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アルトバイエルン王国の片隅にあるシャウエッセ村。
この村の中にある「グリコ」という冒険者の店で、カウンターに立つ亭主のピッグ・ポークは、我知らず盛大なため息を吐いていた。 「おや、どうしましたか?また誰か何かしました?」 いつの間にいたのだろうか。その様子に気づき、水色がかった銀髪のハーフエルフ、フェルナンディが、眼鏡の奥の左右違う色の瞳を彼に向けて尋ねてきた。ちょうど外出から帰ってきたところなのだろう。 彼は最近この店を拠点にしている九人パーティーのリーダーの一人である。「また」等という奇妙な尋ね方をしたのは、そのパーティーメンバーというのが変わり者揃いであり 「いや、君達のせいじゃないんだ」 笑顔で取り繕いながら、ピッグ・ポークは心の中で舌打ちした。客の前でため息を吐いてしまうとは、営業者としてよろしくはない。 「でも君達に関わりのある事でね……ちょっとアイルさんも呼んできてくれないかい?」 「?はい、わかりました」 ただ事ではなさそうな空気を読んで、フェルナンディは柔和な顔を引き締めて頷く。程なくしてパーティーのもう一人のリーダー、銀髪のエルフのアイルザッハを連れてカウンターに座った。 そう、このパーティーは、本来犬猿の仲であるエルフとハーフエルフとが仲良くリーダーを務めているのだ。そこからしてすでに変わっている。 「どうしました?」 アイルザッハのサングラスで隠れている目を見て頷くと、ピッグ・ポークは神妙な面持ちで声を潜めるように話し始めた。 「いやぁ……実は、さっき依頼があったんだけどねぇ、その依頼主が是非君達にと言っているんだよ」 「やぁ、ご指名ですか」 のん気に微笑むフェルナンディとは対照的に、アイルザッハは微かに眉根を寄せた。 「その依頼に何か問題が?」 ピッグ・ポークは再び頷くと、 「依頼主は商人なんだが……どうもねぇ、胡散臭いんだよ。この辺の人ではないようだし。いや、私の勘で確証は無いんだがね」 頭を掻いて苦笑う。フェルナンディとアイルザッハは顔を見合わせた。 「……とりあえず、依頼内容を聞かせてもらえませんか?」 フェルナンディの申し出に、ピッグ・ポークははっとした。不安に気を取られていてうっかり肝心な所を忘れていた。 「あぁ、すまんすまん。仕事は次の町までの護衛だよ、積荷と商人たちの。西の森を抜けるんだそうだ」 「何の商人なんです?」 「高級ペット商と言っていたが……そうは見えなかったよ」 苦虫を噛み潰したような顔で言う。 フェルナンディは眼鏡を押し上げ、成る程、と呟くと、隣のアイルザッハに顔を向けた。 「どうしましょう?ピッグ・ポークさんがこんなに警戒してるんですから本当だと思いますが……」 ピッグ・ポークは自らもかつては冒険者であり、長年冒険者の店を経営しているだけあって見る目は確かだと思われる。アイルザッハも顎に手を当てて考え込むと、ピッグ・ポークに問いかけた。 「他に俺達の出来るような仕事は無いのか?」 「残念だけど、君達に合うようなのはないねぇ」 「そうか……あまり気は進まないが、金がな……」 「お金がねぇ……」 彼らのパーティーの財布の紐、ボク そろそろ何かしら金策を考えなければ飢え死にするだろう。 「受けるしか……ないかもしれませんねぇ」 「そうだな」 二人は目を見合わせ、息を吐いた。 三台の馬車が鬱蒼と生い茂る森の中の街道を進んで行く。 その最後尾の馬車に、九人からなるパーティーが収まっていた。 馬車の護衛とは本来馬などに乗り馬車を取り囲むようにするものだが、予算の関係だとかでこういう形にされた。 流れる風景に何気無く目を向けているアイルザッハ。その隣で遊ぶ金髪をニションにしたエルフの少女リディとハーフエルフのボク、そしてボクの友達である白いぽってりとした生物、お供。浅黒い肌をしたグラスランナーのマリーは二人の輪に加わりながらも興味がないかのようにそっぽを向いているが、やはり気になるのかちらちらとその様子を見ている。 フェルナンディの横では、狼の耳と尻尾を持つ赤毛の少年ハスティと、左目の下に傷のあるドワーフの少年ナナオが眠っていた。ナナオには『王様の耳は4号』略してみみよんというロバの相棒がいたが、今回の仕事では馬車を使う為、残念ながら一緒に行動できなかった。 眠っている二人を エルフの、一見長髪の美男に見えるが女性であるルグイは、目を閉じたまま微動だにしない。寝ているわけではなさそうだが、かといって瞑想しているのか何も考えていないのかさっぱりわからなかった。 馬車は、一番前が依頼人と従者、真ん中が商品を含む荷物、そして最後尾が彼らに与えられていた。彼らの他には馬車を操る御者しかいないので、こんな寛いでいるのである。……いや、いてもいなくても同じかもしれない。 大きいが板張りの簡素な馬車で、街道もあまり整備されていないために、乗り心地は褒められたものではない。 依頼人の商人は、丸々と太った背の低い中年だった。口ひげをちょろんと生やし、質は悪くなさそうだがどうにも趣味の悪いという印象を受ける服装は、品位よりも胡散臭さを演出している。 対面した時、五人の従者を従えた彼は無遠慮にパーティーメンバーを眺めると、黄色い歯を見せて笑って歓迎した。それから彼は、馬車の護衛をすることと、荷物には決して近づくなということを告げた。 正に怪しいとしか言いようがない……しかし、残念ながらそうと感じるメンバーは半数くらいしかいなかった。見た目で人を判断しないというのなら素晴らしい心掛けだが、そんな殊勝なものではないというのが問題である。 ともあれ、三日間の旅は幕を開けてしまったのである。 「しかし、割の良い仕事ですね」 ボクが左右色の違う瞳をアイルザッハに向けて言った。アイルザッハも、小窓の外を見るともなしに見ていた視線をそちらにやる。 「護衛と言っても何も無ければ馬車の中ですし三食付いてますし」 それに彼が応えるよりも早く、別の方向から合いの手が入った。 「そうだねぇ〜。もう少し馬車が美しければ文句はなかったけれどね〜」 ボクの言葉を聞きつけたラッセンが手にしたバラの香りを嗅ぎながら言い、 「そうだ!この僕が美しく」 飾ってあげようという前にハスティにどつかれさらに馬車の揺れで舌を噛み、 「これも……愛……」 という遺言を遺して黙った。 ハスティは気にした様子も無く獣耳の生えた頭をかき混ぜて欠伸を一つ。 「ったく、寝てらんねーぜ……。確かに楽だけどさー……オイラ、あのオヤジの目、嫌いだ」 どこか不機嫌そうに顔を歪めて赤髪の少年は言った。 「あ……僕も……」 ボクも控えめに同意する。 「ぼくは何も思わなかった」 同じく起きたらしいナナオが不思議そうに首を傾げた。リディも同じような表情で二人を交互に見ている。 マリーは大袈裟にため息を吐いてナナオとリディを見やった。 「あんたら鈍過ぎ。誰がどう見ても怪しげじゃんあのヒゲオヤジ」 「そう?」 「さぁ?」 顔を見合わせるナナオとリディ。呆れたマリーがさらに罵詈雑言を羅列する前に、ハスティが口を開いた。頭を掻きながら眉根を寄せて、困っているような表情だ。 「あー、いや、そうだけどさ。オイラが言ってんのはそーゆーんじゃなくて……なんつーか、身体が受け付けないっつーか……」 「僕もそんな感じかも……初対面の人にこういうのは悪いけど、怖い……?」 ハスティとボクの発言に、皆首を傾げる。緊急子ども(見た目だけ)会議は行き詰ってしまったようだ。ガタガタと、車が道を進む音と振動が響く。 このパーティーにしては珍しい静かな時間を破ったのはフェルナンディだった。 「そうですねぇ……途中放棄するわけにも行きませんし。幸い依頼主さんとは馬車が違います。どうか三日間だけ辛抱していただけませんか?ハスティ君、ボク君」 「ま、そんくらいならな」 ハスティもボクも頷いて合意した。と、そこに唐突に倒れていたラッセンがガバッと立ち上がった。 「おぉ〜うっ何ということだ!心の友が恐怖に震えているなんて!でも心配ないよ!この僕がいるから大じょ」 「うるさい」 それまで黙って動かなかったルグイの呟くような声と同時に、何かが殺人的な音を立ててラッセンの頭にぶつかり重々しい音を立てて床に落ちた。床は恐らく凹んだだろう。その飛来物を見ると、ナナオが持っていたナットだった。そこら辺に転がっていたそれを無造作に投げつけたものと思われる。 その場の空気が一瞬で凍りつく。 「きゃあああああ!」 リディの悲鳴、それは『馬車の旅・護衛殺人事件』の幕開けであった。 「あぁっ!ぼくの工具!」 「全員動くな!犯人はこの中にいる!」 「ええ!?」 ハスティの緊迫した声にナナオが驚きの声を上げた。 「って、どー考えてもルグイのせいじゃない!」 マリーの鋭い突っ込みで、ハスティ少年の事件簿は惜しまれつつも早すぎる終わりを迎えたのだった。 「ルグイ君、物を投げてはいけませんよ?」 「フェル、そういう問題じゃないだろう……」 泣き出したリディを抱き寄せて激しく流血している物体を見せないようにしながら、アイルザッハが頭を抱えたい気分で言う。もうどこから突っ込んだらいいのかわからない。 「らららラッセンさん大丈夫ですか!?」 「大丈夫でしょ、そんくらいじゃ死なないって。今度あたしも投げつけてやろっかな♪」 「ぼくの大切な工具はやめてよ?」 「マリー君、いくら頑丈に出来ている人に対してだとしてもそれは悪いことなんですよ。止めましょうね」 「何でもいい。馬車が血の海になる前に早くそいつを片付けろ」 「元はと言えばテメェのせいじゃねーかルグイ!」 結局フェルとボクのオッドアイハーフエルフコンビが、いつの間にかバラに埋もれていた ともあれ、こうして彼らは仕事だということを覚えているかも怪しい感じに楽しげに騒いでいるのだった。 夜は馬車を止め焚き火をし、交代で番をする。特に何も起きず、二日目も問題なく夜の帳が降りた。 薪の爆ぜる音と森の音楽が耳に心地良い静かな夜である。 今夜は新月らしく、生い茂る木の葉の隙間から覗く空の星明りと焚き火の橙の光しかない。 焚き火を囲んでいる三人の番人の姿を、オレンジの光が闇の中に浮かび上がらせている。すなわち、アイルザッハ、リディ、ラッセンである。 正確にはリディは夜番の担当ではないのだが、いつものようにアイルザッハにくっついて来ていた。 リディはアイルザッハのすぐ側に座り、初めのうちは元気に喋っていたのだが、今はうとうととして船をこいでいた。何回目か、銀髪の青年の肩にこてんともたれかかると、 「リディ、馬車に戻って休んだ方がいい」 もたれかかったままの義妹の頭を撫でながら語りかける。 「んー……でもぉ……」 反論するが、目を閉じたまま半分夢の中の状態で声には力が無い。早寝早起きの彼女が普段寝ている時間はとうに過ぎていた。 「明日も早い。ゆっくりお休み」 「そうさ〜、馬車に乗ったままとはいえ疲れるしね〜」 バラを弄びながらラッセンも頷く。 「ん…・・・おやすみなさい、あっちゃん……らっちゃん」 「良い夢を」 「お休み〜」 リディは頼りなげな足取りで馬車の方へ歩いて行く。それを見送る二人だったが、ふとアイルザッハが彼女と反対方向を振り返った。サングラスを僅かにずらし、森の奥を見つめる。 「どうしたんだ〜い???」 「光が……」 声を潜めてそれだけ答える。ラッセンも視線の先を追うと、確かに虚ろな光が木々の合間に見えた。ラッセンが目を細めて笑う。 「これは何とも怪しいね〜」 「ああ……でも無視するわけにもいかないだろう。お前は残ってくれ」 返事を待たず、音も立てないでアイルザッハがその場からいなくなる。 「行っておいで〜」 おそらくもう届かないだろうが、向かった方角を見て仲間に声をかけた。 リディがすぐ近くの馬車まで行き着くと、後ろから乗り込んだ。真っ暗な中をリディは数歩進み、そこでようやく様子がおかしいのに気づいた。 微かな息遣いがするのだが、動物の臭いがする。 馬車を間違ったかな、と思っているうちに目が慣れて馬車の中の様子がわかるようになり、リディは思わず声を上げそうになった。 見たことも無いような獣の入ったいくつもの檻の中の一つに、一人の女の子がうずくまっていたのだ。背中には白い翼 「ひどい……っ」 すっかり目が覚めて青ざめたリディはその檻に駆け寄った。 その気配に気づいた少女は目を開けると、すぐに警戒するようにこちらを睨んだ。かと思うと今度は目を見開いて、縋るように檻に掴まった。ガシャン、と金属音が響く。 驚いて僅かに身を引いたリディに、翼を持つ少女は掠れた声で叫んだ。 「逃げて!」 「え?」 呆けるリディが聞き返す間もなく、彼女の背後から手が伸びた。 ルグイはふと目を開けた。 緑の瞳に映るのは、小さな窓から僅かに漏れる星明りにぼんやりと照らされた、静かな暗い部屋。馬車の中でじっとして揺られ続けて疲れたのだろうか、皆いつもより早く眠りについている。 それを無感情に一瞥すると、身に着けていた杖をそっと確かめる。 と、暗い部屋に動く影が見えた。ボクである。微かな星明りで紫色の髪が不思議な色合いをしていた。 ボクは起き上がりルグイを認めると、顔を引き締めて囁くような声を出した。 「ルグイさん その瞬間、唐突に馬車の扉が開かれ、網膜を焼く眩しい光に照らされた。 ふいに、馬車の方から叫び声が聞こえた。ラッセンが驚いてバラからそちらへ目を移す。 「何事だい???この僕が見張っていたと言うのに!心の友よ〜今このバラの剣士ラッセン=ディーアが助けに行くよ〜!」 と、バラを撒き散らしながら馬車の方へと走り出そうとした足がぴたりと止まる。 「フフ……ッどうやらそういうわけには行かないようだね???」 バラを口元にかざしてくる〜りと振り返る。 一体いつの間にだろうか、そこには黒い影が現れていた 後編へ続く 中間報告 今回は夢想を初めて読む人にもわかるような紹介的な感覚で作り始めたものです。 ので人物の外見描写とかがいつもより多めであります。 意外に長めになったので(というかまだ最後まで書き終わってないというか)初めての前後編で。……もしかしたら前中後になるかも……。 仮タイトルは『たまにはクエストでもしようか』でした。(…) |