ゴブリンを退治しろ!!・序章
「男だったら、約束を守れるよな?」
そういって、チャーリー兄ちゃんは「神水都市アルトバイエルン」へ旅立った。
兄ちゃんは、「旅途中の神官戦士」で、かなり強い。
一度、おいらたちの村の地主、リッチミェェェンド・リッチモンドさんと
チャーリー兄ちゃんは手合わせをしたんだ。
リッチミェェェンドさんの剣技はかなりのものだ。
昔、「冒険者」としてアルトバイエルンの危機を救ったほどなんだから。
でも、チャーリー兄ちゃんは、そんなリッチミェェェンドさんに勝った。
「年の差」っていうのもあるんだろうけど、チャーリー兄ちゃんは勝ったんだ。
だから、アルトバイエルンへ行く途中で「追いはぎ」や「モンスター」に出くわしたとしても、
シュピピーンってやっつけちゃうんだろうなぁ。
...でも、ひとつだけ心配なことがあるんだ。
チャーリー兄ちゃんって、かなりの「方向音痴」なんだ。
兄ちゃんは、村にいる間、おいらの家に泊まっていたんだ。
おいらが「兄ちゃんの部屋は二階だよ」って言っても、兄ちゃんは外へ行こうとするんだ。
おいらの姉ちゃんも方向音痴だけど、チャーリー兄ちゃんほどの方向音痴ははじめて見た。
こんな調子のチャーリー兄ちゃんが、ちゃんとアルトバイエルンへ行けたのかなぁ?
心配だなぁ...
ゴーン...ゴーン...
頬杖をついて、窓の外を眺めていたペリーの耳は、鐘の音を拾った。
時間は、昼時だ。天気のいい日ならば、暖かい日差しが、部屋に差し込むのだが、
今日は、あいにくのどしゃぶり雨だ。
雨が降っているため、窓ガラスは曇っている。だから、外の景色は、ぼやけて見える。
しかし、ぼやけている中でも、木の葉の緑色は見えた。
天気が悪いと、気分は沈むが、少しでも色彩のあるものを目にすると、落ち着く。
ペリーは、窓から視線を、いつも身に着けている「ペリー特製秘密道具かばん」に移した。
かばんの中は、パチンコやビー玉など細々した子供のおもちゃでいっぱいなのだが、
その中に異質なものがひとつある。
それは、寄木細工の箱だった。ペリーがチャーリーから預かったものだ。
ペリーは箱を取り出し、じっと、見た。
箱は、確かに美しい幾何学模様が描かれていて、すばらしいものだ。
しかし、箱は、「箱」という割には、ふたがない。
パズルのような仕掛けをとかないと、この箱は空かない仕組みになっているのだ。
ペリーが住む村では、このような箱はない。遠い地のものだろう。
ペリーも、チャーリーに教えてもらうまで、これを「箱」とは識別できなかった。
模様が描かれている立方体。
としか、思わなかった。きっと、この村の大多数の者が、
これを「箱」とは認識しないだろう。
ただ、「ガラクタ」とは思うだろうが。
チャーリーは、信頼している人にも箱を見せてはいけない、と言っていた。
だから、ペリーは肌身離さず、風呂のときも寝るときもこのかばんを身につけている。
「ペリーや、ごはんにしましょう」
ゆったりとした声がペリーの背後から聞こえた。
いきなり、声をかけられたためペリーは箱を握り締めた。
焦ったペリーが振り向くと、そこには一人の老婆が立っていた。
腰が少し曲がっているが、瞳は、子犬のようにきらきら光っている。
白髪を頭上で結い上げ、ベージュ色のエプロンを身に着けていた。
ペリーの祖母だ。
「う、うん!ばあちゃん、今行くよ!!先にテーブルについていてよ!」
うわづった声でペリーは言った。
「はいはい...」
老婆は、微笑むと部屋を後にした。
祖母がいなくなったことを確認すると、ペリーは、ドクドクと高鳴っている胸を押さえた。
(あぶない...。ばあちゃんに見られちまうところだった。)
ペリーの祖母は、びとい近眼なので遠くのものは見えないのだが、油断はできない。
何かの拍子に、箱の存在が家族に知れ渡ってしまうかもしれない。
そんなことになったら、ペリーはチャーリーと交わした「約束」を破ることになってしまう。
チャーリーは、ペリーを信頼してくれた。対等の男として。
その気持ちに答える為にも、ペリーはこの「約束」を守らなければならない。
(...でも、いつもこの箱を持ち歩いているほうが、危ないのかもしれないな)
ペリーは、昼食を食べるために、部屋を出た。もちろん、例の箱は肩から提げたかばんの中にしまってある。
(どこかに、隠したほうがいいのかなぁ...)
あごに手を当て、ペリーは考えた。
と、そのときだった。
ぐーー、ぐーー!!
いびきのような音が、外から聞こえた。その音は、焦っているかのように、早い調子で奏でられている。
だが、それがいびきではないことをペリーは知っている。
なぜなら、この声は...
「マサムネ!!」
そう、ペリーが飼っている犬(?)のマサムネの鳴き声だったからだ。
マサムネの鳴き声の異常さに気がついたペリーは、急いで部屋に戻り、窓から身を乗り出した。
すると、ペリーよりもはるかに大きい犬が窓から部屋に入ってきた。
全身びしょぬれのマサムネは、ペリーがぬれることなどお構いなしに、ペリーにじゃれ付いてくる。
「ちょ、マサムネ!落ち着け!落ち着くんだ!!」
マサムネの猛攻撃に、ペリーは声を荒げた。
ペリーの声色が変わったことに驚いたマサムネは、ペリーにじゃれ付くことをやめ、
上目遣いでペリーを見上げ始めた。さらに、情けない声を出し始めた。
マサムネが落ち着いたことを確認すると、ペリーは、マサムネをなで始めた。
手のひらに、水滴がつく。
「マサムネ、どうしたんだ?」
ぐーー、ぐーー!!
ペリーの調子が、元に戻ったことを確認したマサムネは、くわえているものを誇らしげに
ペリーに見せた。
ペリーは、マサムネからそれを受け取った。
それは、ところどころ黒くさびている金属製のペンダントだった。四葉のクローバーをかたどったものらしい。
「おー!!でかしたぞ!マサムネ!!これは『勇者の首飾り』だな!!」
ペリーはそう言うと、マサムネを「これでもか!!」と言わんばかりに撫でた。
マサムネは、それを受けてうれしそうに尻尾を振る。
ペリーは、冒険者や勇者に目がない。
そのため、何かあるとすぐに「冒険者」や「勇者」に結び付けて考える傾向がある。
そう、使い物にならないガラクタは、ペリーには価値のあるものだ。
現に、この「さびたペンダント」でさえ、ペリーは「勇者の首飾り」扱いをしている。
そして、マサムネは、ガラクタ収集に目がない。
いや、子犬のころはガラクタにはまったく興味がなかったのだが、
ガラクタを拾ってくるとペリーがほめてくれるので、ガラクタに興味を示し始めたのだ。
「マサムネ!お前、これをどこで拾ったんだ?やっぱり、『亡者の館』か?」
ぐーぐー!!
目をきらきら輝かせているペリーの質問に、マサムネは尻尾を振って鳴く。
「YES」のサインだ。
「そうか!よくやったぞー!!」
ペリーは、またマサムネを撫でた。マサムネは、気持ちよさそうに目を細める。
しかし、マサムネを撫でていたペリーの手が、ふと、止まった。
自分を撫でる手が止まったことに不満を感じたマサムネは、首を振りながらペリーを恨めしそうに見上げた。
「ああっと、ごめんな、マサムネ!!よし、昼ごはんを食べたら、一緒に『亡者の館』をもう一度探検しよう!」
ぐーぐー!!
マサムネは、また、尻尾を振って鳴いた。
一時間かけてペリーは昼ごはんを食べた。
本当は、パパッと食べて、仲間内で「亡者の館」とよんでいる場所へ行きたかったのだが、
ペリーの祖母は、早食いを許さない。大地母神・マーファを信仰している祖母は、
「大地に感謝の気持ちを忘れてはいけない」とペリーに言い聞かせている。
早食いなどしては、せっかくの恵みを粗末にすることになる。だから、早食いを許さないのだ。
ペリーは、雨だと言うのに傘もささずに「亡者の館」へ向かって走った。
別に、ペリーが傘を持っていないと言うわけではない。
ちゃんばらをやりすぎたため、傘の骨は折れ、
びりびりに布がやぶれてしまっているので、使い物にならないのだ。
ぐーぐー!!
ペリーの前を走っていたマサムネが、鳴いた。
マサムネの前方には、「亡者の館」と冠するにふさわしい家が建っていた。
窓には板が打ち付けられ、屋根の塗料は剥げ落ち、
家の壁もシロアリに食われたらしく、ボロボロだった。
昔は、大工のカーペンター夫妻が住んでいたそうだが、
とある事件が起きたため、この家を手放したそうだ。
「よし!!探検開始だ!!」
ペリーはそう言うと、勇んで館の中へ入っていった。
このとき、ペリーは頭の中でこんなことを思っていた。
(木は、林の中へ隠せ。ガラクタは、ガラクタの中へ隠せ)
ー三日後
三日間降り続いていた雨がやっと上がり、今日は、澄んだ青空だ。
天気がいいと、気分は弾んでくる。きもちのいい風が吹いていたら、いてもたってもいられない。
ペリーは、朝食を食べ終わると、出かける準備をし始めた。
近所の友達と、三日前から宝探しをして遊ぶ約束をしていたのだ。
本当は、三日前に、宝探しをして遊ぶ予定だったのだが、
ずっと雨が降ってしまったので、今日に伸びたのだ。
「かばん、よーし!『銀弾のパチンコ』、よーし!『勇者のペンダント』、よーし!」
元気に、ペリーは自身の「装備品」を真剣に、かつ、慎重に指指し確認していく。
家族に言わせると、「その慎重さをほかのところでも発揮してくれたら」とのことだが...。
「それじゃあ、ばあちゃん!おいら、遊びに行って来るね!!」
かばんに、荷物を詰め込んだペリーは、声を弾ませながら玄関へ向かった。
ドアノブに手をかけ、玄関を開けた瞬間!!
ボヨヨヨーーーン!!
ペリーは、何かやわらかいものにぶつかった。
弾力のあるそれにぶつかったため、ペリーは後方へ弾き飛ばされてしまった。
そのせいで、ペリーはしこたまお尻を打った。
「ああ、ごめんね。大丈夫かい?」
ペリーが打ったお尻をさすっていると、間延びした声が頭上から聞こえてきた。
ペリーが、見上げると、そこには恰幅のいい中年の男が立っていた。
白いエプロンを身につけた赤ら顔の男。この村、唯一の冒険者の店「グリコ」のオーナー、ピッグ・ポークだ。
ピッグ・ポークは、床に座り込んでいるペリーを、軽々と両手で助け起こした。
「あ、ありがとう。ピッグ・ポークおじさん。でも、どうしたの?うちに何か、用?」
ペリーは、しどろもどろ答えた。もしかして、自分が隠しているものが見つかってしまったのだろうか?
ペリーは、自分の心臓の音を耳元で聞いているような気がした。
「ん?ああ、大変なことになったんだよ。ちょっと、おうちの人を呼んできてもらえらかな?」
「わ、わかったよ」
下手な人形師が操るからくり人形のように、ギクシャクとした動きで、ペリーは、
祖母を呼びに言った。
腰が曲がり、歩くことが億劫になっている祖母の手を引きながらペリーは戻ってきた。
「おや、ピッグ・ポークさんじゃないの。どうかしたのかい?」
しわだらけの顔を笑顔にゆがめて、祖母は言った。
穏やかな調子の祖母とはうって変わって、ピッグ・ポークは汗だくになり、焦っていた。
「そう!大変なことになっちまったんですよ!ご隠居さん!」
手足を落ち着きなくばたつかせながらピッグ・ポークは言った。
ペリーは、心臓をつかまれているような気持ちだった。
「まぁまぁ、落ち着きなさいな。そんなに焦っていちゃ、大事なことを言い忘れてしまうよ?」
祖母は、ゆったりと、ピッグ・ポークに言った。祖母の言葉に、ピッグ・ポークは頷き、大きく深呼吸をした。
「あのですね...ああ、ペリーも聞いていてほしいことだから、そこにいて。」
ピッグ・ポークは、一度言葉を切り、ペリーの方を見た。ペリーは、息を呑んだ。
あれは、誰にも見せてはいけないものだった。
もしかしたら、とてつもなく危ない代物だったのかもしれない。
早鐘のように高鳴る胸を押さえながら、ペリーはピッグ・ポークの言葉を待った。
「昔、カーペンターさんが住んでいたあの家に...」
カーペンターさんの名前を聞いて、ペリーの心臓は、さらに高鳴った。
(やばい!やっぱり、おいらのあれが関係しているのか!?)
しかし、ペリーの予想は、違っていた。
「ゴブリンが住み始めちまったんですよ!だから、ペリー!!カーペンターさんの家に近寄っちゃだめだよ!」
自分が予想していた答えと違っていたので、ペリーは、目を瞬かせた。
次第に、自分に罪がないことを認識し、ホッと胸をなでおろしたが、冷静になってきたら事態の深刻さに気がついた。
ゴブリンが住んでいる=カーペンターさんの家に近寄れない=あれの安否を確認できない
ペリーは、しばらく考え込んだ。心臓の高鳴りは収まったが、今度は、冷や汗が流れ始めた。
つづく...
ペリー:どうしよう!戻らなきゃ!