土から出ていた木の根につまづき、転んでしまった。
「いったぁ〜い…」
アイルザッハは親が幼い子供を見るような顔でため息を吐くと、腰を少し曲げて手を差し延べた。
「大丈夫か?」
「うん」
リディが顔を上げて、はにかんだ笑顔を見せる。アイルザッハの手を取って、立ち上がった。
「…俺さ」
その帰り道、アイルザッハがおもむろに口を開いた。
「何?」
「俺、さっき『家族じゃない』って言ったけど。俺にとって父さんと母さんはおじさん達じゃないからそうだけど、リディのことは家族だと思ってるよ」
「うん…?」
よくわからない、といった表情でアイルザッハの横顔を見つめる。しかし、アイルザッハはそれ以上何も言わなかった。リディは嬉しそうに笑顔を見せると、
「うんっ、リディもあっちゃんは家族だよ」
アイルザッハは微笑んだ。
遠くの方に、彼らの家の光が見えてきた。
「…リディは俺に心をくれたから…」
隣にいる少女にも聞こえない声で、アイルザッハは呟いた。
幼い時代のアイルザッハとリディのお話。う〜ん、幼いね。
彼は両親が好きだったのにねぇ…あんなになっちゃうんだねぇ…(遠い目)
ラストがどう終わらせれば良いのかかなり悩みました…。
この話を考えた時、ついでにアイルザッハの自伝が書けるくらい経歴が思いついてしまい、それを全部小説にしようとすると7作分案があります。今回はそれの3つ目です。
そして今回の話、3つくらい繋がりのわからない言葉が出てきますが、それは1・2番目の話から来ていますので。
しかし!7つ全部書く気ゼロ。よってちょっと謎の残る感じですが(笑)まあ、想像はつくだろうと思っているので問題ないかな。
しっかし、本当にタイトルが思いつきません。う〜ん。
幼い彼らのイメージは中本さんがくれた絵が元です。ありがとう。
そして水霞さん、協力ありがとう。
戻る