ーどうして!?どうして、母さんたちは一緒に行けないの!?
ーフェルナンディ‥‥
ーねぇどうして!?
ー‥‥これは、しかたがないことなんだよフェルナンディ
ー嫌だ!
ーフェルナンディ‥‥わかってくれ
ー嫌だよぉ‥‥母‥ん、‥‥エ‥‥

「‥‥長!起きてくださいフェルナンディ所長!!」
机に突っ伏していた青年は眠い目をこすりつつ目を覚ました。
「ん‥‥あ‥‥ああ、ライム君ですか、おはようございます」
「おはようじゃないですよ!外を見てください!!」
「ん〜?」
彼が窓から外をのぞくと太陽はもうすでに天高くまで昇っていた。
「‥‥おや、もうこんな時間ですか」
「こんな時間ですか、じゃないですよ!まったく‥‥」
彼は立ち上がりひとつ伸びをした。
彼の名前はフェルナンディ・ブロッサム。
左右の色がちがう瞳、腰まで伸びた長い銀とも水色ともいえない髪の毛、そしてその髪から少々とんがった耳がはみ出している。
彼はハーフエルフなのである。
彼は今とある町のはずれにある研究所で所長をつとめていた。
‥‥否、所長という名の雑用をつとめていた。
「あははは、すいませんねぇ‥‥ええと眼鏡は‥‥よいしょっと、その書類はお仕事ですか?」
「そうです、これにサインをお願いします」
ライムと呼ばれた青年は手にかかえていた書類を彼に手渡した。
その枚数はざっと500枚以上はありそうだ。
「はぁ〜‥‥これは本当に私の仕事なんでしょうか‥‥?」
「上のほうから名指しできてるんです、仕方ありませんよ」
「しかしですねぇ‥‥どれもこれも意味のないようなものばかりじゃないですか」
「そういわれましても‥‥」
「はぁ‥‥」
彼はため息をひとつつくと髪の毛を軽く整え書類の山に向き直った。
とがった耳は髪の毛に隠されて見えなくなった。

「ん〜やっと終わりましたねぇ‥‥」
彼がすべての書類にサインを終えたとき、すでに日付は変わり再び朝日が空に昇っていくところだった。
「半日以上かかってしまいましたねぇ‥‥すこし寝ておくとしますか」
彼の一日はもっぱらこのような感じである。
昼過ぎに起きて仕事をし、次の日の朝に机で寝る。
そしてほんのちょっとの睡眠のあとまた仕事が始めるのだ。
「それでは、おやすみなさい」
彼は枕代わりのたたんだ毛布に頭を沈めると浅い眠りへと落ちていった‥‥。



そこは広い空間だった。
真っ暗な空間の中に緑色した大小さまざまな箱が浮かんでいる。
そして中心部には大きなスクリーンのようなものがやはり宙に浮かんでいた。
彼はそこに一人ぽつんと立っていた。
『‥‥ここはどこなんでしょうねぇ』
彼はほっぺたを軽くつねってみた。
『‥‥痛くないですね‥‥するとこれは夢ということでしょうか』
その時中心にあるスクリーンのようなものに映像が映し出された。
それは、森の中にある小さな小屋だった。
小屋の扉のそばで小さな男の子がひざを抱えて座っていた。
『‥‥これは‥‥』
小屋の中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。

ーあっ!
少年は顔を上げて扉を見つめた。
しばらくして、扉が開き一人の男性が出てきた。
ーお父さん、生まれたの?
ーああ、かわいい女の子だよ
ーほんと?!じゃあ僕の妹だね!
ーそうだな、フェルナンディもお兄さんになるからにはもっとしっかりしないとだめだぞ?
ーうん!僕、がんばるよ!!
ーそれじゃあ中に入っておいで顔を見たいだろう?
ーはーい、えへへ‥‥お兄ちゃんか
二人は扉を開け小屋の中へと入っていった。

『‥‥ずいぶん昔の記憶ですね』
映像が切り替わり今度はどこかの部屋の中が映し出された。
さきほどの少年と男性が部屋の中にいる。
気のせいか男性はずいぶん年をとったように見える。

ー‥‥
ー泣かないでくれフェルナンディ‥‥
ーだって、母さんたちが‥‥
ー‥‥きっとフェルナンディが大人になったらまたあえる‥‥それまで父さんと二人きりじゃ嫌か?
ーほんとに‥‥?また、あえる?
ー‥‥ああ‥‥だから、泣くな‥‥きっと、あえるから‥‥きっと‥‥
ーうん‥‥僕泣かないよ‥‥泣かない
ー‥‥

『‥‥‥‥』
彼は食い入るようにその画像を見つめていた。
そしてまた、画面が切り替わる。

そこは訓練場のようなところだった。
ーよし、そうだ、うまいぞ!お前は槍の才能があるな
ーほんと?!‥‥あ、違った‥‥本当ですか?
ー‥‥今は普通にしてても大丈夫だぞ
ーあ‥‥でも‥‥おばあさまに見つかったらまたいろいろ言われてしまいますから‥‥
ー‥‥そうか‥‥母さんにも困ったものだな‥‥すまないな、礼儀にうるさくて
ーいえ、僕‥‥私は大丈夫ですから‥‥
ー‥‥
ー‥‥
ー‥‥フェルナンディ、世界の果てを知っているか?
ー‥‥え?
ー何でも、この世のものとは思えないほど美しいものらしいぞ‥‥いつか見に行きたいもんだ
ーこの世のものとは思えないほど‥‥見てみたいものですね‥‥
ーそうか?それじゃあ見に行こう‥‥いつか、絶対に
ーはい、約束ですよ?
ーああ‥‥よし!訓練再開するか!
ー‥‥はい!

『‥‥父さん』
スクリーンには仲のよい親子が二人で訓練をしている映像が流れている。
『家での味方は父さんだけでした‥‥』
映像が、途切れた。

次に映ったのは学校のようなところだった。
生徒らしき人が三人で話をしながら廊下を歩いている。
ー知ってる?うちの学年にハーフエルフがいるんだって
ーあ、知ってる知ってるそいつ入学試験の成績一番だったらしいぜ
ーマジで?
ーマジマジ、だけどハーフエルフだから新入生の挨拶やめさせられたらしいよ
ーま、ハーフエルフじゃしょうがねえよな
ーだいたいハーフエルフごときがこの学校に来ること自体間違ってるよ
ーそうだそうだ、なんで落としちまわなっかたんだろうな?
ーハーフエルフの癖に人間と同じ環境で勉強したいなんてわがままだよなー
ーそうだよな、あーあ俺この町の市長になって人間以外はこの町に入っちゃいけない法律つくろっかなー
ーそりゃあいいや、ははは
3人の学生は笑いを響かせながら廊下の端へと消えていった。



いつのまにか場面は切り替わり薄暗い部屋の中になっていた。
部屋の中には一人の青年の姿がある。
顔には怒りと悲しみの入り混じった表情が浮かんでいた。
ー『自分を偽らず、自分の思うように生きなさい、それがきっとあなたのためになる』‥‥私は
そこで映像は途切れた。

『学校はよかったですね、平等で‥‥制度の上では、の話でしたが』
彼はそこで首をかしげた。
『自分を偽らず、自分の思うように生きなさい、それがきっとあなたのためになる‥‥どこで聞いたんでしたっけこの言葉は‥‥この言葉が私を学問の道へと進めたのは間違いないのですが‥‥』
そこまで考えて彼は自分の今の姿に目をとめた。
『私は‥‥なんのために学問の道に進んだんでしょう‥‥』
(私が学問の道を選んだのは‥‥そうだ、知識のため‥‥)
『私は、父さんの書斎ではじめて本を読んだときに新しいことがわかるのが楽しくてしかたがなかった‥‥』
(そう、だから私は新しいことを知るために学問の道を‥‥)
そこで、彼はふと思った。
(それでは、今の私は?)
(毎日意味のない書類整理に追われ、新しいことなどなにひとつない)
(これが‥‥私の望んだことなのか?)
『‥‥違う、これは私の望みではない』
ハーフエルフだと言われるのがつらくて髪を伸ばし耳を隠した。
あの町並みから逃げるように町のはずれの研究所に勤務することにした。
彼の顔に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
『‥‥これが自分を偽ってないとは言えないじゃないですか』

スクリーンに映像が映る。
今日の昼の映像だ。
彼は窓から外を覗き込んでいる。
窓の外には太陽の光を浴びてきらめく木々たちとどこまでも連なる山々が見える。
そう、どこまでも‥‥



次の瞬間、真っ暗な空間に彼は移動していた。
『‥‥ここは?』
正確に言うと真っ暗闇ではなかった。
闇の奥にぼんやりとした小さな光があった。
『私は‥‥ここを知っている?』
(そうだ、これは私が父さんがなくなってから見た夢の空間に雰囲気がそっくりなんだ‥‥)
彼は記憶を手繰り寄せた。
『私が父さんがなくなってあと二ヶ月以内に家を出て行かなくてはいけないときで‥‥』
(その時に見た夢‥‥たしか私はこの空間で一人で悩んでいると向こうのほうから髪の長い人がやってきて‥‥)
彼は光の方向へ歩き出した。
こころなしか口元には微笑が浮かんでいるように見えた。

彼がさっきまでいた空間のスクリーン。
そこに映像が映し出されていた。
見るものは誰もいない。
‥‥暗闇の中で二人の男性が向き合っている。
二人の髪の毛の色はとてもよく似ていた。

ーやぁ、こんにちは
ーあなたは‥‥どなたですか?
ーいずれわかりますよ
髪の長いほうの男は口元に笑みを浮かべた。
ー何をそんなに悩んでいるのですか?
ー‥‥父さんが、その、人間なんですけど‥‥死んでしまって‥‥私、父さんしか頼れる人がいなくて‥‥父さんの実家からも追い出されることになって‥‥どうしたらいいのか、わからないんです‥‥
ー‥‥自分を偽らず、自分の思うように生きなさい
ー‥‥え?
ーそれがきっとあなたのためになる‥‥あなたが今考えることは『なにができるか』じゃなくて『なにがしたいか』、ですよ
ー私は‥‥
ーできないことなんて、ないんですよきっと
ー私は‥‥もっといっぱいいろんなことを知りたい‥‥もっといっぱいいろんなことを学びたい!
ー‥‥忘れないでくださいね、自分を偽らず、自分の思うように生きなさい、それがきっとあなたのためになる‥‥
ーはい‥‥あの、本当にあなたはどなたなんですか?
長い髪の男性は質問には答えずただ微笑み、髪をかきあげた。
長い髪の隙間からちょっぴりとんがった耳が見えた。



「‥‥‥んっ‥‥」
「所長!おきてますかー!」
扉を開いてライムが部屋に入ってきた。
フェルナンディは眠たい目をこすっている。
「あら、めずらしいお起きだったんですね」
「いや、今起きました‥‥」
「‥‥これ、今日の分ですよろしくお願いします」
そういってライムは机の上に書類の束を載せた。
「‥‥ねぇライム君」
「なんですか所長?」
「仕事ってここにあるだけで今あるの全部かな?」
「いえ、まだありますけど‥‥」
「悪いけどそれももってきてくれませんか、今日は仕事がはかどりそうな気がするんです」
「‥‥そうなんですか?わかりましたもってきます」
「あ、あと」
「?」
「よく切れるはさみもお願いします」


次の日 ライム・レインハルトはフェルナンディの部屋の扉の前に立っていた。
窓から見える太陽はもう西に傾きかけている。
「所長、昨日がんばっていたみたいだしこれぐらいまで寝かせてあげてもいいですよね」
(はぁ‥‥これだから上の人に甘いって言われちゃうのかな‥‥)
ライムは一応扉をノックした。
反応はない。
「寝てるのかな‥‥まぁいいか、失礼しまーす」
彼は扉を開け部屋の中へと入っていた。
「所長、おきて‥‥あれ?」
部屋の中はもぬけの殻だった。
机の上にきっちりそろえられている大量の書類と手紙がおいてあった。
「なんだこれ‥‥僕宛?」

『発つ鳥跡を濁さず
 私は今日限りでこの研究所をやめました。
 上のほうには言っておいたので安心してください。

 追伸
 次の所長には君を推薦しておきました。
 がんばってくださいね。
 

 フェルナンディ・ブロッサム             』

「‥‥は?」

そのころフェルナンディは研究所が見下ろせる山の上にいた。
彼の特徴のひとつであった長い髪の毛はさっぱりと切りそろえられておりちょっぴりとがった耳がはっきりと見えている。
そしてその手には父親の形見のロングスピアが握られている。
「‥‥いまごろライム君はパニックになってるんでしょうねぇ‥‥大丈夫君ならきっとできますよ」
(さて、これからどうしましょうかねぇ‥‥)
母さんたちを探そうか、それともハーフエルフが安全に暮らせる土地を探そうか、それともあてもなくふらふらとするか‥‥
ふと、彼の頭に父親の言葉がよみがえった。
ーフェルナンディ、世界の果てを知ってるか?


「‥‥ああ、それもいいかもしれませんね」






あとがきもどき
フェルナンディ兄さん過去話編。
無駄に長いっすね‥‥ここまで読んでくださった方、お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。
最初の題名は『白昼夢』でしたが書き終わったらぜんぜん違うことになっていたので題名変更です。
さて、次はどんな話を書きましょうかね‥‥精進せねばな。







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