太陽が顔を出し、その優しい光で世界を照らす頃。森の中にある小さな家で、ピンクのワンピースを着た女の子、リディが壁に掛けてある時計とにらめっこをしていました。
エプロン姿で、金髪を頭の上でおだんご結びにしているそのかわいらしい少女は、真剣な眼差しでじっと見つめています。
チクタクチクタク…
「………」
チクタク…カチッ
「!」
時計の針が動いたのを認めると、彼女はぱっと後ろの釜戸を振り返り、中から鉄板を引っ張り出します。その上に乗った物を見てにこっと笑うと、
「クッキーできたー♪」
その、甘い香りだけはする紫色の奇妙な物体数十個を、アツアツのままいくつかの袋に詰めて、彼女は外に出ました。
リディが辺りを見回すと、家のすぐ目の前にある泉の近くの大木に寄りかかっている、紫色の髪の人を見つけました。彼はリディと一緒に住んでいる者の一人で、ボクといいます。ボクのお供であるパラッチトッピウスという動物も一緒です。リディはそこへ駆け寄りました。
「ボーちゃんボーちゃん!クッキーできたよ〜」
はい、と、先程の袋を渡します。ボクはにっこりと笑ってそれを受け取りました。
「ありがとうございます。でも、次はもうちょっと冷ましてから入れて欲しいな」
「あっ、そっか。ごめんね。次は気をつけるねっ」
「いえ、いいんですよ。だって、リディは早くアイル兄さんに食べて欲しかったんでしょう?」
お供が袋を開けて紫の物体を食べているのを放って置きながらリディに問いかけます。アイル兄さんとは、リディ達のもう一人の同居人、アイルザッハという青年です。彼女は大きくうなずきました。
「うん!アッちゃんどこか知ってる?」
「え?今日はお仕事の日じゃないですか」
「でも、朝仕事行った様子なかったよ?」
リディはとっても早起きなので、その事がわかるのです。
「おかしいですねぇ。お休みなのかな?」
「うん…ま、いいや。探してくるね!」
「気をつけて下さいね〜」
「はーい」
リディは家の裏側の森へと入りました。アイルザッハが家にいない時、大抵はこの森にいます。
「アッちゃーん!」
リディが歩きながら数回呼びかけると、突然上から声がしました。
「リディ?どうした?」
「アッちゃん!」
彼女が見上げると、サングラスをかけた銀髪の青年、アイルザッハが木の上に座っていました。リディはお菓子を渡そうと思いましたが、先に質問することにしました。
「アッちゃん、今日お仕事ないの?」
「え……っ!?しまったっ!」
アイルザッハは慌てて懐中時計を取り出し時間を確認すると、ものすごい高さから音もなく着地して、走り出しました。
「え、アッちゃん待って!」
驚いたリディも、慌てて追いかけながら叫びます。
「悪いが俺には時間がない!後にしてくれ」
アイルザッハはそう言いますが、後にするわけにもいきません。リディにとって、大切な人にお菓子をあげるのはとても重要なこと。大好きな人が目の前にいるのに、後にするなんて出来ませんでした。リディは必死に追いかけますが、どんどん距離が離されていきます。
と、アイルザッハが、とても大きな木のうろの中に入っていきました。
(あんなとこに何があるんだろ?)
不思議に思いながら、リディもそこに辿り着くと、暗いうろの中に入りました。
中は意外と広く、背の高い人でも余裕で歩けるでしょう。遠くの方に出口であろう光が見えました。
リディはそちらに向かい、うろを抜けると、外に出ました。しかし、彼女の家の周りとはちょっと様子が違います。たくさんの薔薇が咲いているのですが、その薔薇が木のように大きいのです。良い香りが辺りを包んでいます。
「わぁ…すごーい」
リディは棘に注意しながら、その見慣れない薔薇の中を進んで行くと、遠くに銀髪の人が見えました。
「アッちゃん!?」
リディは嬉しそうに声を上げ、急いでその人に近づきます。しかし、近づくにつれ、その人がリディの捜し求めている人ではないことがわかりました。その人は確かに銀髪なのですが、青みがかっていて彼の物とは違いますし、服装も、アイルザッハは黒っぽいのですが、その人は白衣のようなコートを着て、眼鏡をかけています。
リディはがっかりしましたが、アイルザッハの居場所を聞こうと思い、その人の下まで行くことにしました。
その白衣の人は、少し開けた場所に、シルクハットを被った男と、犬のような耳としっぽを持った赤い髪の少年と一緒にテーブルについてお茶会をしていました。
「あの、すみません」
リディが声をかけると、シルクハットの男が薔薇を片手に優雅に振り返りました。
「おや???かわいらしいレディだね〜。ミー達と一緒に、お茶会しないかい???」
「え?」
男は返事も待たずに席へとエスコートします。
「あ〜あ、また犠牲者が出ちまったよ…」
動物耳の少年がうんざりした表情で呟きます。
よくわからないまま目の前で紅茶が注がれるのを見つめていると、隣に座っている先程の白衣の男が声をかけてきました。
「突然すみません。彼はお茶会が好きなんですよ。少しだけでも付き合ってあげてくれませんか」
リディは不思議そうに彼の顔を見つめましたが、やがて笑顔でうなずきました。
「…うん!いいよ」
「ありがとうお嬢さん!今日からユーもミーの心の友だね〜」
「そこのあんた、やめといた方がいいぜ」
「おおぅっ!『チェシャ猫』!!何て事をいうんだい〜???」
「オイラは猫じゃねぇ!狼と犬のハーフだって何度言ったらわかるんだよっ!」
「そんなつれないことをいうもんじゃないよ『チェシャ猫』ク〜ン???」
「だから違うっての!」
「仲が良いですねぇ、あの二人」
「うん、楽しそう♪」
どー見ても仲が良いようには見えない二人を、微笑ましく眺めます。『チェシャ猫』は報われそうにありません。
「さて、私の名前はフェルナンディ、通称『三日月ウサギ』です」
白衣の男、フェルナンディがリディに笑いかけて自己紹介しました。
「私はリディっていうの。何で『三日月ウサギ』なの?」
「あのシルクハットの彼、ラッセンは、皆に名前を付けるのが好きなんですよ。僕の場合、このペンダントが三日月に見えるからなんだそうです」
と、胸元のペンダントを持ち上げて見せました。頑張れば三日月に見えなくもありません。
「じゃあ、ウサギって?」
するとフェルナンディはにっこりと笑い、
「ウサギは心意気でカバーですv」
「そっかぁ、心意気かぁ☆」
突っ込みたい所ではありますが、あいにく突っ込み役の赤髪の少年はそれ所ではありませんでした。
「じゃあ、あの男の子は猫耳だから『チェシャ猫』なのね?」
「だから違うっての!」
おっと、今度は突っ込んできました。
「オイラは狼と犬のハーフなんだよ!名前もハスティだ!せめてあんただけはわかってくれ!」
切羽詰った様子のハスティに、リディは戸惑いながらもうなずきました。
「う、うん…?あ、じゃあそこのシルクハットの人は『帽子屋』さんかな?」
「ノンノンノンッ!!!それはひどく違うよ『アリス』っ!!そんな美しくない名前を勝手につけないでくれないかい!」
「自分は勝手につけまくってるだろーが…」
ハスティが憎々しげに呟きますが、ラッセンには届いてません。
「いいかい???ミーの名前は『薔薇の使者』さ!!覚えておくといいよ!!」
「『薔薇の使者』…?じゃあ、この辺のおっきな薔薇は全部…」
「そう!ミーが育てたのさ!!美しい薔薇に囲まれてのお茶会…素晴らしいと思うだろう、『アリス』???」
「素敵だね!じゃああなたは植木屋さんなんだね」
「ノーーーッ!!『薔薇の使者』だよっ、『薔薇の使者』っ!!Repeat after me!『薔薇の使者』!」
「『薔薇の使者』。」
「そう!ミーは『薔薇の使者』なのさ!!」
ラッセンは満足そうに、キラキラと輝きを放ちながら自分に酔いしれます。ハスティは何か言いたそうでしたが、リディとフェルナンディは特に気にせず注いでもらった紅茶を飲みました。
「ところで『薔薇の使者さん』」
「なんだい???」
ラッセンが薔薇の花弁を撒き散らしながらスローモーションで振り返ります。
「『アリス』って私の事だよね?何で『アリス』なの?」
「フフ、何故かって?『アリス』と言えば『タニムラ』だろう?『タニムラ』と言えば『スバル』。『スバル』と言えば『バビロン』じゃないか!」
「そっかぁ!すごーい!あったまいー!」
「フフフ、もっと誉めてくれたまえ」
わかる人にしかわからない事で盛り上がる二人に、楽しそうですねぇと言ってのほほんと紅茶をすするフェルナンディ。その様子に、ハスティは頭を抱えて絶望しました。
「ダメだ…こいつらダメだ……」
「あっ!そうだ!皆、青いマフラーしてて銀髪でサングラスかけててかっこ良くて優し(以下省略)なアイルザッハっていう名前の人見なかった?追いかけてきたんだけど、見失っちゃって…」
すると、三人はああ、と声を上げました。
「知っているとも!『時計ウサギ』だね???」
「彼なら、この先の丘の上にあるお城にいますよ」
「あのお城には『ハートの女王』が住んでいるのさ!」
「オイラ!オイラがそこまで案内するっ!」
早くこの場から逃れたいと言わんばかりに、ハスティが案内役を買って出ます。そんな事も知らずに、リディは嬉しそうに笑いました。
「ありがとう!」
「じゃ、とっとと行こうぜ」
「うん!『三日月ウサギ』さんに『薔薇の使者』さん、ありがとう!紅茶おいしかったよ。お礼にさっき焼いたクッキーあげるね」
そう言って差し出す、紫色のクッキーらしきものの入っている袋を受け取って、
「おお、ありがとう!クッキーはお茶会にぴったりだね〜」
「ありがとうございます。後でいただきますね」
「うん!じゃあね〜」
両手をぶんぶんと振って別れを告げると、狼耳の少年と共に薔薇の森を抜けました。すると視界が一気に広がり、大きなお城が見えました。
「あとはあれを目指して行きな」
「うん、ありがとう『チェシャ猫』さん」
「猫じゃねぇ!」
そうして、ハスティはまた薔薇の森の中へ入って行きました。
リディがお城目指して進んでいると、またまた良い香りを放つ薔薇(今度は普通のサイズです)の木がたくさん見えてきました。しかし、それはどういうわけか、どんどん切り倒されています。リディが近づくにつれ、木を切っているのが、鈴の付いた服がかわいらしい、色黒の小さな女の子だとわかりました。なんと、その女の子が手を一振りしただけで、その手に持ったトランプが鋭利な刃物のようになり、木は綺麗に切り倒されています。リディは目を輝かせて、その女の子に話しかけました。
「ねえねえ、すごいね!でも何で切ってるの?綺麗なのに」
「何でだって?そりゃああの城の主人の女に気づかれる前に全部切っとけって言われたからだよ。面倒くさいけど、あたしもやだし」
女の子がつまらなさそうに言います。
「お城の主人は薔薇が嫌いなの?」
「ってゆーか、あの男が 」
「…これは一体どういう事だ?」
突然もう一つの、不機嫌そうな声が加わり、二人は驚いて振り向きました。そこには、金髪碧眼の人が、その中性的な美しい顔を不快そうに歪めて立っていました。一歩後ろには、ロバに乗り、とても大きな斧を持った、トゲトゲした鎧を着ている小さな少年がいます。
「ルグイ!あのね…」
「わかっている。あの変態薔薇マニアが懲りずに私の庭に勝手に植えたんだな?」
質問というよりは確認といった様子で金髪の人、ルグイが問います。薔薇マニア…さっきの『薔薇の使者』の事かな、とリディが思いながら聞いていました。
「それっきゃないでしょ、こんな事するヤツ」
女の子がうなずきます。すると、ルグイは大きくため息を吐き、
「…ナナオ」
「何?」
後ろに控えていた少年が返事をします。
「今度こそあの変態の首を狩れ」
「うん、わかった。行こう、『みみよん』」
少年がロバを撫でると、少年を乗せたロバは一声鳴いてゆっくりと歩き出しました。巨大な斧の引きずられる音が盛大に響きます。
「マリー、お前もだ」
「あたしに命令しないでよっ」
そう言いながらも、女の子は楽しそうに笑みを浮かべると、鈴の音を残してあっという間に走り去ってしまいました。もちろん、ナナオをぶっちぎりで追い抜いて。
二人を見送った後、リディはルグイに向き直りました。
「ねえねえ、この庭の持ち主さんだよね?」
「ああ、そうだが」
「じゃあ、あなたがあのお城の主人の『ハートの女王』さんだよね!」
「待て。」
ルグイはリディの肩に手を置いて、睨むようにリディを見ました。
「確かに私はあの城の主人だが、決して全く間違っても『ハートの女王』などと呼ぶな。私はルグイだ」
「え〜、なんで?かわいいのに〜」
「何でもだ!」
「う、うん…?」
すごい見幕で言われては、さすがにリディもうなずくしかありませんでした。
「で、私に何のようだ?」
「あ、うん、あのね、あなたの所にアイルザッハって言う人いるよね?」
「ああ、いるな」
「やったぁ!ねえねえ、今どこにいるか知ってる?」
リディが待ち切れなさそうに問うと、ルグイはふと空を、太陽を見て言いました。
「知らんな。…しかし、たぶんもうすぐ来るだろう」
「え…?」
意味がわからずリディが問い返そうとすると、ルグイの斜め後ろで何かが突然スッと現れました。
「…ルグイ、そろそろ昼食の時間だ」
それは、懐中時計を片手に持った、リディの尋ね人、アイルザッハでした。
「アッちゃん!」
リディが笑顔で声を上げ、駆け寄って抱きつきました。
「!リディ…!何でここに?」
アイルザッハが瞠目してリディを見下ろします。
「アッちゃん!やっと逢えた!やっと逢えたよぉ!」
「俺を…追いかけて来たのか?」
「そうだよ!森でアッちゃんが走り出してからずーっと!」
「そうか…気づかなくてすまなかった」
アイルザッハはふと笑い、自分の胸に顔を埋めている少女の頭を優しく撫でました。
その一連の様子を横で見ていたルグイはうんざりした様子でため息を吐き、先程アイルザッハが昼食の時間だと言ったにも関わらず、本を読もうと呟きながら城へと去って行きました。
「…ところでアッちゃん、ルグイさんとはどーゆー関係?」
かなり真剣な目つきでアイルザッハに問いかけます。
「ん?ああ、俺はあいつの両親に雇われて、あいつが一日の基本的な生活ができるように時間を教えているんだ」
「え?」
意味がわからない、と、リディはかわいらしく唇を尖らせ小首を傾げます。
「ルグイは、本を読み出すと没頭して時間を忘れるんだ。食事も睡眠も無視して、満足するまでひたすらそれを続ける…」
「ふうん…すごいんだね。じゃあじゃあ、ルグイさんとは『仕事上だけの関係』なんだよね?」
「?…ああ、そういうことになるな」
「よかった♪」
そうしてまた抱きついてくるリディの言動の意味がアイルザッハにはよくわかりませんでしたが、とりあえずリディが嬉しそうなので良しとしました。
「そうだ!あのね、アッちゃん」
「何だい?」
「私ね、クッキー焼いたの!食べてv」
がんばれ。
いっときますが、最初っからパラレルです。リディ達の住んでた村とは違います。
これは最初イラストで描こうと考えてたものだったんですが、暗光鼠氏がスノーホワイトを書いてきて、よし、俺も書こう!と…(笑)全てはノリと勢いと心意気です(笑)
もちろん不思議の国のアリスが元です。人員不足でお茶会のメンツに鼠がいませんが。
イラストの方が後に描かれる結果となりました。「画廊」に飾られてます。でも、この話の挿絵ではありません。絵の方がよりアリスに近いですし。
『アリス』の半分はお茶会でできています!メインですから!(笑)
作中の、なぜリディがアリスなのかという説明、どういう繋がりか誰もわからなかった様でした。ま、相当わかり難いですからね。あえてどう繋がるかは語りませんが、『バビロン』は『X』でもいいんですけどね、別に。
『アリス』を見せた後「刹那の書くラッセンはかなり暴走してる」みたいな事を言われました(笑)『影』も『アリス』もギャグ路線なもんで…。本物はもっと落ち着いているかと…。ちなみに今回の彼はスーパーナルシーモードです!